6-2

「大して変わらないな、これじゃ」

 かれこれ二時間が経過し、昼時になっていた。

 部屋の掃除と模様替えを一緒にやってはみたものの、どう考えても家具の配置を変える必要性がなく、結局代わり映えしない部屋のままだ。

 それでも不思議と、新鮮な気持ちにはなれた。

 空気を入れ替えたこともあるだろうが、掃除をしたという達成感がそうさせているのかもしれない。

「……また来たか」

 テーブルで鳴動するスマホを手に取り、ため息をつく。

 この二時間あまりで、もう何度目になるかわからない。

 案の定、音羽ちゃんからのメッセージだった。

 連休初日から、音羽ちゃんたちは家族旅行に出かけている。

 先ほどまでは新幹線の中から、弁当やら景色の写真が送られていたが、どうやら最初の目的地に到着したらしい。

 見慣れない駅の外観を背景に、音羽ちゃんが写真のほとんどを占有していた。

 いわゆる、自撮りというやつだろう。

 見えている駅の外観は一部だけなので、駅名すらわからない。

 なにもコメントしないままだと面倒なことになるので、どこの駅かと尋ねておいた。

 特に意味のない写真を送られても、正直困る。

「まぁ、社長と奥さんが写ってても困るけどさ」

 家族の団欒は、家族の中に留めておいて欲しい。

「一週間くらい、だったか」

 東北方面を、一週間かけて旅行すると言っていた気がする。

 社長がこれでもかと家族サービスをしたいがために、会社全体の休みが十日くらいある。

 連休明けの仕事はかなり忙しくなりそうだが、頑張るしかないだろう。

 駅や地名、特産物などをメッセージで送ってくる音羽ちゃんに返信しつつ、これからの季節に向けて夏物の服を纏めたケースを、クローゼットから取り出す。

「そろそろ新調するか」

 毎年、季節ごとに服を買い替えるなんてことはしてこなかったが、今年はしてみてもいいかもしれない。

 これからは灯々希ともちょくちょく会うだろうし、少しはファッションに気を遣っても損はないはずだ。

「問題は、センスか」

 やはり雑誌とかを参考にするのがいいのだろうか。

 こういうときに相談できる男友達でもいればいいのだが。

 会社の人たちは歳が離れているし、一番歳が近い鈴木先輩はそのあたり、着飾らない人っぽいので期待できない。

「悠里とか音羽ちゃんにアドバイスを……いや、面倒が増えるな」

 間違いなく悪手だと断言できる。

 アドバイスは貰えるだろうが、その分追い込まれるのは目に見えていた。

 これから食事だという音羽ちゃんのメッセージに、空腹を覚える。

 冷蔵庫に残った食材は、ほとんどなかったな。

 食料を買ってきて料理する気にはなんとなくなれないし、出前を頼むか、近くの店に食べに行くか。

「……マジか」

 音羽ちゃんから立て続けにメッセージが届いたのかと思ったら、差出人が違っていた。

 よりによって、社長から。

 どうやら、娘がスマホを活用しまくっていることに、なにかを察したらしい。

「勘がいいのは、父親譲りなのか……」

 頻繁に誰かと連絡を取っているが、その相手はもしかして君かな、とほぼ確信しているような文面が届いた。

 あえて断言していないのは、そうでなければいいという親心か、それとも社長なりの牽制か……。

 どちらにせよ、俺にとっては頭が悩める話でしかない。

 とりあえず、詮索しすぎると嫌われますよ、とアドバイスをして誤魔化す。

 社長にとって一番効果があるのは、こういう言葉だろう。

 音羽ちゃんにも、それとなく家族の団欒に集中して楽しむべきだと、メッセージを送っておく。

 これで少しは、静かになるはずだ。

 そう期待しつつ、もう着ないであろう冬物を夏物と入れ替えていく。

「…………うわ」

 そして、洗濯物に紛れていたそれに気づいた。

 今までこういうことがなかったので、完全に油断していたが、十分考えられることだ。

「……どうしろって」

 うっかり手にしてしまったそれを眺めつつ、ため息をつく。

 視線を玄関のほうに向け、そのさらに向こう側にいるであろう隣人を半眼で見る。

 俺の洗濯物に紛れていたのは、どこからどうみても女性ものの下着だ。

 ショーツでもパンツでも、呼び方はなんでもいいが、とにかく厄介な代物であることに変わりはない。

「……返さないわけにはいかないよな」

 保管していたと知られたら変態と思われそうだし、勝手に捨てるわけにもいかない。

「こっそりポストに放り込んで……いや、それもダメか」

 逆に変態度が増してしまう気がする。

 一番無難かつ安全なのは、普通に言って返すことだろう。

 ハードルは決して低くはないが、超えられないほどではない。

「それにしてもあいつ、意外と……」

 細やかな意匠が施されたものを持っているとは思わなかった。

 もっとこう、シンプルなものばかりだと……。

「って、バカか俺は」

 愚かな思考を握り潰し、自分の頬を軽く叩く。

 とにかく、これをどうにかしないといけない。

 と、その時だった。

 誰かの来訪を告げるチャイムが、部屋に鳴り響いたのは。

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