4-8
「じゃあ、本当に俺は……」
「あなたが呪いと呼んだものは、もうありません」
俺にとっては、なによりも救いになる言葉だ。
だからこそ、疑問が付きまとう。
「もうない……ってことは、呪いそのものはあったってことになるけど」
「……それについても、お話しします。信じては、いただけないかもしれませんが」
「いや、とりあえずは信じてみるよ。そうしないと、進めない」
「……私を、信じてくれるんですか?」
「あぁ。だから、教えてくれ」
ようやく信じてもらえることが嬉しいのか、アンジェの表情が和らぐ。
が、それも一瞬だった。
「人間にはそれぞれ、幸せと不幸せの要素が宿っています。多少の誤差はありますが、その総量は平等になるよう設計されています」
「平等とは思えないけどな」
相槌代わりの言葉に、アンジェの表情が暗さを増す。
「本来は、そうなんです。でもあなたは……孝也さんの場合は、不幸の割合が極端に多くなってしまっていたんです」
「……まぁ、そういう話になるよな」
信じると決めてしまえば、理解するのはそう難しくはなかった。
とは言え、引っかかるポイントはいくつかある。
「そういうのは、よくあるのか?」
「……いえ、前例はありません。孝也さんが、唯一です」
「唯一、か……」
それこそがまさに不幸の最たるものじゃないだろうか。
「でもなんていうか、俺が思ってたのと違うな。俺自身がっていうより、深く関わった人を不幸にしてる気がするんだが」
「……結果的にそれが、孝也さんにとっての不幸になっているんです」
「……それなら、わかる気がする」
俺自身になにかが起きるのなら、どんなに良かったか。
何度もそう考えていたからこそ、アンジェの言葉に納得できた。
「生まれる前から、運が悪かったってことか」
「……本当に、ごめんなさい」
「それは、女神を代表してってやつか?」
「……違い、ます」
全身を強張らせ、アンジェは俺を真っ直ぐに見る。
その瞳は潤み、揺れていた。
「わ、私……わた、しが……すべての、元凶です」
そして声を震わせながら、彼女は罪を告白した。
幸福と不幸を混じり合わせた要素。
人間という器を砂時計に、彼女は例えた。
中に収められている砂が、幸の要素。
俺の場合、不幸の割合がありえないほどに多くなった。
「私のミスなんです。私が操作を間違えていて、ずっとそれに気づかなくて……だから、私があなたを、苦しめていたんです」
アンジェは決して泣くまいと歯を食いしばりながら、頭を深く下げる。
ここで自分が泣くのは間違いだと、拳を握りしめているようだった。
「私が不出来なせいで……気づいたときには、もう取り返しがつかなくなっていて……でも私、どうにかしたくて……罪を、償いたくて……」
「だから君が、俺のところに来たのか」
「……はい。私の意志でもあり、私に与えられた償いでもあります」
ならこのランプによる救済は、幸福の補填みたいなものか。
万能ではなく、俺を幸せにする願いだけを叶えるという限定的なのも、頷ける。
「事情はわかった。なら、最初から言ってくれたら……いや、やっぱ無理か」
いきなり今の話をされたとしても、到底信じられない。
それに、核心ともいうべき情報は秘匿する必要があったようだし。
理由は曖昧にしたまま、彼女は俺を幸せにしなくてはならなかったのか。
なるほど。それは確かに、償いになるかもしれない。
「そろそろ頭、あげてくれるか? 話がしにくい」
「で、でも……」
「俺がいいって言ってるんだから、いいんだよ、ほら」
促されてようやく頭を上げたアンジェの顔は、悲痛を通り越していた。
恐怖すら入り混じった表情のアンジェに、俺は笑いかける。
「ミスなら、仕方ない。別にわざとじゃないんだろ」
「そう、ですけど……でも、仕方ないで済ませられることじゃ」
「いいよ、仕方ないで。どうせ、今更だ」
失ったものが、戻ってくるわけじゃない。
「どうして、笑えるんですか? 私のせい、なんですよ?」
「わかってる。でも、仕方ないだろ」
アンジェを責めることに、意味なんてない。
「おかしいです。それに私は、あなたに笑顔を向けてもらえるような立場じゃ、ないのに……」
「君が失敗することも含めて、俺に運がなかっただけだ」
自虐的かもしれないが、そう思えた。
「そ、それじゃあ私、どうしていいか……」
償い方を求めるような目に、頭を掻く。
「俺は、君を赦すよ。そもそも、怨んですらいない」
彼女に赦しが必要なら、与えられるのは俺しかいない。
「だから、いい……泣きたいなら、好きにしていい」
――決壊は、あっという間だった。
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