4-3
「お疲れさまでした」
仕事終わりの一服をしている先輩たちに挨拶をして、会社を出る。
「お疲れさまでした」
直後に話しかけてきたのは、音羽ちゃんだった。
「……今帰り?」
「えぇ、そんな感じです」
制服姿の音羽ちゃんは、よくわからない答え方をした。
制服なのだから帰宅直後かと思ったのだが、それにしては鞄がない。
「それで?」
なにか用があって話しかけてきたわけじゃないのか、彼女は僅かに首を傾げながら見上げてくる。
あまり、居心地の良い視線ではない。
「……なにか、ありました?」
「言っておくけど、そう頻繁にミスなんてしないよ」
「それはなによりですが……誤魔化していませんか?」
相変わらず、鋭い子だ。
とは言え、彼女に相談するような話でもない。
「誤魔化してるつもりはないんだけどな。俺、変なとこあった?」
「いえ、特には。ただ、どことなく覇気がないように感じられたので」
「覇気はたぶん、もとからないと思うけどなぁ」
「そうなんですよね。だから、どちらかと言えば元気がなさそう、という感じです」
「……元気がなさそうだと思った相手に、言うね」
メンタルが弱い人に対する追い打ちとしては、かなりのものだ。
「でも、別になんでもないよ。いつも通りだ」
そう、いつも通りになっただけだ。
「あの方は、どうしてます? 金髪の」
「さぁな。帰ったんじゃないか」
肩を竦めながらそう言って、暗い空を見上げる。
「……意味がわかりません」
だろうな、と苦笑する。
「本当になんでもないから。それじゃ、勉強頑張ってな」
「心配なら、また教えてください」
「もう教えられることなんてないよ」
まだなにか言いたそうな音羽ちゃんに軽く手を上げ、立ち去る。
背中に視線を感じはしたが、そのまま歩き続けた。
「嫌な天気だな」
空一面が、曇天に覆われている。
予報じゃ、夕方以降に雨が降ると言っていたことを思い出す。
「さっさと帰るに限るな」
そしていつものように途中で買い物を済ませ、アパートに帰宅した。
変わったことなど、なにもない。
慣れ親しんだ静けさと暗さに出迎えられるだけだ。
明かりをつけて、買ってきたものを冷蔵庫にしまう。
「三日、か……」
あの日、アンジェが忽然と姿を消してから、今日で三日になる。
まだ動いていたはずの電車から、アンジェは幻のようにいなくなった。
酔っていた俺が、いもしないアンジェと話していただけかもしれないと思ったが、違った。
アパートにも彼女の姿は見当たらず、そのまま帰ってくることもなかった。
最初からアンジェなどという、女神を自称する少女はいなかったのではないか、そう思ったが、それも違った。
彼女の痕跡は、確かに残っている。
俺の部屋にも、他の人の記憶にも。
さきほどの音羽ちゃんが、なによりの証明だった。
「だからどうしたって話だよな」
アンジェという少女にまとわりつかれていた僅かな時間は、夢でも幻でも妄想でもない。
それが事実だとしても、もうどうでもいいことだ。
彼女は姿を消し、俺は以前の生活に戻った。
少なからず引っ掻き回された部分もあるが、それもきっと、時間と共に戻っていく。
なにもなかった、以前の状態に。
それでいい。
幸福なんて望まない。
ひとりでただ、生きる。
それが俺の、精一杯だ。
そう自分を納得させ、一人分の食事を用意し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます