3-12

「んー、思ってたのと違う。はい、次はこっち」

「……言い方、あるだろ」

 あんまりな一言に苦言を呈しつつ、差し出された服を受け取る。

「いいからいいから。早く着替えて」

「ったく……」

 ため息を残して試着室のカーテンを閉める。

 付き合うと言ったのは俺だが、着せ替え人形役になるとは思わなかった。

 灯々希の提案で、待ち合わせた駅とは別の駅に移動した。

 そこは俺たちが通っていた学校の最寄り駅でもあり、ある程度どこにどんな店があるかわかる。

 それを懐かしみながら街並みを眺めつつ歩いていたのだが、灯々希がある店に興味を示した。

 それがこの、メンズファッションを扱う店だ。

 地味な服装をしている自覚はあったが、まさかこうなるとは。

「あ、こういう系の方が似合うかな」

 カーテン越しに聞こえてくる楽しげな声に、そっとため息をつく。

 どうせ買わずに終わるのだから、店の人に申し訳なくなってしまう。

 早めに満足してくれることを祈りつつ、最新のファッションとやらに袖を通した。


「このベンチ、まだ残ってて良かった。さすがに歩きながら食べるのって、この歳になるとどうかと思うし」

「そうだな」

「ちょっと、そこはまだ若いんだからってフォローするとこだと思う」

「そういう気遣いは期待するな」

 灯々希の軽口に答え、近くの店で買ったホットドッグを食べる。

 時間的には昼食時だが、店でじっくり食べるよりはこうして外で食べたいという、灯々希の要望に応えた形だ。

「あー、懐かしい味。変わってないね」

「そうそうホットドッグの味は変わらないだろ」

「同じ味で何年も続けられるって、結構凄いことだよ。居酒屋やってるとそう思う」

「そういうもんか」

 経営まで考える立場になると、そういう考え方もできるらしい。

 俺には到底わからない感覚だ。

「……お、おい」

 不意に口元を拭われる感覚に、思わず仰け反る。

「照れるな照れるな。口にケチャップ、ついてたぞ」

「照れるとかじゃない。口で指摘してくれればいいだろ」

「んー、舐めとって欲しかった?」

「なんでそうなる」

 明らかにからかっているような顔で、灯々希は少し乗り出していた身を引く。

 こういう冗談はあまりしてこなかったが、これも大人になったからだろうか。

「食べたらどうしよっか」

「どうって言われてもな。新鮮味がある場所じゃないし」

 三年前まで通っていた場所は、いくらかの変化はあるものの、そこまで真新しさはない。

 もともと観光名所らしいスポットもなく、遊びに行くような場所もあまりない。

 デートに慣れているのなら、選択肢もあるのかもしれないが。

「じゃあ、懐かしついでに学校のほう、行ってみない?」

「そんなんでいいのか?」

「卒業以来行ってないし、どう?」

「灯々希がいいなら、俺は別に」

「なら決まり」


 バスを使わず、わざわざ歩いて訪れた学校を、外から眺める。

 もちろん、中に立ち入ったりはできないので、まともに見ることができるのは、運動部が練習しているグラウンドくらいだ。

「変わってないなぁ。懐かしい」

「グラウンドに思い出なんてあるか?」

「体育祭当日、サボってどこかに隠れようとしてた不届き者の取り締まりとか」

「……忘れろ、そんなつまらないこと」

 ひとの汚点を思い出として懐かしまないで欲しい。

 遠慮なく笑う灯々希と、そのまま学校の周辺を歩く。

 正直、デートとしてこれでいいのかはわからない。

 だが、灯々希は学生だった頃に戻ったように笑っている。

 一般的にどうかはともかく、彼女にとってはこれでいいのだと、そう思うことにした。

 灯々希が純粋に楽しんでいると、見ているだけでわかるのだから。

「あのゲーセン、まだ残ってたんだ。ね、ちょっと寄って行こ?」

「いいけど、そんなにはしゃぐと――」

 転ぶぞ、と言おうとしたまさにその瞬間、灯々希は歩道の段差に躓いた。

「――――っ」

 咄嗟に動けたこと、そして辛うじて伸ばした腕が彼女に届いたことが、奇跡的だった。

「……あ、ありがと」

「なにやってんだ」

「ゴメン。こういうの、久しぶりで」

「休みの日に怪我した馬鹿らしいだろ」

 呆れ半分、安堵半分のため息をつきながら、灯々希の身体を支えるようにしていた腕を離す。

 さすがに今のは恥ずかしかったのか、灯々希の頬に朱がさしていた。

 そしておそらく、俺の顔も赤い。

 咄嗟に伸ばした腕で触れた灯々希の柔らかさが、まだ残っている。

 加減ができずに引き寄せたせいで、抱きしめる寸前のような状態だった。

 だからだろう。

 微かな香水の匂いと、どこか懐かしい安らぐような香りが、胸を締め付けた。

 なによりも、灯々希という存在の温かさを、強く感じて、意識してしまった。

「これに懲りたら、年甲斐もなくはしゃぐなよ」

 どうしようもなく意識してしまう感情を、そんな言葉で誤魔化す。

「…………」

 灯々希はそれに、無言のローキックで応えた。

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