3-13
「そろそろ夕飯って感じかな」
「かもな」
普段より早い時間だが、休日の混み具合を考えるのなら、そのほうがいいだろう。
「どこがいいって訊いても、どうせ無駄だよね」
「まぁな。そもそも、居酒屋を経営してるやつを、どこに連れて行けばいいって言うんだ?」
こっちはただでさえ素人なのだ。人並のエスコートなんて、期待されても困る。
「お財布事情は、どんな感じ?」
「手加減はして欲しい」
たとえ割り勘でも、こっちはそれほどいい給料を貰ってはいない。ましてや最近、食費が嵩んでもいる。
「じゃあ、駅の近くにあるファミレスとかで済ませよっか」
「そんなのでいいのか? 加減して欲しいとは言ったけど、余裕がないわけじゃないぞ」
「こだわりはないから。高いお店がいいわけでもないし、それにね、自分のお店じゃ出てこないものを食べるのって、意外と気晴らしとか参考にもなるし」
「まぁ、灯々希がそれでいいなら」
本当のデートなら、ここで男気的なものを見せるべきなのだろうが、俺たちはそうじゃない。
友人として食事をするのなら、それが正解だろう。
「いらっしゃいませー。二名様でよろしいです……かぁ?」
そういうわけで立ち寄ったファミレスだったのだが、これは何の冗談だろう。
「…………」
圧倒的窮地に立たされた気分で俺は絶句する。
「…………」
そして、予想外の事態に職務を忘れて硬直しているのが、上郷悠里だ。
偶然立ち寄ったファミレスの、可愛らしい制服に身を包み、営業スマイルで出迎えたまま、動かない。
営業スマイルが若干引きつっているように見えるのは、気のせいだと思うことにする。
「…………どうしたの?」
事態が呑み込めずに灯々希は首を傾げ、俺と悠里の顔を交互に見る。
このまま黙っていれば、俺が桜葉孝也本人とは確定しないのではないか、などと馬鹿げた思考に逃避する。
「……タカ、兄? なに、してんの?」
が、そんなことを悠里が許してくれるはずもなく。
「タカ兄って……あれ、じゃあもしかしてこの子、桜葉君が昔話してた施設の子?」
決定的な最後の一言は、灯々希の口から出た。
「あ、あぁ……」
とりあえず灯々希の言葉に頷き、さらに笑顔を引きつらせた悠里を見る。
「ここで、バイトしてたのか」
「……そう、だけど? 文句でも?」
完全に接客モードを忘却している悠里は、片方の眉だけを器用に釣り上げて答える。
「まぁ、なんだ……席に案内、してくれるか? 一応ほら、客だし。お前、バイト中だし」
「……二名様ですね。お席へご案内します。こちらへどうぞー」
生真面目な悠里の性格を逆手に取り、ひとまず問題を先送りにした。
極上の笑顔を浮かべた悠里に案内され、外が良く見える席につく。
「ごゆっくりどうぞー」
最後の最後まで極上の笑みを崩さず、悠里は姿を消した。
なんというか、極楽まで連れていかれそうな笑顔だった。
「可愛い子ね。あれがえーっと……」
「悠里。上郷悠里だ」
「そうそう。へぇー、あんなに素敵な子だったんだ、妹みたいな女の子って」
こっちの気持ちなど知らずに、灯々希は楽しそうだ。
正直、生きた心地がしない。
迂闊すぎたと言えばそうかもしれないが、こんなに嬉しくない偶然があるとは、普通考えないだろう。
こんなことなら、どこでバイトをしているのかくらい、確かめておくべきだった。
学校から駅までの通り道にあるファミレスなら、あいつのバイト先として悪くない立地だ。
回避しようと思えば、回避できたのに……。
「面白い顔。あの子……悠里ちゃんとなにかあるの?」
「面白がるな。本当にもう……はぁ」
後のことを考えたら、もはや食事をする気分にすらなれないのだが。
「ね、別々のものを頼んで、シェアしない?」
「火に油を注いでなにが楽しい」
完全に余裕のなくなった俺は、そう真顔で突っ込むことしか、できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます