3-10
翌日の昼休み、いつものように弁当を食べていると、珍しくスマホにメッセージが届いた。
差出人は三鐘灯々希。
『今休憩中? 電話しても平気?』
本当に連絡してきたことに少し驚きつつ、問題ないと返信し、社屋から出る。
電話をするのなら、人気のない場所に移動したい。
人がいない作業場に到着したところで、灯々希から電話がかかってきた。
「もしもし」
『休憩中にゴメンね。この時間じゃないと、ゆっくり話せそうになくて』
「いや、大丈夫だ」
昼は大学、夜は居酒屋の手伝いだと考えれば、それも頷ける。
「で、なんだ?」
『連絡するって言ってたでしょ? だからしたの』
「律儀にしてこなくても……」
『またそんなこと言って、はぁ……まぁいいか』
灯々希のため息を聞きながら、作業場の椅子に腰かける。
『今度の週末、暇?』
「予定はないけど」
『ならさ、ご飯でも食べない? この前は全然話せなかったし、久しぶりの再会ってことで。どう?』
「休めるときは休んでおいたほうがいいぞ」
『お気遣いどうも。でも大丈夫。実はね、お店の設備に不具合がでちゃって。その点検と修理で、週末は営業できなくて』
「稼ぎ時だろうに、それは残念だな」
『本当にね。でもおかげで時間ができたから、どうかなって』
「なおさら休んだほうがいいんじゃないか」
『家でダラダラするくらいなら、気晴らしがしたいの。ね、付き合ってよ』
「……俺でいいのか?」
『いいからこうして連絡してるの。どうかな?』
灯々希なら気晴らしに付き合ってくれる友人くらい、いくらでもいそうなものだが。
「……まぁ、少しなら」
『なにその言い方。デートだよ、デート。もう少し喜んでくれても、バチは当たらないと思うなぁ』
「変な言い方するなよ」
『あ、もしかして照れてる?』
「照れてない。変な言い方をする必要はないって言ってるんだ」
『まぁ、お互い大人になったしね。ご飯食べたりお酒を飲むくらい、普通といえばそうかもしれないけど。でもほら、デートって言ったほうが雰囲気、出ると思わない?』
「……どっちでもいい」
その気になっている灯々希に抗えたことは、今までほとんどない。
このくらいなら俺が折れると、まるでわかっているみたいだと、ずっと思っていた。
実際、その通りなのだろう。
俺の事情を知った上で、それでも適度な距離を保ったまま居続けてくれた、たった一人の友人なのだから。
『じゃあ決まりということで。待ち合わせの場所とか時間は、またあとで連絡するから』
「わかった」
『それじゃあ午後も仕事、頑張ってね』
「……あぁ」
スマホを耳から離し、手の中で弄ぶ。
「まいったな」
ただ連絡してくるだけならと思っていたが、まさかデートをすることになるなんて。
「いや、本格的なデートってわけじゃないけど」
自分に言い訳をするように呟き、ため息をつく。
食事をしながら話すといっても、なにを話せばいいのか。
喫茶店なのか、それともアルコールがあるのかで、また違ってくる。
「ま、相手は灯々希だしな」
そう気張る必要もない。
灯々希は冗談めかしてデートなんて言っていたが、今更そんな色っぽい話にはならないだろう。
数少ない、俺の事情を知っている相手でもあるし。
人付き合いを極力拒むことも、灯々希は十分わかっている。
そんな灯々希が食事をしながら話そうと言うのだから、下手に深入りはしてこないはずだ。
ただの旧友、知人と会って話す。それだけのこと。
なら、影響を与えるほどではない。
それも、この一度きりにしておけば。
そう考えている自分の弱さを鼻で笑う。
目まぐるしく動き出した世界に、俺はきっと……。
答えを確かなものにしてしまわないように、俺は考えるのをやめて休憩室に戻った。
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