3-4
あの夜以来、アンジェの様子が少し変わった。
もともと俺のほうから積極的に話しかけることはあまりなかったが、その分アンジェのほうから話しかけてくることが多かった。
それが減ったと実感できるくらい、アンジェは大人しい。
ふと思い出したように話しかけてくることはあるが、それもすぐに途切れる。
俺の答え方も悪いのだろうが、やはり様子がおかしい。
「洗濯物は、これで全部ですか?」
「あぁ、頼む」
アンジェは頷き、洗濯物をまとめてある鞄を玄関に移動させる。
ここで彼女が暮らすようになって、俺の代わりにしてくれているものの一つが、洗濯だ。
すぐ近くにコインランドリーがあるため、部屋に洗濯機はない。
週末にまとめて洗濯していたものを、アンジェが数日おきにやってくれている。
ほかにも簡単な掃除や朝食の食器を片付けてくれたりと、助かっている部分はあった。
それ以外の時間になにをしているのかは、知らない。
どうやら出かけているようなのだが、行先も目的も、尋ねようとは思わなかった。
「時間のほうは大丈夫ですか?」
「ん、そんな時間か」
アンジェに声をかけられ、考え込んでいたことに気づく。
言われた通り、いつもの出勤時間になっていた。
着替えはもう済ませてある。
あとは靴を履いて、部屋を出るだけだ。
「……なぁ」
鍵を開ける前に手を止め、振り返る。
「すぐにとは言わないけど、今後のこと、考えておいて欲しい」
「……お邪魔ですか?」
「そうじゃないんだけど、言っただろ? 君の望みには、応えられない。理由も話した通りだ」
俺が望まない理由はもう話した。
彼女もあの夜、理解したはずだ。
どうあっても、俺の願いは叶えられないと。
叶える願いなど、ありはしないと。
どうにもならない。
なにがきっかけになるか、わからないのだ。
幸せになんて、なりたくない。
失うことの怖さを、嫌というほどに知っている。
大切なものを何度も失い、他人を不幸にしてきた。
もうなにかを手にすることすら、怖いのだ。
「次の……他の誰かを、探したほうがいいと思う。幸せを望む人なら、いくらでもいるだろ」
たまたま選ばれた俺が、それを望んでいなかっただけで。
俺に固執さえしなければ、彼女の望みはすぐにでも叶うものなのだから。
「……それじゃあ、ダメなんです」
「……無理だよ」
消え入りそうな声で呟くアンジェにそう告げて、俺は静かに部屋を出た。
これで諦めてくれるなら、苦労はしないのだが。
おそらくは無理なのだろうと、どこかでわかっていた。
「……なんで、だろうな」
一度は蓋をした疑問が、再び姿を現し、大きくなっていく。
どうして、俺なのか。
俺じゃなきゃいけない理由を、彼女は話さない。
せめてそれがわかれば、説得のしようもあるかもしれないのに。
「それも、無理なんだろうな」
頑なにそこだけは譲らないアンジェと、同じように譲れない俺。
解決の糸口は僅かも見えないまま、時間だけが浪費されていく。
俺はそれでも構わないが、彼女はどうなのか。
どうにもならないことをそれでも考えながら、会社に向かっていつもの道を歩いた。
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