ごちゃまぜ！

あったかもしれない前日譚（スチーム×マギカ）

　アイリッシュ連合王国の秋は寒い。十月で既（すで）に雪の気配を感じ始める。

　ロンダニアも例外ではなく、薄（うす）汚（よご）れた霧（きり）さえも凍（こお）りつきそうなほど冷えるのだ。

　防寒具と共に暖（だん）炉（ろ）用の薪（まき）が飛ぶように売れ、献（こん）立（だて）にカレーやシチューが多くなる時期。

　砕（くだ）けた南瓜（かぼちゃ）が床（ゆか）に散らばり、橙（だいだい）色（いろ）の血（けっ）痕（こん）のような光景。

　明らかに石頭をぶつけたであろうコージは、まるで色鮮やかな脳（のう）漿（しょう）をぶちまけたかのように昏（こん）倒（とう）している。

　探（たん）偵（てい）が推理するまでもない。上から落ちてきた南瓜を受け止めようとして失敗したのだ。

「畜（ちく）生（しょう）、誰（だれ）がこんな酷（ひど）いことを」

　口元がにやけているせいで説得力が皆（かい）無（む）なアルトが、倒（たお）れた仲間のそばで悔（くや）しそうに呟（つぶや）く。

　階段上では「あわわわ」と泣くメイドが、くり抜（ぬ）き用のノミを壁（かべ）から抜こうと試みている。

　悲痛な現場から目を逸（そ）らそうとする犬耳執（しつ）事（じ）は、沈（ちん）痛（つう）な表情で黙（だま）り続けていた。

「あら、ハロウィーンの飾（かざ）り付（つ）けかしら？」

「姫さん、ここはノリと勢いで押（お）す場面だろ」

「コージさんの心配が先ですわよ、野（や）蛮（ばん）猿（ざる）」

　寝（ね）起（お）きの少女が生（なま）欠（あ）伸（くび）を零（こぼ）し、眼前に広がる陰（いん）惨（さん）な現場を冷めた目で眺（なが）める。

　彼（かの）女（じょ）の背後から美（び）麗（れい）な双（ふた）子（ご）も現れ、借家に住むギルドメンバーが一通り揃（そろ）った。

「いやん、コージくんが気絶してるわん。どれだけ硬（かた）い南瓜だったのかしらん？」

「それを砕いて無傷なのもすごいな。頭にコブもない」

　双子の弟であるチドリが現場に足を踏（ふ）み入（い）れ、コージの状態を確（かく）認（にん）する。

　怪（け）我（が）一つない健康体。ここまで頑（がん）丈（じょう）だともっと酷い目に遭（あ）いそうだと、彼（かれ）は気絶した青年に同情した。

「氷（ひょう）嚢（のう）が必要かしらん？　それとも塗（ぬ）り薬（ぐすり）？」

「ベッドに移動させましょう。濡（ぬ）れタオルでへばりついた南瓜を拭（ぬぐ）う必要がありそうですわ」

「えー？　俺（おれ）様の華（か）麗（れい）な推理劇は？」

「ぼ、ぼ、僕（ぼく）が犯人です！　ごめんなさい、コージさん！！」

「大声の自供でまるっと解決ですわ。諦（あきら）めなさい」

「へいへい。じゃあ男前を運ぶの手伝うわ」

　ささやかな平和と日常。起こる事件も些（さ）細（さい）なもので、慌（あわ）てることもない。

「ハロウィーンまで、あと何日だったかしら？」

　壁（かべ）掛（か）けカレンダーを見上げ、日数を目線でなぞっていく。

　クイーンズエイジ１８８１。街が炎（ほのお）に包まれるまで、あと――。