婚約破棄に効く薬

ひろか

婚約破棄に効く薬

 

「ルビエット! 君との婚約を破棄し、ここにいるハルーシャを新たな婚約者とする!」

「きゃ、デイル様ぁ、ハルーシャうれしいですぅ」


 平民、貴族、家格を問わず義務として、7歳から18歳までの子息子女が通う学園での、春のダンスパーティーの場。

 このようなことは数年に一度、と、よくある話ですわ。

 道端に手入れされることなく咲く野花のような娘。その素朴な花に一時、目を向けるくらいは許しましょう。


「君がしたハルーシャへの数々の非道な行いを許すことはできない! 心根が醜い君のような女は僕の婚約者として相応しくない!」

「デイル様ぁ~」

「あぁ、もう大丈夫だよ、ハルーシャ。これからは僕が君の傍で守ろう」

「デイル様、素敵!」


「それがなにか?」


「「え?」」


 間の抜けた顔で振り返る婚約者様と野花。


「ですから、わたくしがした、そのハルーシャへの行いに何の問題があるというのです?」


 わたくし達の婚約はセレネード家、アルセイド家、両家の提携事業を次世代へ繋げる契約。かわらない利益共有を約束した証。

 それをこの婚約者様は理解していない。


「ハ、ハルーシャへの嫌がらせを認めるか! なんて、女なんだ!」

「デイル様ぁ、こわい~」

「大丈夫だよ、ハルーシャ」 


 両家の契約に、横から水を差す害虫を追い払って何が悪いのでしょう?

 嫌がらせ? いいえ、貴族の婚約の意味を知らない平民へのただの忠告ですわ。


「僕はハルーシャに出会い、そのうつくしい心に触れ、真実の愛を知り、そして笑顔に心は癒されたのだ! 僕の傍には心清らかなハルーシャのような女性が妻に相応しい!」


 貴族の婚約は契約。

 愛など、必要ないのです。


「デイル様」


 ビクンと大げさに身体を震わせる婚約者様。


「アルセイド家嫡子としての責任を放棄すると、そういうことですね?」

「な! ………………や、え、いや……それは」

「デイル様!?」 


 不安げに野花が縋りますが、一応嫡子としての責任は頭の片隅に記憶していたようですね。


「え、あ、ああ。婚約は……」

「それともセレネード家との共同事業を破棄すると? 今までの融資金も返金すると?」

「え、いや、それは、待っ「ひどい!」ハルーシャ!?」


 被せて声を上げる野花。


「お金や権力でデイル様をしばらないで! 私達は愛し合っているんです!」

「だから?」


「えっ……」


「アナタが賠償金を支払うとでも?」

「なっ、そ、そんな! ひどい!」

「卑怯なっ」


 野花の肩を抱き唇を噛む婚約者様。


「あ、あぁ……確かに僕はアルセイド家嫡子としての責任を放棄する訳にはいかない……ハルーシャ! 許せ!」


 野花の両肩を掴む手は大げさなほど震えています。


「君への愛は変わらない! 僕は家の為にこの女との婚約を破棄できないんだっ! しかし僕はここで宣言しよう! ハルーシャを第二夫人として迎えることを!!」

「そ、そんな!  デイル様!?」


 ざわぁ……


 ため息が隠せませんでしたわ。

 ほら、久しぶりの婚約破棄という喜劇に、会場に集まっていた皆様も半眼ですわ。

 わたくしの婚約者様はここまでアホだとは……情けない!


 第二夫人とは、なによりも血の繋がりと名を重んじるこの世界で、子のなせない正妻の代わりに妻と同じ一族の血を引く娘を迎え、なるもの。


 それをどこの馬の骨とも分からぬ平民の娘などを!


 賢人の尊き色を引いていれば扱いは変わったものの、平凡な髪色。平凡な瞳の色。デイル様の目に留まる容姿でも、所詮は道端の花。

 そんな娘を第二夫人などと、セレネード家への侮辱! アルセイド家の恥!


 何故このわたくしが平民などと、夫を共有せねばならないのです!


「僕は義務から逃れることはできない、しかしハルーシャという安らぎがあれば、愛のない結婚も耐えられる。あぁ。ハルーシャ、僕の癒しよ。どうか許してくれ。僕の心は君と共にあることを信じてついてきてくれ」

「デ、デイルさまぁぁぁ、わたし、わたしが貴方を支えましゅぅぅぅ」

「あぁ! ハルーシャ!」

「デイル様ぁ!」


 抱き合う二人に呆れ、大きなため息が出てしまいましたわ。

 夢の国の住人となった二人、いえ、婚約者様に現実を知らしめる為、わたくしはこの喜劇の会場から退出しました。


「おば様はなんておっしゃるかしら」




 ***

 ボキ。


 おば様とは夢の国の住人となった婚約者様のお母様であります。

 アリエッタおば様の華奢な手の中で扇が音を立てました。


「ほほほほほ。血、か し ら?」


 横に座っているおじ様の顔色がありえないくらい青いのが気になります。


「あ、あの、アリー…? ぼ、僕が愛しているのは君だけだよ? ね? わかるだろ? 僕だけの子猫ちゃん?」


 子猫ちゃん?


 おじ様の唇をちょんと人差し指で押さえ「アナタには、あ と で」と冷たさを感じる美しい微笑みを浮かべたおば様。

 子猫ちゃんってなんですか? おば様?


「いきますわよ、ルビエット!」

「え? どちらに?」


「決まっていますわ! 婚約破棄に効く薬を買いにいくのです!」




 ***

 わたくし達が向かうのは世界の中心。八国の中央に位置する商業都市です。

 ここでは手に入らないものは何一つないと云われています。


 街道を渡る馬車での移動は二日かかる距離でも、魔術を駆使した移転門を開けば一瞬のこと。

 高額ではありますが、わたくし達には微々たるもの。


「おば様、先ほどの“血かしら”とは、どういう意味ですか?」


 ボギ。


 再びおば様の手の中で扇が音を立てました。


「ほほほ、……夫も、デイルと同じ十七歳の時に、春のダンスパーティーの会場で婚約破棄の喜劇を起こしたのですわ」


 ええ!? あのハロルドおじ様が?

 わたくしが知るおじ様は隙あればおば様に触れ、それはそれは愛おしそうに愛を囁く方です。

 おじ様おば様も幼い頃から婚約者という関係だったと聞いています。契約という婚約であっても仲むつまじいお二人の姿に憧れを抱いていましたのに……。あのおじ様があんな喜劇を……。


「平民の小娘を相手にくだらない愛を誓い、わたくしとの婚約を破棄したいと言ったのですよ」


 バキ。


 おば様の手の中の扇から欠片がこぼれました。


「わたくしが小娘をいじめたと。

 当然でしょう! わたくしの婚約者にまとわりつく害虫を追い払って何が悪いのです!」


 えぇ、その通りですわ。よく分かります。


「教科書を破ったからなんだと言うのです!」


 え?


「制服を切り刻んだからなんだと言うのです!」


 え!?


「階段から突き落としたからなんだと言うのです!」


 お、おば様!?


「コネもお金もあるわたくしが暗殺者を雇わなかったことに感謝すべきでしょう!」


 !?!?


「あ、あ、あの! おば様! その平民の女性は!? 今は!?」

「ええ、無事に靴屋に嫁いだので贔屓にして差し上げていますわ」


 無事という言葉が気になります。


「いくら家格差のない学園だといっても、卒業すれば別ですわ。あの女には一生、わたくしに頭を下げなければ生きていけないということを教えてあげていますの、ほほほ」


 おば様だけは敵にしてはいけないわ!

 婚約者であるデイル様とあの野花、無事ですむのかしら……。


「お、おば様、あの、婚約破棄に効く薬というのは?」

「アレは幼い頃より一流の物を身につけ、一流の物を使い、手間をかけ磨き上げたわたくし達であるから最上級の姿を持てるモノですわ」

「え?」


 わたくしが使う薬なのかしら?


「その姿の前に、喜劇を起こしたハロルドも行いを悔い改め、わたくしに這い蹲り許しを請うたのです。ほほほ」


 ど、どんな薬なのかしら……。


「さぁ、カナエル魔法薬店につきましたわ」


 と言ったおば様はポーチを開き、メイクを直し始めました。艶やかなリップが美しい顔を引き立てます。


「ふふ、さぁ行きましょう」





「ようこそ、カナエル魔法薬店へ」


 恭しく腰を折る男性が顔を上げ、その尊き二色に気づきました。

 闇色から抜け出るような灰色の髪。角度によって黒にも緑にも見える深い蒼色の瞳。


 この方は……。


「はじめまして、レディ。

 私は店主を勤めております、エルゼ・ランサートと申します」


 あぁ、やはり、この方は東国の賢人の血を引く方ですわ。


「わたくしはルビエット・セレネードと申します」


 自然な仕草で手を取り小指にキスするエルゼ様です。


「アリー! 待っていたよ!」

「ウィルエ様!」


 カウンター奥の扉から人懐こい笑顔の長身の男性が現れました。そして当たり前のようにアリエッタおば様の腰を抱きます。

 猫を思わせる容姿のエルゼ様とは違い、タレ目に柔らかいクセ毛の、しかし同じ賢人の尊き色を持つ方です。

 おば様のお知り合いのようですが、距離が近すぎます。


「アリー、君に相応しい新作の香水が入ったんだよ。まず君にと思って、取っておいたんだ。さぁ、おいで」

「まぁ、ウィルエ様、わたくしのために?」


「お、おば様!?」


 わたくしのことなど忘れてしまったかのように、二人別の部屋へ行ってしまいました。


「ルビエット嬢、こちらへどうぞ。ご注文の品は用意してありますので」

「は、はい……」


 手を引かれ別部屋に向かいました。円卓には曲線が美しい小瓶が置かれています。

 香りのよい紅茶を自ら入れてくださるエルゼ様。


 おいしい……。甘い花の香りに息が漏れます。

 やはり尊き方が飲まれる紅茶は違いますわ。


 エルゼ様は卓上の小瓶を差し、おっしゃいました。 


「こちらがアリエッタ様からのご注文の品。

 商品番号222番“にゃんにゃんパラダイス”で、ございます!」


「ちょっ!」


 ちょっと待って――!?


 あまりにも有名すぎる商品に血が引きました。

 “にゃんにゃんパラダイス”略して“にゃんパラ”……この薬は夜の営みに使われる薬です。

 倦怠期を迎えた男女が新しい刺激を求めこの薬を使うのだと、そう聞いたことがあります。


「どういう、こと、でしょうか……」


 なぜこのような薬をおば様がわたくしに?

 まさか、デイル様とこの薬を使って×××しろと!? 婚姻前××をしろと!?


「そ、そんな、いやよ……」

「あぁ、違いますよ」


 不安を隠せないわたくしにやさしく告げます。


「今でこそこの薬は夜の営みに使われていますが、本来の目的は癒しを与えることなのです」

「癒し?」


 デイル様はあの野花に癒されたと……。あんな野花に……。


「実際に見ていただいた方が納得いくでしょう」


 エルゼ様は小瓶を開け、一気に口に含みました。


「!?」


 その変化はすぐに現れました。


 ふるりと頭を振ると、艶やかな闇色の髪の間からピンと立つ猫の耳!


 なんということでしょう……。自然と両手がワキワキしだします。


 ゆっくりと開いた、光の加減で変化する蒼色の瞳には真っ黒な縦の瞳孔。


「あ、あぁ……、なんて、美しいの……」


 彼はニィと笑い「お気に召しましたか?」と、長くふわふわもふもふな尾っぽでわたくしの頬を撫でたのです!


「あぁ! もふもふぅ!」


 伸ばした手をかわし遠ざかる尾っぽ。


「待って! お願い! もふらせて!」


 立ち上がったわたくしから身を引き、彼は上着から取り出した小瓶の中身を呷りました。


「あぁ……なぜ……」


 ピンとした猫耳もふわもふの尾っぽも消えてしまったのです。

 ワキワキした両手からも力が抜け落ちました。


 なぜ? なぜもふらせてはくれないのです? なぜ?


 エルゼ様は手を引きイスへと導きます。新しい紅茶も置かれました。落ち着く花の香りの紅茶と共に、先ほどのもふらせてもらえなかった絶望感が薄れていきます。


「ど、どういうことですか? 今のは、何かの魔術、魅了ですか?」

「いいえ、半端な獣化現象です。魅了効果はありません。しかし、この“にゃんにゃんパラダイス”には人間の本能を揺さぶる効果があります」


 本能? そう、勝手に手がワキワキとしたわ。


「猫耳と尾。人間なら誰しも、もふもふの衝動に駆られます。この衝動は創生神から引き継いだ性! もふもふは皆当たり前の行動なのです。人間の性を揺さぶるのがこの“にゃんにゃんパラダイス”! 私のような者にでも先ほどのように、もふ衝動に駆られる猫耳と尾ですが、生まれた瞬間から一流の物に囲まれ、栄養バランスの考えられた上質な食事を摂取し、手間を惜しまず最高の手入れをされ、外見も内面までも完璧に磨かれた者はそれに相応しい姿になるのです! 貴女ならその毛並みは女神の為に紡がれる光の絹糸と同じ、どんな者も心奪われる姿になるでしょう」


『喜劇を起こしたハロルドも行いを悔い改め、わたくしに這い蹲り許しを請うたのです』


 おば様の声が甦りました。

 わたくしの前に跪くデイル様が目に浮かびます。


「ふ、ふふふ“にゃんにゃんパラダイス”いただきますわ!」


「ありがとうございます」




 ***

 おば様とウィルエ様の姿に息を飲みました。

 店内に戻ったわたくしが見たのは、これから口付けを交わすのではないかと感じるほどの近い距離の二人でした。


「アリー、これを僕だと思って持っていてくれるかい?」

「ま、まぁ……これはなんて素晴らしい扇、ありがとうございます。ウィルエ様だと思って大切にしますわ」

「また来てくれるね?」

「ええ」

「次はアリーによく似合う口紅を用意するよ」

「うれしい……」


 近い、近すぎますわ! おば様!



「ルビエット嬢、これは貴女と知り合えた記念に」


 エルゼ様から小さな紙袋を渡されました。


「気に入って下されば、ぜひまた当店にお越し下さい」


 キュン。


 あぁ、いけないわ。さ、さすが尊き血を引くお方。深い湖のような瞳に魅せられてわたくしったら、心臓がおかしいですわ。


 ふわふわとした気持ちのまま馬車に戻り「ウィルエ様ったら!」のおば様の声に意識が戻りました。

 広げられた扇はおば様の瞳の色と同じ色。描かれた大輪の薔薇がよく似合っています。「ふふ」と笑い手にした扇の飾り玉は尊き方の瞳と同じです。


「ハロルドが妬いてしまいますわね」


 きれいに剥がれた口紅に気づいてしまいました。おば様もわたくしの視線に気づき笑って口紅を差し直しました。


「ふふ、わたくしとウィルエ様はかつて恋人同士でしたのよ」


 かつて……過去の話ではないような親密さが気になりましたが、そこに触れてはいけないのです。

 夫とは別に心を預ける方がいるのは、まぁ、よくある話しですから。


「ルビエットはエルゼ様から何を頂いたの? それも“花雫”の新作でしょう?」


 “花雫”高貴な女性に人気の化粧品のブランド名です。その新作?

 細身の小瓶に一輪の薔薇を挿したような美しいデザインの香水でした。『光華』と書かれています。


「まぁ、さすがエルゼ様ね『光華』、ルビエットの白金の髪によく似合う名と香りね。

 いいですね、明日からこの香りにしなさい。そして『光華』を纏うに相応しい者にだけ紹介するのですよ?」

「はい、おば様」


 わたくしからの紹介がなければ『光華』を店で購入できない。これが一流の物の販売方法。貴族の繋がりは大切なのですわ。




 ***

 ノックも無く乱暴に扉が開けれました。


「ルビエット、一応まだ婚約者という立場だから見舞いに来たぞ」


 翌日わたくしは急病と学園を休みました。

 おば様より婚約破棄を受けての心労と言われ、見舞いを強要されたデイル様です。


 わたくしはベッドから身を起こします。恥ずかしさもあり、まだシーツを被ったままです。


「そ、そんなに具合が悪いのか? 顔が赤いぞ……、身体が辛いなら横になったままでいい」


 わたくしを嫌っていながらも身体を気遣うデイル様です。そう、誰にでも優しい。だから野花が勘違いするのです。


 わたくしはシーツを外しました。


「っ!!」


 大きく見開かれた瞳がわたくしの頭にくぎ付けです。

 わたくしは“にゃんにゃんパラダイス”を使ったのです!


 髪と同じ白金の毛に覆われピンと伸びた猫耳。デイル様の荒くなる呼吸を聞き取りピクピクと猫耳が反応します。


「あぁ……」


 タシン。


 布団を叩く軽い音にデイル様は息を飲み、ソコを凝視しました。


 ゆらゆらと、誘うように流れる長く柔らかい毛。

 長く美しい尾っぽを見せつけるため、ドレスを加工しましたの。


「あ、あぁ……」


 デイル様の両手がワキワキしだしましたわ。


「なんて、美しい……」


 これよ!! この言葉がほしかったのよ!


 揺れる尾っぽから目を離さずデイル様はふらふらと歩み寄ってきます。


 タシン!


「近づかないでください」

「なっ!」


 強く布団を叩いた尾っぽがまた揺れだします。

 これよ、この顔が見たかったのですわ!


「あ、なぜ? ルビエット?」


 絶望に染まった表情のデイル様。しかし両手は正直にワキワキと欲望を隠せていません。


「わたくしとの婚約を破棄したいのでしょう?」

「し、しない!! あぁ、悪かった! 僕が間違っていた! 君のような美しい女性を振るなんてありえないことだ!」


 デイル様の目はわたしくの揺れる尾っぽにくぎ付けのままです。


「許してくれ、僕を……」


 タシン!


「あの娘を愛していると」

「ちがう!」

「あの娘は安らぎだと」

「ちがうんだ!」

「あの娘の笑顔に癒されたと」

「ちがう、ちがう! 僕の癒しは君だ、ルビエット!」


 謝罪の言葉を口にするデイル様ですが、やはり視線はわたくしの美しい尾っぽです。


 タシン。


 尾っぽを垂らしたまま問いかけます。


「ねぇ、デイル様? あの娘を第二夫人に迎えたいとおっしゃったでしょう?」


 その言葉にガバリとデイル様は床に両手をついたのです。


「すまなかった!! 僕が間違ってた! 第二夫人なんてありえない! 君だけだ、君だけなんだ!」


 ふ、ふふふ。勝ちましたわ!

 これよ、これが当然の結果なのですわ!


「ルビエット、僕の目は曇っていたようだよ、近くにいたのに、僕が求める癒しも安らぎも君なんだ! 僕が愛を捧げるのは、心を捧げるのは君だけなんだ! 信じてくれ!」


 跪き請うデイル様の姿はなんて気持ちいいのかしら……。これよ、これが当然の結果なのですわ!


「わたくしだけだと?」


 高揚する気持ちのままに立ち上がりゆらゆら揺れる尾っぽに、デイル様の瞳は再びくぎ付けです。


「誓う。デイル・アルセイドの名に誓う。僕は一生君だけを愛すると」


「ふ、ふふふ、いいでしょう! 許しますわ、デイル様! ……さぁ、いらっしゃい」

「あ、あぁ、もふもふぅ……」




 ***

 翌日からわたくしは婚約者であるデイル様にエスコートされての登校ですわ。

 熱のこもった瞳にわたくしを映すデイル様です。


「デイル様ぁ~」


 わたくしをエスコート中だというのに抱きつく野花。デイル様は一瞬動きを止め、何か感じたようで娘の髪に触れました。


「もふもふじゃない……」


 呟き野花をつき離します。


「やめてくれないか、ハルーシャ君? いくら家格差のない学園であっても節度ある態度をとってくれ」


「え?」


 あまりの変わりように驚き、口を開けたままデイル様を見上げる野花。


「ここでは将来に向け、良き人材と人脈を得る場だと理解しているのかい?」

「デ、デイル様?」

「婚約者のいる男に軽々しく触れるのは、君にとっても良い結果を生まないだろう」

「ま、待ってください! なんで!? デイル様は私を第二夫人にしてくれるって!」


『『有り得ない』ですわ』


 わたくしとデイル様が重なります。


「ご存知かしら? 数年に一度起こる春のダンスパーティーでの婚約破棄の喜劇。破棄が成立したことは一度もないのですわよ? 当然ですわ。婚約とは家同士の契約。平民がどれほど夢みても所詮夢ですの」


 平民が身体を張って心を得るなら、わたくし達はわたくし達のやり方で心を奪い返しましょう。


「ねぇ、デイル様? わたくしに触れたい?」

「も、もふもふぅ……」

 

 両手をワキワキしながら蕩けた表情の婚約者様。

 

 貴方の癒しはわたくしだけ十分ですわ。

 そうでしょう?

 






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