ゾンビと俺と、時々、ゾンビ
さとうたいち
じぇ!
朝起きたら、自分以外、ゾンビになっていた。
7時にセットしていた爆音のアラームがなり、母が起き、俺を起こしにくる。
母「あんたさ、スピーカー使ってるの?って思うくらいの爆音でよく起きないわね。お母さん、ごはん作るから。もう起こさないからね。」
そう言って母は部屋から立ち去る。
「はいはいはい。」と言おうとしてうっすら目をあけ、母の後ろ姿をみた。
夢から出てきたばかりだからだろうか。
母の後ろ姿はゾンビであった。
その日は10月31日。この日本にも海外からのイベントが舞い込んでくる。そう、ハロウィンである。
「ああ、コスプレか。」
夢から出てきたばかりの俺は、それで納得した。
大学4年。まだ内定は取れていない。流れで始めた就活に、やる気も勇気も出てこない。
「はぁー」
海くらい深いため息を吐きながら、寝ている体勢から座っている体勢になり、また寝ている体勢になる。これを3、4回くり返して、やっと地面に着陸する。
半袖短パン。雑なパジャマは脱がずにまずシャワーを浴びに行く。田舎の一軒家。階段を降り、風呂場へ。
雑パを脱ぎ、40度の水を出す。
ジャー
40度の水とともに現実も降ってくる。
あぁー就活。どうしよう。
はぁーー。
現実に耐えかねた僕はすぐ風呂場からでた。子供の頃からずっとある、うっすいバスタオルで体を拭く。
すると、母が勝手に入ってくる。
母「ほら、早くしなさいよ!遅刻するよ!?」
「おい、はいってくんなっ...へっ!?」
驚きのあまり今まで出した中で一番高い声を出した。そのあとはもう、衝撃すぎて絶句した。
母「何?ゾンビ見たみたいな顔して。びっくりさせないでよ。」
母がゾンビになった。驚愕だし、引いている。姿はゾンビだが、声はそのまんまで、行動も言動も母そのものである。だから気が付かなかったのだ。
と、冷静に分析をしているが目の前にゾンビがいる。
「ゾ、ゾンビ!?親父!!ゾンビ!?おふくろゾンビ!?おい!親父!ゾンビ!ゾンビ!」
声に出すと自分の焦りと恐怖がすごいことがわかる。
父「アホになったのか?」
父が来た。
「うわぁーーー!!」
お察しの通り、父もゾンビになっている。
父「なんだよ。びっくりするなー。急に大きい声出すなよ」
「いや、その姿で普通のこと言うなよ!」
父「なんかついてるか?」
「いや、鏡みろ!ママも!」
母のことをママと言ってしまった。俺は大分混乱しているようだ。
父と母は、俺の指示に従い鏡を見た。
父母「じぇじぇじぇ!!」
父と母はあまちゃんが大好きである。
母「こんなに私老けちゃったの!?」
父「なんだこれ!!?おい!どういうことだよ!」
「わかんねーよ。とりあえずこっち見ないでくれ。怖いから。」
本当に怖い。ラストオブアスのランナーみたいなやつが目の前にいる。怖くないわけがない。
父「なんでお前は普通なんだ?」
確かに。三人中、二人がゾンビ。つまり過半数がゾンビなわけだ。
えっ、俺が普通じゃないのか?え?なんかゾンビになりたいんだけど。いやいや、まてまて、落ち着こう。
母「私こんなに老けちゃったの?気が付かなかったわ」
「いや老けとかじゃないから」
父「そうだぞ。これは多分老けとかじゃなくて、え?だったらなんなの?」
「ゾンビだよ!」
父と母はアホである。なので、話が全く進まない。
「とりあえず、親父とおふくろは家にいて!俺、外見てくるわ!」
母「私も行くわ」
父「俺も」
「くんな!」
母「なんでよー?反抗期ー?」
父「まあまあ、そういう年頃だよな」
「そういうことじゃねーよ!あんたらゾンビなんだぞ?」
母「そうだわ!こんな顔で外歩けないわ!」
父「たしかに!お前頭いいな!」
母「ありがとう」
父「どういたしまして」
「俺だろ!絶対に俺だろ!あとゾンビの姿でイチャイチャしないでくれ!ん?親父とおふくろはお互いのことどう見えてんの?」
母「ゾンビ」
父「ゾンビ」
「いやなんで怖くないんだよ!」
父「なんか同じ者同士、惹かれ合うのかな」
母「いやだお父さんったら」
「なんだよそれ!自分の顔見て驚いてたくせに意味わかんねぇ!」
母「自分の顔だもの」
設定がガバガバだが、とにかく外の状況を見に行こう。
母「行ってらっしゃい」
父「がんばれよー」
何をだよ。
ガチャ
郵便「あ、ちょうどよかった!郵便でーす!」
「うぅわっ!まじかよ!」
郵便のお兄さんもゾンビだ。まじかよ。こわ。
郵便「どうかしました?」
「いや、あ、大丈夫です。サインですね」
郵便「ありがとうございまーす!ありがとうございましたー!」
「いきいきすんなよ。なんで気づいてないんだよ」
まあ、落ち着け。まだ3人。ゾンビは3人。仙台駅に行けば人がたくさんいるだろう。人が。
ここから仙台駅までバスで30分。
できるだけ下を向いてバス停へ向かう。最寄りのバス停まで20分。
おじちゃん「こんちはー」
「うっ!こんにちはー」
ゾンビおじちゃんか。見なかったことにしよう。下を向いて歩こう。
バンッ!
痛っ!あ、バス停か。よし。バスの時間は。あーあと20分か。下を向いて待とう。
おばあちゃん「こんにちは」
「ゲッ!こんにちはー」
ゾンビおばあちゃんかな。それともそういうおばあちゃんかな。どっちでもいいや。下を向いて待とう。
プップー!
運転手「お客さん、乗らないんですか?」
下を向いてたらいつの間にかバスが来てたみたいです。
「ああ、すいません!乗ります!ウエッ!」
運転手ゾンビだ。ああ、お客さんもゾンビなんだろうな。このままいくとゾンビなんだろうな。あーあ。絶対ゾンビだよなー。
婆「早く乗りなさいよ!」
ああ。全部口に出しちゃうタイプのゾンビ婆だ。
爺「何してんだよ!」
ああ。怒ると、もう止められないタイプのゾンビ爺だ。
とりあえず、このバスに乗っているのは、ゾンビ婆とゾンビ爺と運転手ゾンビだけか。意外と少なかったな。
ゾンビ「出発しまーーす!」
「いきいきすんなって」
ゾンビ「出発してくださーい!」
ゾンビ「ゴーゴー!」
「ゾンビになってからの方が元気じゃん」
バスの窓から流れる景色を眺める。
山、家、自動販売機、ゾンビ、家、家、家、家、家、ゾンビ、家、家、家、家。
ゾンビ「降りる人いないすか!止まりませんよ!?」
ゾンビ「いませーーーん!」
ゾンビ「降ります降りますー!」
ゾンビ「降りるんですかー!」
ゾンビ「嘘でーす!降りませーん!」
ゾンビ「なーんだ!嘘か!」
「ゾンビになる前もそんなことしてた?」
なんやかんや。
はぁ。なんやかんやで、やっと仙台駅が見えてきたな。というか、歩いてるの全員ゾンビだなぁ。
ゾンビ「終点でぇーーーす!」
ゾンビ「ふぉーーーー!」
ゾンビ「終点終点終点!!」
ゾンビ「天神天神天神みたいに言うなよ!」
ゾンビ「笑笑!」
ゾンビ「アグネスゾンビですね!ブハッ!」
ゾンビってわかってんのかよ。というかやばい奴らだな。早く降りよう。
はぁー。
精神的にも視覚的にも疲れたな。
バスから見たゾンビたちがハロウィンの仮装であることを期待し、ペデストリアンデッキへと上る。
階段ですれ違うゾンビ。
パルコ2に向かうゾンビ。
ステンドグラス前で誰かを待つゾンビ。
電車に乗るため、急いで改札を通るゾンビ。
ゾンビの仮装をするゾンビ。
たくさんのゾンビが居て、俺がいる。
「いや居すぎだろ!俺だけじゃん!なぜ俺は珍しがられないんだ!」
ゾンビ「あの人大丈夫かしら」
ゾンビ「関わらないほうがいいよ」
「ゾンビに変な人認定された!もうやだ!何この世界!もういい!ここで寝よ!寝まーす!おやすみなさい!」
仙台駅内のお土産屋で眠ることにした。
平常ではいられない俺の、異常な行動である。
萩の月の箱を並べ、ベッドにして寝ていたら、ゾンビが俺の肩を叩き、言う。
ゾンビ「お客様、ここで寝られると迷惑になりますし、商品の上に乗るのもやめてもらえますか?」
真っ当な意見である。
「くそ!なんで俺のほうが変みたいになるんだよ!」
ゾンビ「変ですので。」
「くそ!あなたゾンビなんですよ?」
ゾンビ「はい、私はゾンビです。そしてあなたは人間。ですが、あなたの行動はただの迷惑行為です。」
人間がゾンビに口で負けた瞬間である。
「あなた、お名前は?」
ゾンビ「吉田羊です。あ、同じ名前なだけです。」
俺は吉田に恋をした。
吉田は、人は見た目じゃないって事を俺に教えてくれたんだ。
それからというもの、俺は吉田が勤めるお土産屋に毎日のように通うようになった。
「吉田さん!」
ゾンビ「竹川さん!」
あ、申し遅れました。竹川担巣です。
毎回毎回、萩の月を買う俺に、吉田はこう言うんだ。
ゾンビ「萩の月で寝てたの懐かしいですね。」
「ふふ。そうですね。あの時はすいませんでした。」
ゾンビ「いいえ。結果的にこんなにいい人と巡り会えたんですから。」
「吉田さん!」
ゾンビ「竹川くん!」
「くん呼び?」
ゾンビ「すいませんつい」
「じゃあ俺は、呼び捨てにしーちゃおっ!吉田!」
ゾンビ「竹川くん!」
「吉田!」
ゾンビ「竹川くん!私と付き合ってくれませんか?」
「吉田!当たり前だ!」
それから8年後。
俺は橋本と結婚した。吉田とは1ヶ月で別れた。
ゾンビ「なんじゃそりゃおい!」
もしこの物語が映画になったら、みんなそう言うだろうね。
良くも悪くも俺は今、幸せです。
自分以外ゾンビになった世界で。
就職はせず、人間という付加価値だけで生きてます。黄金伝説でやってたガラス張りの部屋で生活するやつを5年やってます。橋本とは別居中です。
そう、人間は珍しい生き物なのです。
この世界でも。
あなたの世界でも。
ゾンビと俺と、時々、ゾンビ さとうたいち @taichigorgo0822
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