3・やって来たデレ期
明け方、喉が渇きに降りた台所で、同じように水を求めて来た彼女と、メイと出会った。
綺麗な子だよなと、細い足に目が行く。
まだ朝の四時。水の冷たさに喉の渇きはなくなったが、代わりに肌寒さを感じて、なんとなく、彼女に声をかけた。――それが始まり。
陽が昇るまで僕たちは共にベッドの中で過ごした。
普段、僕のことなんて視界の端に入れる程度。そんな彼女がベッドの中で見せた仕草、甘えてた声。あんな顔を見せられたら……。
なのに、昼間は彼女の視界に入ることさえない。あんな顔見せたくせに、やっぱり僕のことなんて眼中にもない……。
そんな彼女の側には、いつも幼馴染のカイがいる。
カイはメイが好きで、メイも隣を許すほどカイに気を許している。
今まではそんな姿を見ても、なんとも思わなかったのに、何も感じなかったのに……。
彼女のあんな顔を知ってしまったら、気になって仕方がない。
「ハル、ご飯よ」
「あぁ……」
「カイもメイもいらっしゃい」
寄り添って食卓につく姿に、腹のなかに重いものが溜まる。
彼女にとって今朝のことは気まぐれの行為だったのだろう、今だって、ほら、目が合ってもすぐに逸らされてしまうのだから。
「なんなんだよ、それ……」
しかし次の日の明け方、彼女の方から僕の部屋に訪れた。
昼間はそっけないくせに、一緒にベッドにいる時は違う顔を見せるメイ。
甘い声。
細くしなやかな身体。
いい匂い。
柔らかな胸元。
昼間も僕を見てほしくて、なんとか気を引きたくて、それでもそっけない態度に、歯噛みしながら、しかし、明け方には来てくれる彼女が愛おしくて、僕の中でメイの存在がどんどん大きくなっていった。
明け方の行為も四日目。カイとメイが口論している姿があった。
カイは気づいたのだろう。僕と、メイの関係に。
知られたから、もうメイは来ないかもしれない、なんて思いもあった、けれど……驚いた。彼女は日付も変わらない時間から部屋にやって来たのだから。
食事の時間もメイは僕の隣にいるようになった。僕との関係をカイに隠さなくなったメイ。
カイはどんな思いで僕たちを見てるのか……、そんな思いはほんの少し、カイにどう思われようと、僕は嬉しかった。
昼間もメイの体温を感じる距離にいられることが。メイに選ばれたのがカイではなく、僕だということに調子にのっていた。
離れたところから覗くカイの目が、じっと僕に向いていることに気付いていても、嬉しかった。
カイまでもが僕を意識している、それがたまらなく嬉しかった。
その目に友好的な色がなくても。
その夜。
首への圧迫感と、息苦しさに目が覚めた。
僕の上には首を押さえつけ馬乗りになったカイ。
見下ろすカイと目が合い、僕の気持ちは、一気に弾けた!
「うわぁぁっ! カイきゅんでちゅかぁー!!」
ぎゅうぅぅっと抱きしめ、長年の思いを、一気に行動に移した。
「ふぎにゃあぁっ!?」
「どぉしたんでちゅか!? カイきゅんもいっちょに寝たいんでちゅかー!? そうか、そーでちゅかぁぁ!! ああっかっわいいなー! もっふもふめー!!」
「ふにゃあぁぁっ!!」
気持ちのままにやってしまった、頬ずりに肉球プニプニ、腹肉もみに、耳の甘噛み。豊かな腹肉に顔を埋めた腹吸いを行ったところで爪を立てられ、威嚇され逃げられた。
「あぁ、カイぃぃー……」
なんでだ、やっと、僕を見てくれるようになったのに。
「ハル……、あんた何やっての?」
騒ぎに起きたらしいおかんが、残念なモノを見る目で僕を見ているんだが、察してほしい。カイ、メイと暮らすようになって八年。やっときたデレタイムに。
視界にも入れてもらえず。
オモチャを振るも無視。
甘え、擦り寄るのは餌をくれるおかんにだけ!
存在すら否定された共同生活の八年。
認識された喜びに、やっときた触れ合いに、狂ってもしょうがないじゃないか!
あぁ、足りない、まだ、僕にはもふもふが、足りない……。
カイがダメなら、やはり……。
「メイちゃぁぁーん? こっちに、おいでぇぇぇ?」
おかんの足元でこちらを伺うメイへ。
なぜか、後退り、扉から顔半分で覗くロシアンブルーもふもふ。
「おいでぇ?」
顔半分が三分の一になった。
「振られたわね」
「っ!?」
顔三分の一で覗くメイの瞳が『浮気者ぉ』と語っていた。
「!?!?」
僕の、もふデレタイムは終了した。
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