第20話 騎士団長の息子は手駒を増やす
アリスに少しだけ時間を貰ってから俺は学園の医務室に来ていた。医務室には担当医とラクター男爵家の侍女が付き添いにいたがその娘と担当医には一旦席を外して貰って俺はベッドの上の彼に声をかけた。
「気分はどうかな?ファン・ラクター」
「……笑いにきたのか貴様」
「まさか。むしろ逆だよ。君に称賛を贈りたくてね」
「あれだけ一方的に打ちのめして出てきたのがそんなふざけた台詞なのか?」
ぎりっと睨んでくる彼に俺は笑いながら言った。
「いや、本当に凄いと思ってね。"偽物"の想いで俺にあそこまで挑んだことも、それを理解しながら突き進んだこともね」
「……!」
その言葉に彼は目を丸くしてから俺を見ていた。意外に理解の早い彼に俺は苦笑しながら言った。
「本当はマリアのことなんてそこまで興味ないんだろ?」
「そ、そんなことない!俺は……」
「誰かのために何かをする自分に酔いたかった。そうして自分の存在をアピールしたかったんだろ?」
多分、こいつはマリアのことなどそこまで気にしていなかった。いや、好きという気持ちは少なからずあったのだろうが、叶わないことを最初からわかっていた。そして、それが偽物になることもわかっていたのだろう。実際にマリアが何をしたのかも朧気ながら把握してその気持ちが偽りだということに気がついてしまったのだろう。それでも、きっと彼は自分のことを誰かに知って欲しかったのだろう。ようは寂しかったのだ。
「なあ、ファン・ラクター。君が本当に欲しいものはなんだ?他人からの評価か、それとも好意かあるいは居場所か」
「俺は……」
「なあファン・ラクター。知ってるか。君の侍女は君のことを異性として好意を持ってるぞ?」
「え……?」
その言葉にキョトンとしてから彼は目線を反らしながら言った。
「そんなわけ……あいつには好きな奴がいるんだそうだ。それを会ったばかりのお前がなんで言い切れる」
「それは君に対する態度を見てれば自然とわかったさ」
視線や動作や言動、少しのことで誰にどのような形でどのような感情を向けているのか具体的にわかる。特に俺は自分がアリスに向けている視線やアリスが俺に向けている視線と同系統の視線には敏感だ。少しだけ話しただけだがあの娘が彼に好意を持っていることは把握できた。俺のその台詞に彼はしばらく黙ってからポツリと呟いた。
「あいつは昔から俺の侍女だった。ドジでおっちょこちょいで、とろくて……でも、俺はあいつが大好きだった。でもな、見ちまったんだ。父さんと親しげに話す姿を。その姿を見て嫌でもわかった。あいつの特別は俺ではなく父さんなんだと。だから俺はこの学園に入ってからどうにかしてそのことを忘れようとしてきたんだ。そんな時に会ったのがマリアだった。色んな男に声をかけまくるあいつに俺は期待しちまった。だから今度はそういう想いが続くように精一杯頑張って、お前にぼろ負けした」
そう言ってかは彼は俺にすがるような視線を向けてから言った。
「なぁ、俺はどこで間違ったんだ?何をどうすれば良かったんだ?教えてくれよ……」
「そうだね、それならまずはその勘違いを正すところから初めてみたらどうかな」
「勘違い……」
「とりあえず、多分あの娘が君のお父さんに向けていたのは父親みたいな感情だと思うよ。あの娘、孤児でしょ?」
その言葉に彼は驚いてから頷いて言った。
「そ、そうだが……でも、それならなんであんなに楽しそうに……」
「あのね、家族のいない人間からしたらそういう扱いをしてくれる人は凄く特別になるんだよ。そして、君はその家族愛を異性としての感情と間違って認識したんだと思うよ」
「そ、そんな馬鹿な……だったら、俺はとんでもない勘違いをしていたのか」
乾いた笑いをしてから彼は涙を流して呟いた。
「そんな簡単なことにも気づけずに勝手に嫉妬して、勝手に暴走してこうなったなんて、どんだけマヌケなんだよ……」
「そうだね。君はマヌケだ。でも、君には想いを貫く力がある」
「力……」
「好きでもないマリアのために俺に喧嘩を売ることまでできたんだ。ならそこに好きな感情が混じればますます強くなると思わないか?」
その言葉に彼は涙を拭ってからポツリと言った。
「無理だよ……もう、俺は誰かに好意を向けるなんて」
「なら、俺があの娘を焚き付けてもいいんだが?」
「仮にお前の話が本当でも、あいつが俺に告白なんてできるわけない。身分も違うし」
「どうしてそこで諦める?俺はその理不尽をはね除けた。そしてアリスを手に入れた。お前もせいぜい頑張ってその"本物"の想いを伝えてみることだな」
そう言ってから俺はその場を後にしようとするが、その前に俺は彼を見て言った。
「もし、その"本物"の想いが叶ったなら俺の元に来い。お前に居場所を与えてやる」
そう言ってから俺は今度こそ部屋を出る。部屋の前でそわそわしている侍女に礼を言ってから俺は彼女にアドバイスをする。
「弱ってる今こそ、彼を堕とすチャンスだよ。身分差なんてどうにでもなる。あとは君が彼をどれだけ好きなのかによるだろうね」
その言葉に侍女はしばらく呆気に取られていたが覚悟を決めたように頷いたので俺はそれに満足してその場を後にする。仕掛けは終わった。あとは向こうが自分達で動けば完了だろう。こうして相手の傷を抉り出してそれをどんな方法でも解決する。こうして手駒を増やした方が後々楽になるので、後はどこまで変化するのか見物だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます