第9話 キザな婚約者は無能じゃない

 昨日の”同人誌の件“があり、私のメンタルも一時はどうなるかと思ったけれど、どうにか復活を遂げた。


 一日経って、今日はもう放課後だ。陸夜とも話し尽くして、最終下校時刻となったのでいつものように椀運転手が待っている車を目指す。ほんとうにショックが大きかったなぁ、昨日は。陸夜も私と同じ事、考えてたみたいで、とても安心した。

 

 陸夜と議論になったのは、どうしてあんな本が図書室にしれっと置いてあるのか、だった。話し合いの結果、


 一 図書室にあまり人が来なくて、例の本に気づかない

 二 当時の司書さんも悪ノリがひどかった


 という結論に至った。あくまで想像だけどね。


 小丸ちゃんが意外な趣味で驚いたな。人は見かけによらないというものらしい。

 そのまま校門までのんびり歩いていき、出てすぐにある、扉の開かれた黒塗りの専用車に乗り込む。


「お疲れ様です、美麗さん」


「ありがとう、椀さん」


 背負った荷物を隣の席の足元に置き、柔らかいシートに腰をかける。


「最近の美麗さんは、いつにもなく楽しそうで何よりです」


「椀さん、やっぱりそう思いますか」


「ええ。少し前までは、車に乗り込むときはいつも退屈そうで、不満げな表情ばかり浮かべていたのを、ミラー越しに見ていましたから。そして何より、車内で話すことも、笑顔も増えてきたことですし」


「すごいな、椀さん。私の考えとか、全部読まれてそう」


「美麗さんの全て、というのは私ができるようなことではありませんよ。もっと理解している方が、美麗さんにはいるのでしょう?」


「いないといったら……嘘になります。ただ、この財閥内で、一番の理解者は椀さんだけです」


「ありがたきお言葉。この椀台にはもったいない。さあ、出発しましょうか」


 いつもの高速道路を抜け、途中睡魔に襲われながらも、いつもと変わらない時間に自宅に帰って来れた。そして、いつも通り、自室で自分の時間を楽しむ。それでよかったはずなのに。長い入り口を抜け、応室間にいたのは。


「久しぶりだね、美麗さん」


 呑気に紅茶を片手に持ち、キザな態度で接してくる男。雨宮光一の姿があった。


「お久しぶりです」


 紅茶を大理石のテーブルに置いて立ち上がり、こちらに向かってくる。


「やはり、いつもあなたは美しい。どこから見ても、理想的な女性ですよ、あなたは」


 初対面のときと同じように、手首をそっと掴んで、骨董品でも鑑定するかのようにまじまと多方面から手首を眺め、ときどき私の顔を見てきみ悪い表情を作る。そっと離れようとしても、まとわりつくように距離を詰めていき、「美しい、あなたは美しい」と小声で何度も囁くささやく


「ボクの手に落ちない女なんて、存在しないと思っている。今はダメでも、いつしか、キミがボクのことを強く求める日が来るとと信じているんだ。だから、まだ出会って間もないキミにこんな態度がとれるんだ。わかるかい?」


「は、はあ……」


 嫌われることだと知ってなお、こんな行動を自信満々にやってのける精神力がどこからやってくるのだろうか。その確固たる自信は何を根拠に生まれるのだろう。彼が何を考えているのかまったくもって理解できない。これは、彼なりの人間関係の築き方なのだろうか。


「いきなりだが、ボクはキミに問う。美麗さん、ボクのこと、好きかい」


「好きか、嫌いかですか」


「いいや、好きか、好きじゃないかだ。好きの反対は嫌いじゃなくて無関心だ。ボクの行動を受けてなお、無関心でいるはずがない。嫌いという選択肢にしてしまうと、キミが一切ボクに興味を持っていないことになってしまう。そんなことはない。そうすれば、この二択となるのは必然なんだ。さあ、答えて欲しいな」


 巨体による圧力はやはりくるものがある。彼の理論は理解できないし、理解する気もないけど。


 彼も一応財閥の生まれだ。両親のビジネスのやり方を、肌身で感じとって育っている。こちらが雨宮グループにしかけるのと同じように、あちらからしかけられている可能性は否定できない。これも、何かの策略だとしたら……。油断はできない。


「その質問、今はまだ答えられない。あなたはどうなの」


「しっかり答えてくれないのか。悪い子だね、キミは。ボクはの答えはもちろん、『好き』さ……。さて、どうして僕はこんなことを尋ねたと思う?」


「知りません、そんなこと」


「釣れないね、美しき平民の娘」


 ……やはり、そりが合わない。

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