第7話 プロフェッショナル 男の遊戯 〜僕は絶対に遅刻しない〜

「はあ……はあ……ねえ、陸夜、今」


「何時かって? あと一分を切った」


 図書室で委員の集まりがあるからと、図書室まで急ぐ僕と美麗。二分間という遅刻寸前のタイムリミットで走りはじめ、はや一分以上が経過していた。


 あと一階分上れば、図書室に辿り着く。


「残り三十秒。ラストスパート、かけるぞ」


 掴んだ美麗の腕を無理やり振って、先へ、先へ。図書委員の集まりなんかでここまで熱くなってしまっているのはなぜなのだろう。きっと辿り着いた先には、エベレストを登りきったかのような達成感で満ち溢れるのだろう。


 脳内が「間に合わせること」にフォーカスしすぎて、頭が働かない。まずい、考えがすべて古文だか漢文になる......(?)

 こいつは何をいっているんだか。



 一直線上之廊下之、左端二図書室在リ。己現在、右端二在リ。

 廊下、吹奏楽部之練習中二付キ、大変騒ガシ。

 有難キ事、廊下二人在ル事無シ。

 鞄背中二背負イ、美麗之手ヲ握リ駆ケタ故、体力之消耗シケレド、

 我走ル。

 足、図書室二向コウ。一歩一歩ケレド、我走ル。

 望ム、間二合フ事────



「美麗、手、離すぞ」


 漢文を考えている場合じゃないぞ、俺。雑念を振り払え。


「準備できてる」


 息が荒立つ。そんななか、パッと手を離した。あと五秒。


「間に合ってくれ......」


 走った勢いそのまま、引き戸のレールを華麗に右手で開けていく。そのフォーム、無駄がない。美麗が入れるだけのスペースを確保するため、荷物を前方に投

 げ捨て、受け身の姿勢で前に倒れ込む。


 もはや間に合うか否かの問題ではない。気持ちの問題。早く集まりが始まっている可能性だってある。それでも、俺は走りたいと思ったから。


「おくれてすうぃわすぇんでいっふぃああああぁぁぁぁ」


 受け身を取りながらの謝罪。もはや何をいっているのかは理解不能だろう。うまく転んだ姿勢から、時計を確認する。時刻、〇〇分、〇一秒。


 間に合った。


 プロフェッショナル、男の遊戯。男はこうして、伝説を打ち立てた────



 Q.プロフェッショナルとは何か

 そうですね。成功に向けて全てを捨てでも、走れる人だと、僕は思います。


 男、沢田陸夜はそう語った。


 プロフェッショナル 男の遊戯 (終)



「あの、陸夜、何、してるの」


「ん、その声は」


 倒れかけた僕の真上に跨り、上から見下げる格好で。


「小丸、陸夜くん、呼んだ覚え、ないんだけどなぁ……ん?」


「いや、美麗が今日集まりがあるって」


「ごめん、それね、昨日の話」


 昨日の話。僕と美麗の挑戦は、教室から図書室までの最短移動時間を検証するだけのものに成り下がった。ただの男の遊戯と化した偉業だったのだな。


「というか小丸、そこをどいてくれないか。その、だな。スカートの中身をまじまじと見せつけられる同級生の気持ち、考えたことあるか」


 立った姿勢から、小丸は僕の上に跨いだんだ。ずっと、スカートの中しか見えていない。スカートの中身で、気がついた。僕の顔面は今、女子のスカートの中にある。


「こ、この変態!! 私のスカートの中、見て、下着で分かったって……」


「だって中学の時だけで何度このシチュエーションになった? 下手すりゃ会うときはほとんど小丸のスカートの中が見えてる気がする。たまに下着一枚だけ履いてるだろ、そのときの下着は……」


「な、なによ。私の下着がときめきプリティー・キュア&キラーの真花紗菜香まはなさなかちゃんのデザインだってのが、だめだっていいたいわけ。下着く

 らい好きに履かせてよ」


 ときめきプリティー・キュア&キラーというのは、日曜の朝にやっている女の子向けアニメーション。戦隊モノの女の子版のアレだ。一番最初はふたりだった例のヤツである。


 にしても、だってよ、それがあいつの下着前面に印刷されてるんだよ。その、なんだ。真花紗奈香のあられもない姿が。キャラのTシャツを着る感覚で下着履いてるのかもしれないが、見せられると厳しいものがある。


 いったいどこで買ったんだ。子供向けアニメの下着、高校生サイズ。


「別にいいけどさ、こういうの気を付けろよ。他の人の前でもこんなことしたら、変な目で見られるのは確定だからな」


「は、はーい」


 小丸がもじもじしながら答えた。下着を何度見られても、動揺することに変わり

 ない。


「ごめんなさい、遅れました」


 ようやく美麗が辿り着いた。同じようなペースで来れていたとばかり思っていたが、実際はそうでもなかったようだ。あと数秒、というところで見た美麗の姿は幻覚だったのだろうか。


「美麗、ごめん、今日は」


「図書委員の集まりがないんでしょ。息を切らしながらここにきたとき、小丸の声が聞こえていたから。そこから二人で何かあったみたいだから入るのを躊躇っていたんだよね、り・く・や」


 わざとらしい微笑みをこちらに向けてくる。頬をピクピクと痙攣させながら。怒ってるよ、怒ってる。せっかく美麗と関係が戻りつつあるのに、ここで振り出しに戻るなんて考えたくもない。今日集まりがない、という話をしていたときから近くにいたってことは、ああ、下を見てしまった一連の流れも耳で確かめられていたんだよな、きっと。


「あれは事故だったんだ、俺が故意に起こしたことでは決してない」


「……まあいいわ。あとでしーっかり話しましょ?」


 怖いわ。アクティブだった頃の美麗が男子とさほど変わらない動きをしていたことを思い出す。一発殴られるだけでも相当痛い。


 身長差があるから、僕が少ししゃがまないと殴れないんだな。本当にやられるなら、キック食らうんだろうな。まあ、美麗にやられる分には嬉しさも若干。はい、やはり変態だよな。


「なんだ、せっかく集まったけど、何かするんか、小丸」


「私、何がしたいんだろう」


 美麗よりも小さな体を捻り、一旦考えてみる。


「図書室にいるんだし、本でも、探してみようよ」

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