第15話

「あーマジぴえんの二乗だしぴえん超えてぱおんだしぱおん超えてじじいだしじじい超えてファイナルエクストリームスペシャルラディッシュメドローアって感じー。あの数学のハゲまじうぜー。極大消滅呪文浴びせたいわー」


 入口近くに座っているちゃらちゃらちゃかちゃかした派手めの女子高生集団が、確実に日本語ではないどこかの国の言語で雑談していた。俺には一ミリたりとも意味が汲み取れなかったけど、あれの意味が汲み取れなかったからといって人生において困ることなどなにもないだろう。


 俺は結局、水無瀬さんをファストフード店に連れてきた。ファストフード店ならば、たとえジャージ姿であってもそこまで存在が浮かないだろうという、俺にしてはとても一般的なロジックのもとで水無瀬さんをここに連れてきた。


 俺は二階に昇って一番隅っこの席に水無瀬さんを座らせて、階段を降りて約束通り水無瀬さんの分も俺の奢りで買って、トレイを持って二階に昇って水無瀬さんの座るテーブルの向かい側に座る。


 まさか、一日のうちに二回も女の子と二人だけで食事をすることになろうとは。


 俺が戻ってきても水無瀬さんはぼんやり窓の向こうを眺めているだけで、特に何もしていなかったから俺は驚いた。水無瀬さんは座るとすぐにスマホを弄り始めるような生粋の現代っ子なんだと俺は認識していたから、驚いた。今日は軽装すぎてスマホさえ持っていないのか。


 座って、トレイに水無瀬さんの分のハンバーガーとポテトをのせて、そのトレイを真向かいに座る水無瀬さんへとスライドさせた。俺の分はテーブルの上にじかに置く。


 水無瀬さんはそれに気づいてトレイに視線を落として、しばらくそれを見つめてから、少しだけ顔を上げて俺の目を若干遠慮がちに伏し目がちに上目遣いで、見た。何か言いたげだった。


「……その……これだけ、ですか?」

「は……ああ、うん。そうだけど」

「……その、まったく図々しくてごめんなさいというか、その、あのですね……」


 水無瀬さんはもじもじして、今にも沸騰しそうなくらいに顔を赤くしている。


「その……なんというか、なんて言ったらいいか……」

「……もしかして、足りないって?」


 水無瀬さんは昼食をカロリーメイトだけで済ますような人だから、俺は水無瀬さんのことをそれなりに少食な人なのだと認識していた。だからまさかそんな要求をしてくるだろうとは思っていなかったけど、冗談のつもりで言ってみた。


 が。


「そ、そう、です。これだけじゃ、足りません……」


 水無瀬さんは申し訳なさそうに、俺の言葉を肯定した。


「……じゃあ、あとどれくらいあったらいい?」


 ここで驚いてしまったら失礼というか乙女の羞恥心を逆なでしてしまうだろうと考え、俺はなるべく早く気を取り直した。


「ご、ごめんなさい。やっぱりこれだけで大丈夫ですいりません」

「そう遠慮しなくてもいいんだよ。お金には余裕があるから」


 なぜなら友達と遊びに行く回数が人並みより少ないから。


「じゃ、じゃあ、あとハンバーガーを追加で三つ……」

「み、三つ?」


 水無瀬さんが消え入りそうな声でそう言ったからなのか、それともその内容が衝撃的だったからなのか、俺は思わず聞き返してしまった。


「そ、そうです。三つですけど、なにかおかしいですか?」


 水無瀬さんは遠慮がちだけど少しむっとしたような声色で言った。


「あーいや、なにもおかしくはない。じゃあ買ってくるから、水無瀬さんはさきに食べててもいいよ」

「わ、わかりました。ありがとうございます……」


 俺は立ち上がりながら、そういえば水無瀬さんから感謝されたのは今のが初めてだなと思い至って、少し幸せな気分になった。


 やっぱり進歩してる。


 思えばほんの三日前くらいまでは、水無瀬さんが俺と二人だけでどこかの店に入って対面している状況なんて、想像もできなかった。だが、今現在には実際に、そんな状況が現実に存在している。あそこまで俺のことを拒絶していた水無瀬さんが、俺に手を引かれてファストフード店までついてきた。その場の流れで唯々諾々とついてきただけかもしれないが、それでもいい。事実水無瀬さんはついてきたのだから、今はその事実だけを見つめていればいい。


 俺と水無瀬さんの関係の進歩は、目には見えないし形として現れないし数字としても表れることはないし、誰もその進歩を口に出して確認したりもしない。だけどそれは、確かにそこに存在している。


 俺と水無瀬さんは歩んでいる。


 ゴールがあるかもわからないし、ゴールではないにしてもこの先に一体何があるのか皆目わからないけれど、俺たちは確かに進んでいる。


 その歩みは俺に恐怖と高揚をもたらす。胸騒ぎと活力をもたらす。冷水と熱湯を同時にぶっかけられているような気分。


 追加で注文したハンバーガーを三つ抱えて、階段を昇る。これで合計、ハンバーガー五つとポテト二つになるわけだから、いくらお金に余裕があるといっても手痛い出費に変わりなかった。


 テーブルに戻ると、水無瀬さんはちょうどハンバーガーの最後の一口を食べるところだった。それをぱくりと飲み込んでから、「それ、こっちにください」と珍しくふてぶてしく言った。俺は抱えていたハンバーガーたちを水無瀬さんのトレイにのせて、座った。


 水無瀬さんの手や口元は、ケチャップなどで汚れていたりはしなかった。水無瀬さんも佐竹さんと同じように物を上品に食べる人だった。


 水無瀬さんは特に嬉しそうでもなく無表情で、二個目のハンバーガーの包みを開く。そして無表情のまま、ハンバーガーにかじりつく。特に美味しそうにしたり幸せそうにしたりすることはなく、水無瀬さんはただただ口をもぐもぐ動かしていた。


 水無瀬さんはまるでそれが作業のように食事をする人だった。これではあまり奢りがいがないなとも思ったが、まあいい。水無瀬さんは無表情でも十分に美しいのだから。


 いっぱい食べる君が好き、とも言うし。


 ……好き?


 好きとは?

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俺が根暗美少女の心をこじ開けてみせる。 ニシマ アキト @hinadori11

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