第7話
結局あの朝の水無瀬さんの告白がどういう意味だったのか、俺の中ではまだ結論が出ていない。
だが、本当に言葉通りに額面通りに、俺への好意の表れとして告白したのではないことだけは確かだった。なぜならそれから一日、水無瀬さんは一切俺に話しかけてこなかったから。俺も、今朝古泉が水無瀬さんに『しつこくしないって』とか言ってしまったから、話しかけることができない。
好意でないのならば、ではあの告白はなんだったのか。
俺の中での一番有力な説は、今朝も水無瀬さんとの会話で言った通り、水無瀬さんが事態を丸く収めようとしたから。
多分水無瀬さんは、俺が自分のことを好いているのだと思ったのだろう。天野という男は自分のことを好いていて、それでしつこく話しかけてくるのだと思ったのだろう。それで、それを丸く収める方法として、自分から交際を申し出てしまえばいいと思ったのだろう。そうすれば俺が満足して、それで全部丸く収まると考えたのだろう。
これが今のところ一番有力な説。
そしてもうひとつは、水無瀬さんが昨日一日中考えた結果、ついに頭がおかしくなって、俺に告白するという暴挙もとい奇行に走ったという説。これに関しては俺のただの思い付きだ。
あとは、突発的に彼氏がほしくなって、それで最近話しかけてくる俺という男にとりあえず告白してみた、とか。これも思い付きだけど。いや、これはさすがにないか。
まぁなんにせよ、俺がいくら考えたところで結論は出ないだろう。
「もう完全に水無瀬さんとの国交が分断されちゃったみたいだな」
いつの間にか俺の前の席に座っていた古泉が、弁当を開きながら言った。
「お前のせいもあるんだけどな……」
「え、俺なんもしてないけど?」
本当に不思議そうな顔で俺を見る古泉。もっと自分の発言に責任を持ってほしい。
今も水無瀬さんは、カロリーメイトをかじりながら片手でスマホを操作している。一昨日までの水無瀬さんと全く同じ振る舞いだ。昨日休んだのは結局何が原因だったのか、それすらもまだわかっていない。
水無瀬さんに関して、わからないことが多すぎだった。
水無瀬さんはもう、俺とは金輪際二度と話さないつもりなんだろうか。こうして俺との関係性を有耶無耶にしたまま、曖昧なままで終わらせようとしているのだろうか。水無瀬さんが本当に俺のことを疎ましく思っているのなら、こういう終わり方が最も望ましいことなのかもしれないが、果たして水無瀬さんは本当にそう思っているのか。
それもわからない。
水無瀬さんが俺と関わりたくないのなら、俺に告白してきた理由に矛盾が生じる。もし俺が水無瀬さんの予想通りに水無瀬さんのことを好いていて、そして告白を受け入れて二人は付き合うことになったら、確かに事態は丸く収まるけれど、水無瀬さんはそれから彼女として俺の相手をしなければならなくなる。そうしたら、俺から離れたいはずの水無瀬さんの目的にはそぐわない結果となってしまう。
じゃあやっぱり、水無瀬さんは俺から離れたかったわけではないのか。
俺が考えたところで何もわからない。
そんなことを脳内でぐるぐると巡らせていると、突然、俺がぼーっと眺めていた水無瀬さんに動きがあった。
和泉がおもむろに水無瀬さんに近づいて行った。女子四人でくっつけていた机から立ち上がり、水無瀬さんの席へと近づいていく。
そして、水無瀬さんの肩をぽんぽんと二度叩き、それに水無瀬さんがびくっと肩を震わせて反応した。首だけ振り向いた水無瀬さんに対して、姿勢を低くした和泉が笑顔でなにやら話している。俺がその内容を聞き取ることはできなかった。
それから水無瀬さんは和泉の話に頷いてから立ち上がり、そして和泉と連れたって教室から出て行った。
どこへいくんだ。
「え……」
「なに、どした」
「いや、なんでもない……」
俺は本当に初めて和泉と水無瀬さんが会話している場面を見た。そして、水無瀬さんがクラスメイトとまともに会話している場面を見るのも初めてだった。
いやそんなことよりも、和泉は水無瀬さんを連れてどこへ行ったのだろう。わざわざ教室を出て、他の場所でやらなければならないことがあるのか。あるいは、教室ではできないようなことがあるのか。
今まで観察していた対象が突如として消え去ったので、俺は正面の古泉に視線を合わせた。だけど古泉なんて見ていても何も面白くないので、なんとなく時計に目をやった。だけど時計なんて古泉よりも面白くないとすぐに思い直して、結局水無瀬さんが出て行った教室の扉に目が行った。
いったいどこへ行ったのだろう。
「まあ、仕方ないだろ。水無瀬さんみたいな女子はさ、あんまり喋らないし自己表現も薄いから、何を考えているのかよくわからない。だから、ああいう女子は俺ら男子がいくら理解しようとしても徒労に過ぎないんだよ。女の考えていることなんて俺らにゃ到底わかるわけがない。な? そうだろ?」
ぼけーっと扉を見つめていたら、正面の古泉がごくりと米を飲み込んでから言った。
古泉は俺のことを慰めようとしているのだろうか。だとしたら全くの無意味だ。
「それはそうかもしれないけど、でも、やってみなくちゃわからないだろ」
「もうお前は十分やったよ。お前はもう十分水無瀬さんのことを理解しようと努力した。でも無理だった。水無瀬さんはやっぱり意味不明だった。そうだろ?」
「……俺はまだ諦めてない」
「諦めてないってさ、そもそもお前、どこを目指してんの?」
「どこって?」
「水無瀬さんに近づいて、そんでどうなりたいのかってことだよ」
「どうなるって……」
「友達になるだけでいいのか、それとも水無瀬さんと付き合いたいのか」
「それは…………まだ決めてない」
「はぁ? なんだよそれ。お前って割と頻繁に意味わかんないよな」
古泉はふっと呆れたような苦笑を漏らし、また弁当に視線を落とした。
古泉からしてみれば、俺の行動は意味不明らしい。
そして水無瀬さんの行動もほぼ意味不明だ。
思わぬところで、水無瀬さんとの共通点を見つけた。
……あまり嬉しくはない。
「まあお前がどう思ってるかはさておいたとしても、水無瀬さんに近づくのはやめたほうが良いと思うぞ。何考えてんのかわからない人間ってのはほとんど災害と同じだからな」
「災害って、なんだよ」
「そのまんまの意味だよ。何考えてんのかわからん奴は行動が全く予測できない。つまり何考えてんのかわからん奴と一緒にいたら、ずっと何が起こるのかわからないってことだ。思わぬところで思わぬことが起こるって現象が頻繁に起こる。それはもうほぼ災害と同じだろ?」
なにを考えているのかわからない人は災害と同じ。
俺は水無瀬さんの考えていることがよくわからないし、そして多分水無瀬さんも俺が考えていることがわからないだろう。
だとしたら水無瀬さんからした俺は災害で。
そして俺からした水無瀬さんも災害ということになる。
災害。
あまりセンスのない比喩だと思った。
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