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「おはよう、美希」
「マコちゃん、おはよっ」
((うざいなぁ、さっさと失せろよ天然ボケ女が))
うろたえて、後ずさりしそうになったところを真琴は必死に耐えた。
お蔭で表情にまで気が回らなかったので引きつったままだ。
「何? どうかしたの?」
ただならぬ真琴の様子に気づいてか、心配そうな顔を向ける美希。
真琴は何とか心を立て直し、ぎこちなさは残るものの笑顔で答えた。
「な、何でもないわ。気にしないで」
「ふ~ん。そう、よかった」
美希も満面の笑みを返した。
決定的だった。
真実は薫の言っていたとおりだった。
真琴に敵意を向けていたのは美希だったのだ。
その事実は真琴にとって大きなショックだった。
美希は高校でできた唯一の女子の友達だったから。
まだ半年も付き合ってはいないけど、由紀子と同じくらい好きだったのに。
クラスで一番、いやこの学校で一番美希に好かれていると思っていたのに。
それは、真琴の一方的な思い込みでしかなかったのだ。
何か嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。
それとも存在自体が気に食わないのだろうか。
いくら考えても思い当たるようなことはなかった。
美希のことで思い出すといったら、人懐っこい笑顔を向けてまとわりつく可愛らしい姿くらいだ。
それが、全て偽物だったなんて、にわかには信じられない。
ならば、自分の能力を否定できるのかというと、それはもっと不可能だ。
必ず何かあるはず。真琴を嫌いになった理由が。
薫はそれを知っている様子だったし。気づくべきだとまで言っていたのだから。
真琴はその日の内に何度か美希の心のコエを聞いてみたが、どれも自分を罵倒するようなものばかりで理由を聞くことはできなかった。
それにしても、由紀子の時といい、美希のことといい、真琴はつくづく身近にいる人の心をよくわかっていないと改めて自分が嫌になった。
だがしかし、それにもまして美希の演技がお見事だったのだと自分を納得させることにした。
はっきり言って演劇部に入っていないのがおしいぐらいだ。
観客としてみていたら思わず拍手を送っていたに違いない。
真琴にはおそらく、心のコエを聞くことができなかったら見破れなかっただろう。
真琴と同じ能力を持っていないにもかかわらず、気づくことができた薫は(由紀子も気づいてるらしいけど)、よっぽど観察力が鋭いだけだ。
普通は気づかない。
美希の心のコエは真琴に対するものばかりではなかった。
美希を慕って集まっていた生徒たちをも見下していた。
表面的には友達だと言っていたのに、心では美希に近づくもの皆、高柳グループの威光目当てだと決めつけて敵視していた。
しかし、美希の友達改め、美希に取り巻き連中だと思われている人たちはそのことに誰一人として気づいていなかった。
帰宅した真琴は由紀子に相談しようかとも考えたが、やめた。
薫の言っていたとおり、友達でいたいと思うなら真琴が自分の力だけで気づくべきなのだと思ったから。
(でも、何で猫をかぶってまで私と付き合ってるんだろう……)
取り巻きの連中と付き合っている理由はわかる。
あの人たちはいわゆる金持ちの令嬢や令息だ。
きっと親同士の付き合いもあるのだろう。
立場上、無下にできないということは想像できる。
しかし、真琴は違う。
どこにでもいるような平凡な家庭の、美希にしてみれば取るに足らないクラスメイトの一人に過ぎないはず。
なのになぜ?
嫌いな人の前で猫をかぶるのまでは理解できても、わざわざ関わろうとする理由がわからない。
断ち切ってしまえばそんなことをする必要はなくなるのに。
嫌いな人のことを考えてイラつくこともなくなるのに。
心と矛盾した行動を取って苦しむこともなくなるのに。
美希の心は勇壱を似ていた。
抱えている想いは真逆だけれど。
勇壱は真琴が好きなのに嫌いなふりをし、美希は真琴が嫌いなのに好きなふりをしている。
何が真実で、何が虚偽なのかさっぱりわからなくなってくる。
(でも、私だって美希のことを何も知らないわけじゃない)
美希が可愛らしい容姿に似合わず、陰で毒舌家と呼ばれているほど口が悪い一面を持っていることは知っていた。
ただ、その一面を真琴や由紀子に向けることはなかった。
本心がどちらなのかわかった今にして思うと、美希が本音を吐いた相手はいつも美希にとってどうでもいいと思われるような人たちばかりだった。
真琴が美希と友達になったきっかけの出来事(他人の噂話で盛り上がるクラスメイトたちを一喝したこと)もそうだったし。
ということは、外面が悪くて内面がいいという典型的な外弁慶だと結論付けられる。
(まあ、今さら美希の性格を分析したところで私を嫌ってる理由はわからないけど)
真琴は嫌われていても、どうでもいい人間だとは思われていないことがちょっとうれしかった。
どんな風に想われていても、真琴にとって美希はやっぱり大切な友達だから。
気づいてあげたい、美希の本当の心に。
もっと深く、深く心のコエが聞こえるようになりたいと、真琴はそう思わずにはいられなかった。
次の日、真琴は雑音の多い休み時間ではなく、辺りが静かになる授業中に美希の心のコエを探ろうとした。
しかし、頭痛が増すだけで、一向にコエが聞こえてこない。
集中すればするほどズキズキと頭が割れるような痛みに襲われる。
その時、真琴はある異変に気づいた。
なぜだろう。これだけ能力に神経を集中させているのに、美希だけでなく誰の心のコエも聞こえてこない。
まさか、能力が消えてなくなったのだろうか!?
ブツンッ!
(え……)
それはまるでテレビの電源を切るかのように、真琴の目の前が急に真っ暗になった。
『…………!!』
遠くで誰かを呼んでいるような声が聞こえる。
すると真琴は不意に自分の体が浮き上がるような感覚を覚える。
「おい! 真琴っ、大丈夫か!?」
今度は耳元ではっきりと声が聞こえた。
この声は、勇壱だ。
一つ感覚が戻ったからか、耳以外の感覚もちょっとずつ覚醒する。
(ああ、そうか。私は浮いているんじゃなくて、勇壱に抱き抱えられてるんだ……)
朦朧とする意識の中で美希と目があった。
何もかもぼやけて見えているのに、美希の表情だけは、なぜかはっきりと見えた。
苦虫を噛み潰したような美希の表情を見て、真琴は薫の言っていたことがやっと理解できた。
心のコエは聞こえなかったのに、わかってしまった。
美希は勇壱が好きなんだ……。
それだけじゃない。たぶん、勇壱が真琴に惚れていることにも感づいているように思えた。
(そりゃ、嫌われるわけね……)
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