幼馴染の力というやつね!!

桜松カエデ

幼馴染の力というやつね!

 アルドたちは旅の疲れをいやすためラトルの居酒屋に入ると、机に向かっている男を視界の端に捉えた。

 初めは気にしてもいなかったが、その男は泣きじゃくっていて、しかも机の上に散らばる数十枚の用紙に何かを必死に書いていた。

「泣きながら何をしているんだ?」

 不思議に思ったアルドが声をかけると、男は涙で濡れた顔を上げて。

「うぐっ、ひくっ、ひくっ……ああ、えっと……手紙を書いているんですよ」

「こんなにたくさん!? 一体何通あるんだ」

「全部で四十通です。全て幼馴染のバイチャという女性に宛てて書いているんですが」

 男はそこでぐいっと袖で涙をふいて、わきにどけていた大量の手紙を一瞥した。

 よく見ると、そのどれもが相手へ送られることなく書き手に戻ってきた手紙だった。

「どうやら、訳ありのようでござるな」

 アルドの後ろからひょっこり姿を現したサイラスが、神妙な面持ちをする。

 途端に男の顔は真っ蒼になり、席から飛び上がってべったりと壁に背中をつけてサイラスから離れた。

「モ、モンスター! モンスターが! しゃべしゃべ、しゃべってる!!」

「はっはっは、まあサイラスの見た目は仕方ないけどな」

「そんなに驚かれるとは心外でござるな」

 アルドが笑うと、サイラスがそっぽを向く。

「ところで君の名前は、えーっと」

 仕切り直してアルドが尋ねる。

「コーン、と言います」

 コーンはおびえながらもアルドの質問に答えた。

「サイラスは見た目こそ人間と違うけど、俺たちの仲間だから心配いらないぞ」

 そうはいっても信じられないといった顔をするコーンは、アルドとサイラスを交互に見やる。

 それから数秒して、サイラスが何もしてこないのをみると。

「そ、そうでしたか。バイチャと同じなんですね。モンスターと親しいなんてすごいです。僕はモンスターが大の苦手で……」

「好きな奴なんて、そうそういないだろうよ」

 大きく息を吐いたコーンは倒した椅子を元に戻して腰かけた。

「それで、なんでこんなに手紙を書いているんだ?」

 アルドとサイラスも椅子に座り、机の上に置かれている手紙に目を向けた。

「告白のためではなさそうでござるな」

 サイラスの声に肩をびくりと上げるコーンは、ゆっくりと話し始めた。

「バイチャはアルドさんと同じようにモンスターと一緒に行動ができる子で、よく街道町で遊んでいたんです。僕はその時からモンスターが怖くて……でもバイチャはそんなモンスターたちと仲良しだった。素直にすごいと思って学校のクラスのみんなに打ち明けたんですよ。バイチャはすごい奴でモンスターと遊べるって」

 そこで一区切りしたコーンは、こぶしを作って、あふれ出してきた涙をぬぐった。

「でもクラスのみんなは、バイチャのことを凄いとは思ってくれなかったんです。逆にクラスの輪から追い出してしまいました」

 人間にとってモンスターは恐れ、戦うべきもの。そんな相手と仲良くしているバイチャを、クラスのみんなは声に出さなかったものの恐れて、嫌悪してしまっていたという。

「そっか、バイチャって子は仲間外れにされたのか」

「はい。学校を卒業してからバイチャの姿はどこにもありませんでしたが、一年ほど前、旅をしていることを知ったんです。あの時のことを謝るチャンスだと思って……それで手紙を書いてはいるんですが」

「冒険者のように転々としていそうな人だったら、一か所にはとどまっていないだろうな」

 アルドが眉根を寄せて言うと、「その通りなんです」とコーンががっくりと首を垂れる。

「そうでござるな。手紙が届くころには、次の場所へ行っているでござる。拙者たちも同じような生活ゆえ、ものすごくわかるでござる」

 サイラスは腕を組んでこくこくと首を縦に振る。

「あ、そうだ! アルドさんたちって世界を飛び回ってるんですよね!? だったらこの手紙をバイチャに届けてくれませんか?」

 サイラスの言葉でハッとしたコーンは、顔を輝かせて、数十枚の手紙をアルドの前に置いた。

「そりゃいいけど、これはさすがに多すぎるぞ」

「それじゃあ、一枚だったらどうですか? 僕が伝えたいことだけを書いた手紙を届けてもらえませんか?」

 身を乗り出したコーンがググっと顔を近づけてくると、アルドは身をのけぞらせた。

「うーん。自分で渡しに行ったらどうなんだ? そっちのほうがバイチャも喜ぶと思うぞ」

「う……それはそうですが」

「どうした?」

「さっきも言った通り、僕はモンスターが苦手で学校の野外授業ででしか戦ったことがないんです。だからお願いします! 見つけたらでいいですので」

「アルド殿。ここは請け負ってみてはどうでござろう? 拙者もそのバイチャという御仁が気になっているでござる。モンスターと一緒に旅をする……中々出来ることではござらん」

「そうだな。今までモンスターと一緒だった奴は見たことないし、俺もちょっと気になってきたぞ」

 サイラスの言葉を受けて、アルドはコーンの願いを聞き入れることにした。

「それでは手紙を届けてくれるのですね!」

「うん。届けるよ」

 アルドが承諾するとコーンはがっしりと手を握って、ぶんぶんと振ってきた。

「ありがとうございます、アルドさん。これでようやくバイチャに手紙が届きますよ! あ、必ず返事は聞いてきてくださいね」

「分かったわかった。でもさっきも言ったと思うけど、これ全部届けるのは無理だからな。一通だけ書いてくれよ」

「もちろんです、ちょっと新しい紙を取って来るから待っていてください!」

 コーンは一度、居酒屋を抜け出して、それから数枚の真っ白な用紙を手にして戻ってきた。

 それから席について数分間、何を書くかぶつぶつと一人でつぶやき、次にペンを執る。

「よし、今までのことはとにかくおいておいて、まずは謝ろう」

 コーンの筆がすさまじい勢いで走る。さっきまで泣いていたのが嘘のように真剣な顔つきだ。

 何度か書き直しがあった後、ようやく満足したといわんばかりの手紙が出来上がったらしく、コーンはそれをアルドに渡した。

「僕が今伝えたいことだけを書きました。本当はもっと書きたかったのですが、これをよろしくお願いしますね」

「確かに預かったよ。でもどこにいるんだろうな。旅をしているとなるとそう簡単には見つけられないぞ」

「そうでござるな。コーン殿はバイチャ殿がどこか行きそうなところに心当たりはあるでござるか?」

 コーンは顎に手を当ててしばらく考え込み、やがてゆっくりと口を開いた。

「モンスターが好きだから、やっぱり街とかにはいないんじゃないかなあ。あ、そういえば、話すことの出来るモンスターがいるから、そこに向かったって聞いたことがあります」

「え、話すことができるモンスターだって!?」

 そのおとぎ話のような発言にアルドの声がわずかにひっくり返った。

「はい。そこのカエ……サイラスさんみたいに」

「いま拙者のことをカエルって言おうとしたでござるな」

「わざとじゃないですよ! み、見た目的に……」

 サイラスはコーンがひいひいと怯える様子をみてがっくりと肩を落とした。

「まあそう落ち込むなってサイラス」

 アルドがサイラスの肩に手を置くと話を戻す。

「しっかし、そんな場所あったかなあ。モンスターが話すなんて聞いたことないぞ。その情報はどこから手に入れたんだ?」

「情報を提供したのは、私だね」

 答えたのはコーンではなく、たった今、居酒屋に入ってきた女性だった。

「向こうから一方的にだけど、こうして私の所には連絡が来るよ」

「えっと、君は?」

「私は、ミッキー。私とコーンとバイチャは幼馴染でね。まあでも私はだけは違う学校なのだけど」

 ミッキーはアルドに向けていた視線をコーンに移した。

「卒業したとたんに手紙が来るようになって、同時にコーンからもバイチャの行き先を知らないかって聞かれてたんだけど……まさかこんな風になってたなんてね」

 ミッキーはアルドたちの会話を一部始終聞いていたようだ。すごい剣幕でコーンに顔を近づけると、その胸ぐらをつかんだ。

「バイチャが何で卒業と同時に村を離れたのか知りたかったけど、そういうことだったのね。バイチャはいじめられていたからラトルを出て行った……その現況であるあんたに、バイチャの居場所を教えていたなんてね」

「違う! 誤解だ! 僕はバイチャを気にして……謝りたくて……」

 コーンは目に涙をためて必死に言葉を紡ごうとするが、ミッキーのすごみに気おされていて説明どころではなくなっていた。

「コーンは本当に反省しているみたいなんだ。この手紙の量を見ればわかるだろう?」

 コーンの代わりにアルドが口を開き、机の上に積まれている返送されてきた手紙を一瞥する。

 ミッキーが一枚手に取って、その内容に目を走らせた。

「この手紙の山は全部あんたが書いたの?」

「ああ。バイチャが一人になってしまった原因は僕だからね。今更かもしれないけど、謝りたいんだ」

「……そうだったのね。だから私にバイチャの行きそうな場所を聞いてたのね」

 コーンの気持ちが伝わったのかミッキーの声音がわずかに静まって、コーンをつかんでいる手をゆっくりと離した。

「ミッキーは行き先を知っているのか? さっきバイチャから手紙が来るって言っていたけど」

 ミッキーはポケットに手を入れて、くしゃくしゃの黄ばんだ紙を取り出して広げた。そこにはなんとか読める文字で、バイチャの旅程が少しばかり書かれている。

「えっと、『今月の半ばには、ナダラ火山にいます。それから前に言っていた、モンスターが話す国に行く予定です。街には行かないから、お土産とかは期待しないでね!』って書いてあるな」

 文字に目を通してアルドが読み上げた。

「ナダラ火山ならすぐそこでござる。アルド殿、さっそく行ってみるでござる」

「そうだな。また別のところへ行かれたら足取り追うのが難しくなるな」

「今から行ってくれるんですか! それじゃお願いします。どうかこの手紙を届けてください」

 コーンの熱い瞳にアルドとサイラスはうなずいた。


 天気はこの上なく良いいが、火口から流れてくる風のおかげで汗が止まらない。

「ナダラ火山と一口に言っても、かなり広いからなあ」

 山のふもとから上を見上げてアルドはぽつりとつぶやいた。

「話すことができるモンスターの国、ってのがナダラ火山の近くにあったりするのかな」

「聞いたこともないでござるな。もしそうならラトルの村でも話題になっていそうでござる」

「そうだよな」

「であれば、この付近ではなくどこか遠くの場所でござろうな。もしそこへバイチャ殿が行くということであれば、一度下山して街に戻る必要があるでござる」

「街へ戻る必要があるということは、火口付近で待機していればいずれは会えるってことか」

アルドはそこまで言ってから、即座に首を横に振って自分の考えを頭から追い出した。

 あの手紙には街へは行かないと書かれていたし、ナダラ火山に登るときも村には姿を見せていないはずだ。

「地上を通らないで火山に登ったとなると……もしかして」

「アルド殿、どうしたでござるか?」

「バイチャの移動方法に関しての仮定の話なんだけどさ」

 サイラスに耳打ちすると。

「もしそれが本当なら、とんでもなく足取り追うのが難しいでござるよ!」

 アルドも自分の可能性が正しいとは思っていない。いくらモンスターと仲が良くても、想定していることは難しいはずだ。

「しかし、アルド殿の仮定は否定できないでござる。はやく探しに行くでござる」

 サイラスが一目散に駆け出し、続いてアルドも追いかける。

 山を駆け回ってから一時間、急な坂を登っていると、女性が鳥型のモンスターの足元で呻き声を上げて倒れていた。

「アルド殿!」

 サイラスはそこから先は何も言わなかったが、アルドにはちゃんと意思が伝わっていた。

 一瞬の判断。瞬時の連携。冒険者として培ってきた信頼と無言の意思疎通が二人を動かす。

 アルドとサイラスは自身の獲物を握り、挟み込むような軌道でモンスターに迫る。

「はああ!」

アルドが短い息とともに剣を走らせ、それに呼応するかのようにサイラスもまた切りかかった。たが、その攻撃を糸もたやすくモンスターは回避して見せる。

「このモンスター戦闘に慣れてるな」

「と言うか人間に慣れているでござる。敵意もなければ逃げるそぶりも見せないとは、いったいどういうモンスターでござるか」

 女性とモンスターの間に位置どった二人は、初撃の感想を口にする。

 じりじりと距離を詰めて気を伺っていると、後ろで倒れていた女性が起き上がった。

「あんた達、私の相棒に何してるの!」

 女性は腰から短剣を引き抜くと、牙を剥き出しにしてアルド達に切っ先を向けた。

「は? 相棒? そのモンスターに襲われていたんじゃないのか?」

 アルドがサイラスに視線を移すと、サイラスも首を縦に振った。

「拙者もそのように見えたでござるが……」

「何言ってるのさ。私の愛おしい、愛おしい相棒は敵に襲われないように見張ってくれていたんだよ」

 一瞬の間が開き、モンスターがじっとしているのを確認した二人は剣を納める。

「そ、そうだったのか。でもぐったりとして倒れていたのは、どうしてなんだよ」

「ちょっと足をくじいてね、休憩している間にうたた寝してしまってたんだ」

 よく見ると女性の足首には白い布が巻かれていた。

「そういうことだったのか。それにしてもモンスターと一緒なんて、変わってる……あっ!」

 アルドははっとして何かに気が付いた顔をすると、サイラスも合点が行ったように口を開いた。

「もしかして、おぬしがバイチャ殿でござるか?」

「なっ、なんで私の名前を知ってるの!?」

 ぎょっとしたバイチャは一歩下がって不穏なまなざしをアルドたちに向ける。

「コーンから聞いたんだ」

「コーンが?」

 アルドが幼馴染の名前をだすと、バイチャは警戒の色を薄くした。そしてコーンから預かった手紙を取り出してバイチャに渡す。

 アルドが固唾をのんでバイチャの反応をうかがっていると、わずかに緊張しているのが隣のサイラスにも伝わったらしい。

「アルド殿。コーン殿の思いは伝わっているか、心配になってきたでござる」

 小声でそう言ってくる。

「持ってきているのは一通のみだからな。確かに不安だ」

 あれだけの手紙の山を見ればコーンの謝罪の気持ちも伝わったかもしれない。

 けれどアルドが渡したのは一通のみだ。

 数があれば気持ちが伝わるというものでもないと思うが、それでもやはり不安が付きまとう。

「まったく、こんな手紙を書くなんて、コーンは幼馴染の力を甘く見ているようね」

 手紙を読み終えたバイチャが視線をあげると、どこかおかしそうに微笑んだ。

「幼馴染の力?」

「そんなものがあるのでござるか?」

 アルドとサイラスは首を傾けると、不思議そうな視線をバイチャに送る。

「幼馴染の力ってのは、まあ、よく見てるから、あいつのことは何でもお見通しってことよ」

 わずかに照れたバイチャは、自分のモンスターをなでながら遠い目をする。

「コーンはとても臆病で、でも優しい奴よ。自分が苦手なモンスターと私が仲良くしているからってクラスのみんなに言ってしまったのよ」

「その頃から私はモンスターと一緒にいることが多かったから、人間の友達がいないと思っていたのかもね。でもコーンの行動は逆効果だった……手紙を見なくてもすでに分かっていたわよ」

「まことにござるか!?」

「ええ。モンスターを受け入れる人間なんてそういないでしょ? クラスのみんなもそうだって子供ながらに察していたわ」

「卒業式の次の日にはすでに旅立ったと聞いたのでござるが、コーン殿とだけでも仲良くはしようとしなかったのでござるか? きっと理解してくれたと思うのでござるが」

 勢いを増すサイラスの質問に、しかしバイチャは肩をすくめて。

「だって、私があいつと仲良くなんてしたら、コーンも集団から外されるわよ。仲間外れにされる対象が二人に増えるだけなの」

「だから君はずっと……」

「卒業後もクラスの殆どはラトルに残っちゃうから、私がいるとさ」

 バイチャはそこから先は察してくれと視線で訴えてきて、口を閉ざした。

「バイチャ殿は、帰るつもりはないのでござるか? 今なら他のクラスのみんなも分かってくれると思うのでござるが」

「無理だと思うわね。さっきも言ったけど、モンスターに理解のある人間が圧倒的に少ないのよ。村の人たちの反応は簡単に想像できるわ」

 バイチャは、そんなこと他の国でも経験したし……。と苦虫を嚙み潰したような顔をした。

「コーンは戻ってきてほしいって思ってるだろうし、一体どうしたらいいんだ」

「そういえば、アルドたちは冒険者なのよね?」

 不意に尋ねられてアルドとサイラスは同時に首を縦に振った。

 すると、バイチャが目を輝かせながら地図をとりだし、地面に広げる。

「じつはこの世界のどこかに、モンスターが話す、って国があるらしいのよ。その場所を知りたいの!」

 そういえばミッキー宛の手紙に書いてあることをアルドたちは思い出したが。

「モンスターが話す国……聞いたことないでござるな。仮に知性があるとしたら、人間では太刀打ちできない脅威になる可能性があるでござる」

 サイラスの言うことはもっともだと、アルドもうなずいた。

「バイチャはそれを知ってどうしたいんだ? さらにモンスターと仲良くなりたいとか?」

「えっと……そうね。村の人たちに教えて上げられたらいいなって思ってるわ」

 モンスターを受け入れる。そんなことができたら素晴らしいが途方もない道なりだろう。しかしバイチャはその一歩だと確信しているようだ。

「なるほどな。ところでバイチャはどこからそんな情報を得たんだよ」

「えっと……居酒屋で聞いただけなの……その人も酔っていて詳しい事は聞けなかったわ。話し自体支離滅裂だったし、詳しいことは分からないのよね」

 わずかにしょんぼりとするバイチャ。

「ほかにどんな国か言っていなかったでござるか? そんなに珍妙な国ならば特徴があるはずでござる」

「そうだな。例えば現地の人の服装とか、他にも建物の特徴は聞かなかったか?」

 じいっと考え込んで視線を落としたバイチャは、ふとサイラスに視線を移すと「あっ」と声を上げる。

「な、何でござるか? 拙者の顔に何かついているでござるか?」

 ペタペタと自分の顔を触るサイラスに、バイチャはくすりと笑うと首を横に振った。

「モンスターは話すけれど共存はしてないって言ってたわね。なんでも悪さをするのだとか……あと東風な建物で珍しいものがたくさんあるって」

 そこまで聞いたアルドは合点がいったとばかりに声を上げた。

「ガルレア大陸のことじゃないかそれ!」

「アルド殿、おそらくその推測はあたっているでござる」

 二人から飛び出した言葉にバイチャが目を爛々と輝かせて身を乗り出してきた。

「ガルレア大陸ってモンスターと話ができるところだったのね! そんな夢みたいなところがあったなんて!」

「いや、でもあそこにいるのは妖魔って言って、魔獣とかオーガ族みたいな部類だよな」

 アルドは同意を求めるようにサイラスに視線を送ると、サイラスも首を縦に振った。

「バイチャ殿と仲良くしている野生のモンスターとはまた違った存在でござる」

 アルドとサイラスがそれから詳しくガルレア大陸のことを話すと、バイチャの体から明らかに活気が失われていくのが分かった。

「そういうことだったのね……でも不思議な術、道術があるなら、それでモンスターと話すことができるかもしれないわね!」

 地図にガルレア大陸の行き方を書き込み、バイチャはそそくさと荷物をまとめ始めた。

「すごくポジティブ思考だな。感心するよ」

「もし心を通わせられたらコーンを怯えさせなくていいでしょ」

 さっきまでは村のみんなのためにと言っていたが、アルドとサイラスは今しがた聞いた言葉にバイチャの真意がすべて宿っているような気がした。

「さて、いくよ相棒! ガルレア大陸へ向けて出発! こんどこそモンスターとの対話を叶えるわよ」

 バイチャがまたがったモンスターは翼を一度羽ばたかせると、数メートル浮かび上がる。

「コーンによろしく伝えておいてね! 私はちゃんとあんたが安心できるような方法を見つけたら返ってくるから!」

 それだけ言うと、バイチャとその相棒はすさまじい速度で遠ざかっていき、やがて消えていった。

 あとに残されたアルドとサイラスは空を見上げたまま、口だけ動かす。

「行ってしまったな。予想通り、空を飛ぶなんてな……あれじゃあ手紙も届かないはずだ」

「そうでござるな。しかしガルレア大陸に行くとわかれば今度は追いやすいでござる。とにかく、コーン殿へ返事を届けに行くでござる」


 アルドとサイラスはナダラ火山を降りると、再びラトルへと戻ってきた。

 居酒屋に入ると、隅で黙々と手紙を書いているコーンのテーブルに近づき、適当な椅子に腰かけた。

「あ、アルドさん。どうしました? まさかもうバイチャに手紙を渡したなんて言いませんよね」

 コーンは、バイチャがいろんなところを飛び回っているから、易々と渡せるはずがないと思っているのだろう。

 アルドが「渡してきたぞ」と言うと、コーンは椅子を倒して勢い良く立ち上がった。

「ほんとですか!? 僕が何通も手紙を出しても届かなかったのに、アルドさんはたった一日で……」

「それでバイチャはなんて言っていたのよ」

 コーンの隣に座っていたミッキーが興味深そうに尋ねてくる。

「ああ、実は……コーンが考えていたことは全部お見通しだって言っていたぞ」

 仲間外れにされた理由も、それにコーンが関与しているであろうことも全てお見通し手であると伝える。

「げっ! ほんとですか! それでバイチャの反応は? やっぱり僕のことを恨んでいたんですか?」

「いや、そんなことはなかったぞ。むしろコーンと仲良くしたいと思うんだが」

「そんなはずないですよ……バイチャは僕のせいでみんなから仲間外れにされたんですから。彼女が全部を知っていても僕を恨んでいるはずです」

 呼吸が早くなるコーンは、胸のあたりをキュッとつかんだ。

「ちょっと落ち着きなさい」

 熱くなるコーンの肩にミッキーが手を置いてなだめる。

「まったく、バイチャのこととなると情緒不安定になるの何とかしなさいよ」

「うう……、そうだね。でもすごく心配で、手紙がやっと届いてもアルドさんたちからの報告を聞くとなんか、僕の気持ちがうまく伝わっていないというか」

「だったら、直接言いに行きなさいよ!」

「でも僕はラトルから外に出たことが……それにモンスターも苦手で」

「だから手紙で済まそうってわけ? せっかくアルドたちがいるんだから、モンスターの一体や二体、倒してきなさいよ」

 ミッキーが、戸惑うコーンの背中をバシッと叩くと、さらに続けた。

「バイチャは外にいるんでしょ、だったら、昔とは違うんだって見せつけないと。あんたが外に出る番よ」

「そう、だね! 仲間外れだったバイチャを僕は集団の中から見ることしかできずに、今もこうして手紙だけを送り続けて……自分は何も動いていないんだね」

 ぐっとこぶしを握ったコーンは席を立ち、両手を机の上に乗せると身を乗り出してくる。

「アルドさん! 僕に戦い方を教えてください!」

 その切り替えの速さに、アルドは口をあんぐりと空けてしまう。

「ええ! 戦い方って……バイチャは旅にも慣れているようだったけど、コーンは経験ないんだろ」

 だからアルドたちが手紙を届けることになったのだ。

 けれど、コーンの決意を目の当たりにしたアルドは、しばらく考え込むと。

「初めての戦闘は俺とサイラスのサポート、それから弱いモンスターをコーンがメインで倒していく、っていうのはどうだ? さすがに一日で身に着けられるものじゃないけどな」

「連携をするとなるとなれるので一週間、メインで動くとなるとさらに一週間はかかるでござる。もちろん、これは慣れている人間とした場合でござるが」

 サイラスが補足をするも、その内容に怯えずコーンは首を横に振った。

「それでも大丈夫です! バイチャに直接会えるチャンスが来たんですから!」

「そこまでコーン殿が言うのでござれば、拙者は協力を惜しまないでござるよ。ともに頑張るでござる」

「サイラスさん、本当にいい人? なんですね。怖がってしまってごめんなさい」

「気にすることはないでござる」

 サイラスが承諾をするとコーンと握手を交わす。

「サイラス、やけに張り切っているな」

 サイラスは両腕を組み、それからしんみりとした口調で口を開く。

「拙者としては他の種族との交流を試みている者や、それを理解するものを放っておけないでござるよ」

「よかったわね、コーン。ちゃんと修行してくるのよ」

 ミッキーに背中を叩かれたコーンは、サイラスと共に居酒屋を飛び出していった。

「コーンのことは任せていいよ。きっと今よりも強くなって戻ってくるさ」

 アルドが言うと、ミッキーはおかしそうに笑った。

「心配してないわ。二人とも雰囲気が村の人と違うもの。ちゃんとバイチャと合わせられたらそれでいいのよ」

「そっか。ミッキーは優しいんだな。ちゃんとコーンの償いを認めているし、背中までおしてるんだからさ」 

「そうね……幼馴染の力で私は二人のことを知っているから。少しは協力してあげたいのよ」

「(また幼馴染の力か……きっと俺とフィーネの間にある絆みたいなものなのかな)」

 アルドがそんなことを考えていると、ふとミッキーがつぶやいた。

「早く、くっつけばいいのに」

「え、今なんて……」

「なんでもないわよ。ほら、早くいかないと遅れるわよ」

 ミッキーから促されて、アルドは半ば強引に居酒屋から追い出された。


 火山の入り口でアルドはサイラスとコーンと合流する。

 居酒屋を出るときは丸腰だったはずのコーンの手には初心者用の剣が握られていた。

「その剣は?」

「これは家にあったものです。親が時々村の外に出るので、その時に使っているものを拝借してきました」

 剣を抜いて振るう姿は初心者そのものだったが、コーンたちのクラスは野外授業で一通りの戦い方を学ぶらしく、完全な素人というわけでもなかった。

「頂上付近よりも、この辺りのモンスターの方がレベル低いし。ここで探した方がいいな」

 アルドが視線を周囲に向けると、ちょうどモンスターが近ずいて来ていた。

どうやらモンスター側もアルド達に気がついたのか、雄たけびを発した後に一目散にかけてくる。

「おいでなすったでござる。コーン殿、まずは拙者とアルド殿が相手の動きを止めるでござる。その後にとどめを!」

「ああ、やってみるよ!」

 そういったコーンだが、モンスターが苦手なのは一目瞭然だった。

 剣を握る手は震えているし、足は動けそうにないほどガチガチになっているのだ。

 けれどこれを乗り越えないと次に進めないと悟った覚悟で、コーンは一歩足を前に出す。

 それを見てアルドとサイラスが共に地を蹴る。

 モンスターの一撃が先頭のアルドに振りかざされるが、その瞬間、二人は敵の側面に回り込んだ。

 すかさず、二つの刃がモンスターの右足と左腕を断ち切り、行動不能にする。

「コーン殿! 今でござる!」

 サイラスの声と共に、瀕死の敵に、コーンが剣を走らせる。

 鈍い音と共にモンスターの悲鳴が響くと、コーンはさらに剣を突き刺して止めの一撃加える。

 もがいていたモンスターがやがて動かなくなると、コーンは安堵の息をついた。

「た、倒した……久々に凄く緊張したあ」

「中々の腕じゃないか。モンスターが苦手だって言ってたけど、これなら教えることもなさそうだけどな」

「いやあ、でもまだまだですよ。学生の頃はバイチャに頼っていたし、今だってアルドさん達が敵を動かなくしたからとどめをさせたんです」

 顔を引きつらせるコーンは剣をおさめながら言った。

「なるほど、でも今日の目標は少しきつくないか?」

 サイラスに視線を送るが、サイラスは肩をすくめるだけだ。

「まったく問題ありませんよ! 今日は僕がメインで戦うところまで持っていくと言うことなので次にいきましょう!」

 そう、最終的にはコーンが戦闘の指示を行い、メインで戦闘をすることを目標としているのだ。

「ははっ、逆に俺たちよりも頼もしいな」

 しかし付近にモンスターは見当たらず、一行は山を登り始めた。

 そしてアルド達がバイチャと出会った場所まで来ると、ここに彼女がいたことを伝える。

「さっきまでここに彼女がいたんですね。直接謝りたかったんですが」

「コーン殿、落ち込んでいる暇はないでござる。会うために今こうして修行をしているのでござろう?」

「そうですよね。彼女のことになるとつい感傷的になってしまって……さっきミッキーに言われたばかりなのに、悪い癖ですね」

「ほんとにコーンはバイチャが好きなんだな」

 アルドがしみじみと言った感じで発すると、コーンの顔が引きつる。

「す、好きって。僕がバイチャをですか! な、なんでそのことを」

 おろおろと視線を動かすコーンにアルドは苦笑いしてしまった。

「(いやあ、側から見ても分かると思うんだけどなあ)」

「とにかく、まだ倒したのは一体ですから、さっそく次に行きましょう」

 足早に歩きだすコーンのあとを追って、アルドたちは次の標的を探しにいく。

 ナダラ火山の中腹までたどり着くころには数対のモンスターを倒し、コーンはサポートとして申し分ない働きをしていた。

 それから四日。

 初めは三人で一匹のモンスターを倒していたが、途中から二人で戦闘を行っても問題はなかった。

「かなり筋がいいんじゃないか。このぶんなら、次はコーンがメインでやってみるか」

「でござるな。拙者、一週間はかかると思っていたのでござるが……予想よりも上達が早いでござる」

 アルドとサイラスの意見が一致すると、肝心のコーンは少しばかり眉根を寄せて、一度開いた口を閉じたが、すぐに大きくうなずいた。

「やってみます! 早く、バイチャに会いたいですし、以前の僕とは違うところも見せたいので」

 数日前とは比べ物にならないほどの熱意を携えたコーンに、アルドは思わず笑いだしてしまった。

「なんだかコーンを見ていると、自分を見ているような感じだな」

「僕がアルドさんと似ているってことですか?」

「誰かを助けたくて、そのためならどんな困難にでも立ち向かうって気持ちが凄く伝わってきてさ」

 アルドが腕を組んで、フィーネのために長い冒険をしてきたことを思い出す。

「俺もできたんだから、きっとコーンも上手くいく。俺が保証するよ」

「はい! ありがとうございます! よーし、それじゃあ次のモンスターは僕がメインで討伐しますね」

 意気込むコーンを先頭に、アルドたちはナダラ火山の中腹よりも少し進んだ場所に歩をすすめた。

 当初は火山の入り口付近で訓練する予定だったが、意外にもコーンの呑み込みがよく、中腹当たりのモンスターでは相手になっていない。

「しかしコーンはモンスターの動きがよく見れているんだな」

「じつはバイチャがモンスターと遊んでいたのを陰で見ていたので、動きのパターンみたいなものを覚えているんです。あとは爪や牙を持ったモンスターの特徴とか、弱点なんかも分かりますね」

 知識だけはその辺の冒険者に劣ってはいないかもしれないと、アルドとサイラスは感心してしまう。

 コーンの上達の秘密が判明した、ちょうどその時、炎を吐く四足歩行のモンスターが目の前に立ちふさがった。

「こりゃ、中々手ごわい相手だぞ」

「でもアルドさん、これくらいのモンスターは倒さないと、バイチャには追い付けないような気がするんです。彼女はもう数年旅をしていていろんな経験を持っているはずですから」

 アルドがバイチャと会ったとき、彼女の身のこなしは普通の村人と違ったのは間違いない。

 それに、そばにいたモンスターも人間慣れしていて戦いなれている雰囲気を醸し出していた。あの二人が協力すればその辺のモンスターでも易々と倒せるだろう。

「分かった。指示出しは任せたぞ。コーンがメインで動くんだ」

「モンスターにも慣れてきたようでござるな。そしたら止めも刺すでござるよ、コーン殿」

 アルドとサイラスが剣を引き剝く。コーンもそれに続いて獲物を握ると二人よりも一歩前に出て敵を視界に入れる。

「あたりは岩場で大きく動けそうもないし、おそらく敵には同じ攻撃パターンが二度も通用しない……いや、そこを突けばいいのか」

 コーンが頭の中を整理している間に、モンスターは雄たけびを上げて向かってきた。

「アルドさん、サイラスさん。僕が正面からぶつかるのでその隙に左右に分かれてください!」

「しょ、正面だって! いや、いくらなんでもそれは」

「アルド殿! いまはコーン殿を信じるでござるよ」

 言葉を遮られたアルドは、一瞬だけ戸惑った表情を作ったが。

「分かった。それじゃ俺は右で、サイラスは左だな」

 モンスターが突っ込んでくると、大きく跳躍して鋭い爪を振りかぶってきた。

 そしてアルドとサイラスが左右に分かれ、コーンが一撃を受け止める。

 ギイインッ!

 耳をつんざく音が周囲に響き、直後、コーンが大声で二人に指示を飛ばす。

「お二人とも……今です! 挟み撃ちにしてください」

 その合図でアルドとサイラスが全力で切りかかった。

 しかしコーンがわずかに開けた間をモンスターは見逃さない。大きく飛び退るとアルドとサイラスの刃から逃れる。

 けれど三人の連携はそこで終わらない。

「はあああっ!」

 いつの間にかモンスターの背後を取っていたコーンが、切っ先を向けて突撃していた。

 安直な攻撃だがわずかに不意を突くことに成功していた。

 刃が敵の頭部をかすめて、コーンはその勢いのあまり地面に転がってしまうも、すぐに立ち上がる。

「くそ、もう少しだったのに!」

 コーンがグイッと服の袖で顔の土をぬぐい、再び剣を構えた。

「少しタイミングが遅かったか」

「もう一息でござるな」

「ありがとうございます。つぎは外しません」

 コーンが意気込むと同時に、敵が再び襲ってくる。

「次来るぞ!」

 走ってくるモンスターを目視してアルドが叫ぶ。

「どうするでござるかコーン殿! もう一度さっきと同じ方法で行くでござるか?」

 サイラスが一歩足を引いて、どんな動きでも対応して見せる格好を取った。

「いやでも見切られている可能性があるぞ」

 アルドが一抹の不安を口にする。

 コーンは迫ってくる敵を見て、即座に答えた。

「さっきの連携で行きます! お二人は同じ感じで動いてください。僕は……少しだけやり方を変えます」

 何か策があるらしいコーンは、僕を信じてくださいと瞳で訴えかけてくる。

「分かった。それじゃあ任せたぞ!」

 アルドとサイラスが再び左右に分かれ、モンスターを二方向からとらえる。だが、さっきと同じ動き。敵の視線が明らかにアルドとサイラスをとらえているのが分かった。

 再生されるかのような動き。

 コーンがモンスターの一撃を受け止め、足腰に力を入れて押し返す。アルドとサイラスが腕を振り上げ、モンスターの脇腹へと迫った。

「(また避けられる!)」

 アルドが脳内でことの顛末を予想すると、その通りになった。

 モンスターはひらりと二人の攻撃をかわすと、残るもう一撃に備えるために後ろを振り返る。

 しかし、コーンの姿はなかった。

「そんな所にいるものか!」

 コーンの声が聞こえてきたのは、敵の頭上からだった。

 落下の速度を利用して、コーンは深々と剣を敵の背中に突き刺し、さらに力を加えて押し込んだ。

「やったでござる!」

 思わずサイラスが、ガッツポーズを作り、アルドも「よしっ」と声を漏らす。

 敵は背に乗ったコーンを振り払おうと、数秒間だけもがいていたが、やがて動かなくなった。

「や、やった! 倒したぞ! どうでしたかアルドさん、サイラスさん」

 肩で息をしながら満面の笑みを浮かべるコーンは、その場に尻をついた。

 駆け寄ってきたアルドとサイラスは彼の背中を叩いた。

「よくやったぞ! まさか最後は上からくるなんてな。俺も想像出来なかったよ」

「モンスターにある僅かばかりの知性を活かしたのでござるな?」

 サイラスの推測に、コーンは肯定する。

「一度、間違った動きを敵に認識させて、次で正しい動きで襲うんです」

 獲物を狩る動物は、頭がいい。けれどそれは単純な動きに対してであり、いくつも危険を把握できるほどではない。

 一度見せた動きを再現することで、相手は未来を想像していたに違いない。

「アルドさん、さっそく僕をバイチャの所に連れて行ってください。えっと、ガルレア大陸でしたっけ?」

大物を倒したことで、コーンのなかに、今まで無かったモンスターに対しての自信が芽生えていた。

「ああ。バイチャが次に行くって言っていたところだな。でも少し休んだほうがいいぞ。連戦じゃないか」

「そんなわけにはいきません。ミッキーの手紙に書いてあった通り、本当にモンスターと話せる場所があったなんて。村のみんなにも教えたいですね」

「まあその意気込みは買うでござるが……休憩がてら少しそのことについて話すでござるよ」

 アルドとサイラスは、バイチャが目的としていたモンスターが妖魔であることを伝え忘れていたことに気が付いて、ここで話すことにした。

「(これは出立前に言っていたほうがいいかもしれないな)」

 そう思いながらアルドはサイラスに目配せをすると、サイラスも首を縦に振って賛同する。

「あのな、コーン。ガルレア大陸にいるモンスターってのは……」

 アルドが一通り説明を終えると、コーンはぎょっとした顔を作って数秒間固まった。

 それからハッとして正気に戻ると。

「た、大変じゃないですか! は、早く助けに行かないと! こうしてのんびり話している暇じゃないですよ」

「落ち着くでござるバイチャ殿。出向の手続きはすぐにできるでござる。それよりも今日はひとまず疲れをいやすのが先でござるよ。そして心の準備も必要でござろう?」

 コーンはバイチャと再会できると改めて考えて、僅かに顔をこわばらせた。

「心の準備は確かに必要かも……緊張しすぎて、さっきまで動いていた手足が妙にぎこちない感覚ですよ」

「戦闘時にそんな症状が出ては、せっかくの修行も台無しでござる。明日の朝、出発するとして、体調を整えておくのも必要でござるよ」

 最後の一押しと言わんばかりのサイラスの言葉にコーンは、うなずいた。

 

 翌朝、昨日サイラスが注意したのは良かったのだが、コーンはそれを意識しすぎて逆に寝不足になっていた。

 アルドとサイラスがすでに予約してある船に乗り込んだ時には大あくびをしていて、舟をこぎ始めていた。

「さすがに寝ておかないと体がもたないぞ。ガルレア大陸につくまでは数時間かかるし、ついたら起こすからさ」

「ふわあぁ。そうですね、昨晩は頭がさえてしまって。なんせバイチャに会うとなると、昔のことも思い出して……それでもこうして成長できた自分を見てほしいって勝手な気持ちでいっぱいになって」

 言葉が止まらないコーンの背中をアルドが軽くたたく。

「気になるのは分かるよ。会いたい相手が自分の知らないところでどんな風に変わっているのか、少し怖いもんな。でも、俺たちがあったバイチャは、少なくともコーンのことを嫌っていなかったぞ」

「むしろコーン殿のことを思って旅をしている気すらしたでござるな。というか、何もかも知っているのに、全く怒っていなかったでござる」

 サイラスもアルドに続いて、以前バイチャにあった時の印象をくちにする。

 コーンの手紙を読んだバイチャは微笑んでいた。全てを知りながらもコーンのことを悪く思っていなかった。

「それを聞くと、いくらか気が楽になりました。ちょっと船室で横になってきます」

 コーンはよろよろとした足取りで船内に入っていく。

「こりゃ先が思いやられるな」

「コーン殿がバイチャ殿にあったら、歓喜のあまりに気絶しそうでござるな」

 サイラスの突拍子もない発言が、なぜかアルドには簡単に想像できてしまった。

 書いた手紙が書き手に送り返される日々、自分の思いが届かずにただ手紙を書くしかなかったコーン。けれどやっと願いが叶うのだ。

「会いたい人に会うためにずっと何かをし続けて、その努力が報われるんだ。これほどうれしいことはないよ」

「アルド殿が言うと一味違うでござるな。それにモンスターと心を通わせるバイチャ殿には感心するほかないし、コーン殿もまた彼女を理解しようとしている姿を見て、改めて応援したくなったでござる」

 ガルレア大陸に到着したのは、日も沈みかけたころだった。

 ぐっすりと眠っていたコーンは、かなり体調がよくなったようだが、緊張感だけは取れなかったらしく、下船してすぐにトイレに駆け込んでいた。

 コーンが戻ってくると、さっそく三人はイザナへと入国する。

「ここにバイチャがいるんですね。もうじっとしているのも我慢できませんよ」

 コーンは自身の故郷と違った建物や、東風の服装の人々に関心を寄せることはなかった。ただただ、バイチャに会えるのだという気持ちが先行しているようだ。

 アルドは走り出しそうになるコーンの肩に手を置いて、とりあえず落ち着くように促し、それから周囲を見渡した。

「まずは聞きこみからだな。結構広いけど、人は多いからすぐに見つかると思うぞ」

「そういえば、アルドさんたちは来たことあるんですよね? 僕に話をしてくれた時もやけに詳しかったですし」

「そうだな。何度かくるけど、それがどうした?」

「多分、バイチャは町にはいません。ですから聞き込みは無駄だと思うんですよ。むしろ、この大陸でモンスターが出そうなところを探したほうがいいのかなと思います」

 そう言われて、アルドは納得するしかなかった。

 モンスターと常に一緒にいたいのならば、なおさら街には来ないだろう。ラトルの時と一緒だ。

「しかし、そうなると、とことん詳細はつかめないでござる」

「入国はここを通らないといけないし、やっぱり街の人たちに聞いてみようか。行商人だったらモンスターのいる道も通っているだろうしさ」

 アルドの提案にコーンはわずかに考えこんだが、やはりこの広い大地を足だけでしらみつぶしに探すのは無謀と考えたのだろう。

「分かりました。まずはバイチャが行きそうなところに目星をつけないといけませんね」

 方向が一致したところで、サイラスが口を開く。

「ガルレア大陸でも人々が集まるのは居酒屋と相場が決まっているでござる。そこなら長旅の行商人もいるはずでござる」

「まあそうだろうな。とりあえず行ってみるしかないか」

 何度か来たことのあるアルドとサイラスを先頭に居酒屋へと足を向けた。

 それから店内に入るとぐるりと周囲を見渡す。

「あの男はどうでござるか? まわりの者よりも荷物が一段と多くて長旅をしていそうでござる」

 サイラスが目にとめたのは、テーブル席に座っている青年だ。足元に大きなリュックを置いて、テーブルの上には地図を開いている。

 アルドとサイラスは青年から、モンスターを連れた少女を知らないか尋ねてみた。

 青年はナグシャムへ行く途中に、バイチャとよく似た風貌の女性と会ったそうで、初めはモンスターに襲われているのだと勘違いしていたそうだ。

 それから行き先がクンロン山脈であることを聞いたらしく、アルドたちは辰の国ナグシャムへと移動する。

 

 ナグシャムに入国して、はじめに口火を切ったのはサイラスだった。

「まさかバイチャ殿は妖魔に会いに、妖魔殿へ行ったのでござろうか?」

「でも妖魔はモンスターとはまた別物だって教えたんだし、その可能性はないと思うんだけどな」

 アルドが首を横に振って否定して見せると、それからコーンが腕を組んで神妙な面持ちを作った。

「彼女はそれをわかっていて……でもここに来きたのは何故でしょう?」

「妖魔がモンスターの言語を知っているからかもしれないな」

 アルドが言うと、次にサイラスも自身の予測を口にする。

「もしくは、道術を学ぶためではござらんか? 妖魔の使う力を人間に応用することができれば、モンスターとの意思疎通も可能と考えたのかもしれないでござる」

 サイラスの仮設にはいくつか無理があるかもしれないが、今のところ、バイチャが来た理由としては最もらしいものだ。

 アルドとサイラスは、以前、道術を見せてもらったシャンシーに会うため福楽苑の入り口をくぐった。

「アンタ達、今日はどうしたアルか?」

 店の奥にいたシャンシーはリンリーと一緒にネコまんじゅうを作っている最中だった。

 シャンシーは一度手を止めて、尋ねてきたアルドたちの話を聞こうと店内の適当な椅子に腰かける。

 さっそくアルドはコーンを紹介し、それから今までの経緯をシャンシーに話した。

「モンスターを連れた少女アルか……そういった少女は見かけなかったけれど、つい先日、アルドが言った風貌の少女が尋ねてきたアル」

「ほんとですか! いったい何を目的にしてシャンシーさんの所へ来たんでしょうか!?」

「さっきアルドが話していた通り、道術についてアル。なんでもモンスターとの対話ができるかどうか試したいといっていたのでアル。さすがに止めたのでアルが……」

 バイチャはシャンシーから道術の基本だけを教えてもらうと、風のように立ち去って行ったらしい。

 それでモンスターとの対話が可能かといわれると、そうではないらしい。

「少女はどこかに行くとか言っていませんでしたか?」

「クンロン山脈に行くと言っていたアル。でも道術を教えたとき、彼女は確かに『やっぱり対話は無理なのね』ってつぶやいていたけど……」

 それでもバイチャには何か目的があってクンロン山脈に登ったに違いない。 アルドたちは、店を出ると、雪をかぶってそびえ立つクンロン山脈を見上げた。

「バイチャは一体、何をしているんでしょうか……モンスターと話すことなんてできないのは分かっているはずなのに」

「とにかく行ってみるしかないでござるよ。バイチャ殿が何をしていようと、コーン殿は言いたいことがあるのでござろう?」

 サイラスの言葉にコーンはわずかに俯いていた顔を上げ、強くうなずいた。

「サイラスさん、ありがとうございます! そうですよね、そのためにここまで来たんですから。二人とも、急ぎましょう」

 ぐっとこぶしを握ったコーンはクンロン山脈に向かって走り出した。


 晴天のクンロン山脈は、白銀の世界。三人は太陽光を反射する雪に目を細めて進んでいた。

「バイチャ! どこにいるんだ! 返事してくれ!」

 静寂な山の中でコーンが声を大にし、アルドとサイラスは周囲に目を向けるが、視界に映るのは白一色の形式だった。

 人が立っていようものならば、点となって表れてもおかしくはないのだが、影も形も見当たらない。

 クンロン山脈を歩き続けて二時間。アルドたち三人は頂上に来ていた。

 ここならば視界がよく、広範囲を見渡せるからだ。

「バイチャ!」

 一言大声で叫ぶと、声はこだまとなって帰ってくる。

 アルドたちは、跳ね返ってきたコーンの声以外に何か聞こえないかと耳を澄ませるが、しばらくしても応答がない。

「すでに去ってしまったのかもしれないでござるな」

 冒険者と同じように各地を飛び回っているバイチャを見つけるのはそう簡単なことじゃない。

 けれどコーンは首を横に振って力強く言い切った。

「ここにいます。どこかにいると思うんです。根拠はないんですが……」

「幼馴染の力ってやつか?」

「はい。バイチャの気配がします。懐かしい気配が」

 目を細めてあたりを凝視するコーンは、とある一転を見つめると、ハッとしたように顔つきになって走り出した。

「あ、コーン! 一体どうしたんだ!」

 アルドとサイラスがわずかに遅れてコーンを追う。

「バイチャがいました! あの岩の向こうです!」

 走りながらコーンが指さす方向には、大きな岩がいくつもあった。けれどその先は視認しずらい。しかし岩と岩の間から、確かに何かが動いている気配があった。

 そして、岩陰に近づいた瞬間、轟音と共に地面が揺れたかと思うと、白一色の体毛に覆われた大猿が飛び出してきた。

 大猿は握ったこぶしで岩を砕き、それを短剣で辛うじて受け止めたバイチャが姿を現す。

「このっ!」

 一撃をなんとかしのいだバイチャは雪の上に転がり、体勢を立て直そうとしたが、大猿はすでに拳を振り上げていた。

「バイチャ、危ない!!」

 コーンが考えるよりも早く体を動かして、バイチャに飛びつくと、無理やりその場から引き離す。

 直後、大猿の拳が地面に大きな穴を穿った。

 バイチャを抱いたまま転がったコーンは、かばっと雪から顔を上げると、そこにいた幼馴染を瞳に捉える。

「いてて、大丈夫かいバイチャ?」

 その声にバイチャもコーンの姿を認識して、僅かに目を見開いた。

「どうしてコーンがここにいるのよ!?」

「バイチャを追いかけてきたんだよ、アルドさんたちと一緒に」

 そう言われてバイチャがアルドとサイラスをみると、どこか納得したような顔になった。

「あの時のこと、バイチャに一言謝りたいんだ。だから……」

 とコーンがみなまで言う前に、バイチャが手を突き出して遮った。

「言いたいことは分かってるわ。でもまずは、あいつを倒すために手伝ってちょうだい」

 大猿の方へと目を向けたバイチャが獲物を握りしめ、コーンもすぐに剣を引き抜いた。

 アルドとサイラスも加勢するため、二人の横に並び敵を見据える。

「相棒のモンスターはどうしたでござるか?」

「あいつに酷くやられていて、遠くに避難させてるわ。くっ、こんな寒い場所じゃんなきゃ、もっと動けたのに」

 バイチャが苦虫をかんだような顔をする。

「それで残ったバイチャを大猿は標的に捉えているわけだ」

「でも運がよかったわ。アルドたちが来てくれたおかげで何とかなりそう」

 そう言われてアルドは即座に首を横に振った。

「ここまで俺たちを引っ張ってきて、バイチャを見つけたのはコーンだよ。感謝をするならまずコーンに行ってくれ」

「ア、アルドさん。それよりも今はこ、この事態を何とかするべきでしょう!」

「(ちょっと冷静になったら、逆にバイチャを意識していて、すごく緊張してるなあ)」

 アルドがそんなことを考えていると、大猿が猛スピードで直進してくる。雪をかき分け、威嚇の声を出す姿は、並みの冒険者なら怯んでしまうかもしれない。

 ここまでモンスターを倒してきたコーンも、僅かに頬を引きつらせていたが、真剣な顔のバイチャを見ると唇をかんだ。

「アルドさん、ここはあいつを囲みましょう。敵は動きなれているけれど、こっちはそうもいかない……ともなれば機動力を補うために四方から攻撃したほうがいいと思うんです」

「ああ、そうだな。いい提案だ」

「ここまでの戦闘経験が役に立っているでござるな」

 一同は散会して相手のコースから外れる。

 大猿がだれを狙うのかは運しだいだが、一番初めに動いたコーンへと狙いを変えたようだ。

「コーン殿!」

 サイラスが叫ぶと同時に、コーンは横に転がり大猿の突進を避ける。

 アルド、サイラス、バイチャは標的を囲むように走り、敵の視界の外から迫まった。

「はあっ!」

 バイチャが手にした短剣を投げつけ、敵の足に深々と突き刺さると、すぐに大猿は雄たけびを上げてコーンから視線を外した。

 しかし、四方向から囲まれているため、敵が標的を変えたときには別の仲間が動いている。

「こっちも忘れないでほしいでござるな」

 サイラスが斬りかかり、右腕に大きな傷を負わせる。続いてアルドが見事な連携で相手の左肩に剣を深々と突き刺して離れた。

「grrrrrr!」

 一度に複数の斬撃を加えられた大猿は、低くうなるような声を出して僅かによろめいたが、それでも倒れない。

「意外にしぶといわね。でも相棒を傷つけたんだから、このまま止めを刺させてもらうわ!」

 バイチャが腰に差していた新しい短剣を取り出して走り出した。

「バイチャ! まて! そいつはまだ弱ってない!」

 モンスターの状態を瞬時に見抜くコーンが叫んだ。

 けれどバイチャはコーンのアドバイスを受けつけない。

「大丈夫よ! コーンはやっぱり臆病すぎるわ。今のこいつは動きが鈍っているのよ」

 ニヤリとして足を止めなかった。

「違う、そいつは不意を突かれただけで別に弱っているわけじゃ……くそっ!」

 止まらないバイチャを制止しようとコーンも駆け出した。だがすでに大猿とバイチャの間は縮まり、彼女の前には巨大な拳が振り上げられていた。

 大猿の対処の速さにバイチャはやっと苦い顔をした。

「予想よりもバテてない?!」

 コーンの言った通り、相手はわずかに不意を突かれて、よろけただけだった。体力は削られておらず、剣によるダメージも十分に与えられていない。

 バイチャは攻撃から防御へと体制を変える。

 急ブレーキをかけて敵の懐に飛び込むのをやめると、とっさに両腕で顔面をカバーした。

 直後、斜め上から振り下ろされた一撃がヒットするはずだったが。

「え?」

 ゆっくりと目を開いたバイチャが見たのは、盾の代わりになって吹き飛ばされていくコーンだった。

 受け身も、自身の防御態勢も整っていないコーンが身一つで飛び込んできたのである。

「ぐあああっ!」

  宙を舞ったコーンは雪の上に落下する。

 すぐさまサイラスがコーンに駆け寄り、アルドはバイチャの腕をつかむと大きく飛び退って距離を取った。

「コーン! 大丈夫!?」

 バイチャが駆け寄るとコーンは小さくうなって、パチリと目を覚ます。

 上体を起こして立ち上がるも、その足取りはふらついていて頼りない。

「ごめん、私のせいで……」

「そんなことないって。バイチャを守れたことが僕はうれしいんだ。それに、あの時のことを謝ってないから、倒れるわけにもいかないよ」

 頭を振って何とか真っ直ぐ立つコーン。

 アルドはわずかに眉根を寄せて、コーンの頭のてっぺんからつま先まで一通り観察する。

「コーン、いけそうか?」

 コーンは間髪入れずに頷き、大きく息を吐くと、皆の顔を見回した。

「はい、大丈夫です! それよりもアルドさんサイラスさん、そしてバイチャも。あの大猿をしとめるために僕に力を貸してください」

 剣を握る手に力をこめたコーンが言う。

「さっきのように確実な支持をお願いするでござるよ、コーン殿」

「そうだな。奇抜なことはしなくてもいい。けれど慎重にいくぞ」

「アンタのこと、見直したわ。うん、力を貸すから何をするのか言ってちょうだい」

 一同の賛成にコーンは胸にこみあげてくる熱いものをぐっと抑え込み、ごく基本的な戦術のみを口にした。

「一撃入れたら即座に離れ、敵の視界の外にいる人が攻撃をします。あまり大きな合図は出せないので、僕の瞬きの回数で攻撃する人を決めましょう」

 この手のモンスターはナダラ火山の時と同じ部類に入るらしく、知性を備えていることがあり、名前を叫ぶことで連携を取るのは、ある意味悪手になりかねないとのことだ。

  一回瞬きをするとアルド、二回でサイラス、三回はバイチャ、四回はコーン。この合図でそれぞれが攻撃をすることになった。

 再度四人は敵を囲い、じりじりと詰め寄る。

 このパターンは敵にとって相当不満があるらしく、周囲をぐるりと見渡しながら威嚇してくる。

 けれどコーンはひるむことなく仲間に指示を出した。

 この連携は一撃でとどめを刺すことじゃない。合図を出されて攻撃を加える仲間がすぐに敵から離れるため、相手の拳は空を切る。

「次は私の番ね」

「おっと、そのあとは拙者でござるな」

「いいタイミングで指示してくるな」

 三人はコーンの指示に従って連携を取っていく。

 一撃のダメージは大猿にとってそれほど深くはない。せいぜい肌に数ミリの深さの切り傷を付けられる程度だ。しかし、これが重なってくると大猿と言えども明らかに疲弊してきているのが見て取れる。

 そして、鈍くなってきた動きをコーンが見逃すはずもない。

 コーンが一度瞬きしアルドに合図を送る。

「敵の右足を!」

 続けざまに瞬きを二回し、サイラスに合図をだすと。

「左足を狙ってください!」

 大猿はついによろめき、自重を支えきれなくなると横転する。

 そこへすかさずコーンが敵の心臓部に剣を突き立てた。だが、分厚い筋肉の壁が邪魔して奥まで突き刺さらない。

「くっ、もう少しなのに……なんて筋肉の厚さだ」

「コーン! 私も加勢するわ!」

 悪態をついたコーンの後ろから、バイチャが飛び出してくると、勢いに任せて剣の束を押し込んだ。

 そして数秒もせずに大猿は息絶え、ピクリとも動かなくなる。

 剣の束から手を離したコーンは安どしてその場に座り込んで、バイチャに向かって親指を立てる。

「ナイスタイミングだねバイチャ。もし暴れられでもしたら僕はまた雪の上に落ちていたよ」

 バイチャは額に流れていた汗を袖で拭うと、ふふんと鼻を鳴らして得意げに言った。

「コーンがやりそうなことは全てお見通し、って言いたいところだけれど、ちょっと変わりすぎていてビックリしたわ。昔はもっと」

「弱虫みたいな感じだった?」

 コーンが引き継ぐと、バイチャは気まずそうにうなずいた。

「けれど昔とは違うだろ。コーンはここに来るまでにモンスターと戦って、成長したと思うぞ」

「そうでござるな。初めて居酒屋で会ったときに見た、泣きじゃくっている男には見えないでござる」

 からからとサイラスが笑うと、それにつられるようにして、アルドもバイチャもくすくすと笑いだしてしまう。

「ちょちょっ、サイラスさんそのことは言わないでくださいよー」

「コーンらしいわね。でも今は全然違うみたい。これじゃあ心配なさそうだし、私がしようとしていることも無駄だったようね」

 やれやれとばかりにバイチャは肩をすくめた。

「そういえば、何でクンロン山脈に来たんだ? 道術じゃモンスターと話すことは出来ないって知ってたんじゃないのか?」

 最大の謎をコーンが尋ねると、バイチャは数回瞬きをして大声で笑いだした。

 アルドとサイラスはわけか分からずに顔を見あわせて首をかしげる。

「モンスターと話ができるかもしれない、だから道術があるこの大陸に来て、クンロン山脈で修行していたのは間違いないわ」

「どうしてそこまでしてこだわるんだよ」

「モンスターと話すことができれば、その……コーンは怖がらなくて済むでしょ。でも道術では無理だった。だったら、道術をコーンに教えてモンスターへの恐怖を克服してもらおうと思ったの」

 コーンは村から出ることもないし、ひどくモンスターに怯えていた。だったら、村の中で安全に強くなれる方法として道術を教えたらいいという結論に至ったようだ。

 けれど、バイチャが道術をコーンに教える前に、コーンはアルドたちとの訓練で見事なまでに成長していた。

「そのことなら大丈夫だ。もう自身が付いたから、バイチャの相方にあっても怖くはないぞ。それよりもだ。俺はずっとバイチャに謝りたかったんだ。あのとき、俺がクラスでバイチャのことを広めなければ……」

「そのことは手紙にも書いてくれてたから別にいいわよ」

 コーンの言葉にかぶせてバイチャが遮った。

 しかしコーンが納得いってない雰囲気をバイチャが察すると。

「それじゃあ。一つだけ私のお願いを聞いてよ」

「なに? 何でもするよ!」

「私が一人だった時間。その分だけ、ずっと一緒にいてよコーン」

 わずかにはにかんで、照れくさそうにバイチャは笑った。

 





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幼馴染の力というやつね!! 桜松カエデ @aktukiyozora

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