4-2
トビーのカーキ色の手動車両が、夜闇に包まれたフロート市の街並みを走り抜ける。途中路上のゴミ箱を吹っ飛ばすのも気にかけず、常に増して荒っぽい運転に操られた車がたどり着いたのは、フロート市でも宿泊施設がひしめく一帯の入口であった。
「着いたぞ」
助手席に座るアイリンに向かって放たれたトビーの声は、上機嫌からは程遠い。切れ長の目の端が捉えるアイリンは、ブレスレット型端末から開かれたホログラム・スクリーンを確かめたまま頷いた。
「この街のホテルの七割はこの一画に集まっているんだったな。よし」
「よし、じゃねえ」
トビーは運転席に凭れかかったまま腕組みして、アイリンの横顔に射るような視線を向ける。
「道中ずっと端末と睨めっこしやがって。いい加減、どういうつもりなのか説明しろ」
「バララト宇宙港爆発事件の捜査、と言ったはずだが」
「そんな説明で済むと思うのか、ふざけるな。何も言う気がねえなら、後は勝手にしろ。俺を
自身の二の腕に指先を突き立てながら、トビーはそれ以上梃子でも動かないという主張を態度で示す。それまで運転席に一度も目をやることのなかったアイリンの視線は、そしてようやくトビーの顔に向けられた。
闇夜の中でも、ホテル街には道端に連なる街灯から凸凹に立ち並ぶ建物まで、人工の照明が嫌というほど溢れている。車内に斜めから差し込んだ明かりが、アイリンの鉄面皮を右半分だけ照らし出す。
「宇宙港爆発は、事故じゃない。意図的に爆発を引き起こした犯人がいる」
やがて動き出した唇の動きは、努めて感情を排除するかのように機械的であった。
「その容疑者が、このエンデラに逃げ込んだという情報をつかんだ。今回の捜査の目的は、その容疑者の捜索と確保だ」
「宇宙港を爆発した犯人ねえ……」
そう呟き返したトビーの言葉には、さしたる感慨もこもっていない。アイリンの顔を刺すような目つきは変わらぬまま、口にしたのは当然の疑問であった。
「そんな大捕物なら、捜査官がてめえひとりってことはねえだろう。それとも何か、ほかにも動き回ってる奴がいるのか」
「……捜査に当たっているのは、私ひとりだ」
黒目がちの瞳は揺らぎはしなかったものの、アイリンの言葉には微かに絞り出すような口調があった。訝しげに目を細めるトビーに、彼女はさらに低い声で告げる。
「容疑者は宇宙港の職員だ」
それはトビーを納得させるのに十分な答えであった。
「なるほど、身内から犯人を出すスキャンダルを恐れて、航宙省が捜査に圧力をかけてきた。そんなところか」
「見た目よりは頭が切れるようだな、キャブラギー保安官」
そう言って頷いたアイリンの口調には、皮肉めいた響きはない。むしろ率直な感想らしいところが、トビーにはかえって気に障る。だがアイリンは彼の表情の変化を気にとめる風もなく、淡々と説明を続ける。
「マテルディ・ルバイク。こいつがその容疑者だ」
アイリンのブレスレット型端末から投影されたホログラム・スクリーンが、二十代後半と覚しき女の顔を映し出す。その容貌は際立った美しさというわけではなく、かといって目も当てられないという程でもない。ややウェーブしたブルネットの髪をうなじの後ろでひとまとめにしている以外、特徴らしい特徴もない。気をつけなければ次の瞬間には忘れてしまいそうな、地味な顔立ちの女性だ。
「とてもそんな凶悪犯には見えねえな」
トビーの意見には同意見なのだろう。アイリンは彼の言葉に異議を挟むことなく、マテルディ・ルバイクについて述べる。
「マテルディ・ルバイクは中等院を卒業後すぐバララト宇宙港職員に採用されて、以来情報システム部門や施設管理部門を歴任してきた。最近は若手の教育係も担当していたそうだ」
中等院を出てから働きづめということは、おそらく勤続十年以上だろう。教育係も任されるほどなのだから、バララト宇宙港の仕組みは十分に知り尽くしていたに違いない。
「どうやれば宇宙港をぶっ壊すことが出来るか、そんだけの知識も手段も心得てるってことか」
「その彼女が、爆発の直前に突然職を辞している」
「なるほど。目をつけられて当然だ」
アイリンによれば、その後マテルディは当のバララト宇宙港から出立したことが確認されている。宇宙港が未曾有の大爆発を起こしたのは、彼女が宇宙船に乗り込んで三時間後の出来事であった。
「
「起爆を促す通信記録がないか調べたが、管制システムが丸ごと吹き飛んで、記録そのものが残っていない」
捜査当局はかなり早い段階から、事件の容疑者としてマテルディに目星をつけていた。その足取りをたどること一ヶ月、あちこちを逃げ回っていたらしいマテルディがエンデラに向かったという情報をつかみ、アイリンが先回りしようとしたところで捜査にストップがかけられたのだという。
「あそこで止められなければ、奴がエンデラの地を踏む前に捕捉出来た」
アイリンの整った眉の間に、微かに皺が寄る。それまで無表情に徹していた彼女のわずかな感情の発露に、だがトビーはさしたる関心を示さない。アイリンの顔から再びマテルディの顔写真に視線を落として、「ふん」と鼻を鳴らした彼が口にしたのは、また異なる疑問であった。
「こいつの動機はなんだ。実はやべえテロリストとお友達だったか、それともローベンダールの工作員か」
ローベンダールとは、エンデラに先駆けること百年前に複星系国家バララトによって開拓され、やがて独立した惑星国家のひとつだ。かつては蜜月関係にあった両国だが、昨今は急速に関係を悪化させており、開戦まで秒読みとの噂までまことしやかに囁かれている。
だがアイリンはトビーの推測に対して、きっぱりと首を振ってみせた。
「マテルディ・ルバイクは祖父の代まで身元もはっきりしている。宇宙港での勤務態度も至って真面目そのもの。中等院時代まで遡っても、反社会勢力との交友関係は見当たらない」
「そんないかにも地味で真面目な女が、なんで宇宙港爆発なんてしでかすんだよ」
「航宙省もそこを突いてきた。マテルディ・ルバイクには事件を起こす謂われがない。我々が掻き集めた証拠は、あくまで状況証拠に過ぎない、と」
そこまで言って、アイリンの薄い唇の隙間から噛み締められた白い歯が覗く。
「だが逆に言えば、状況証拠的には犯人はこの女しか有り得ない。拘束さえすれば、動機など後からいくらでも聞き出せばいい」
アイリンは眉ひとつ動かさずに、存外無茶なことを口走る。どうやらこの表情に乏しい捜査官も、思いのほかエンデラの気風にあった資質の持ち主のようだ。
「それでこのホテル街を総当たりして、女を捜し出せってのか。随分と原始的なやり方だなあ、おい」
「文句を言いたいのは私の方だ。よその星なら警察が命じれば一瞬で宿泊者データが集まるのに、ここで幅を効かせるのは時代錯誤な保安官制度ときた。ろくな警察組織もないならば、宿を一軒ずつ虱潰しに当たるしかないだろう」
そう言うとアイリンはブレスレット型端末に触れて、マテルディが映し出されたホログラム・スクリーンを掻き消した。そのまま助手席を降りる彼女を見て、トビーは聞こえるように舌打ちしながら後を追う。
アイリンにいいようにこき使われるのは、当然ながら腹に据えかねる。だが車を降りた彼の顔が釈然としないのには、今ひとつの理由があった。
管制システムの扱いに長けた、元・バララト宇宙港の施設管理担当者。まるでマテルディ・ルバイクとそっくりの経歴の持ち主が、このエンデラにはもうひとりいることに、トビーは思い至っていたのである。
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