20201123 ㊱ 5分コン短編2回目リライトの2

(5分で読書短編『タイトル未定』)


 金曜日の夕方、すでに美沙子先輩と一緒に、近所のコンビニへ立ち寄ったら、案の定──先輩が店員さんに絡みはじめた。

「ねえねえ、君、『年確』ちゃんとしなくていいのぉ?」

「えっと、ねんかく、ですか……?」

 青い縦じまのユニフォームを着た店員さんが首を傾げた。若い男性の店員さんで、おそらく私たちよりも年下だろう。高校生とか。

 先輩はにやにやしながら店員さんの顔を覗き込むようにしつつ、隣に立っている私の方を指差した。 

「『年齢確認』の略よ。ほら、この子20はたちに見える? 確認したほうがいいんじゃない?」

うわぁ、我が先輩ながらうぜぇ……。

「先輩が全部飲むんだから、いいじゃないですか」

 買い物かごには、数本のビールが入っているが、それは確かに先輩の飲み物なのだ。

「何その言い方、冷たーい。やだなぁ。あたし後輩にするなら、この店員さんみたいな、誠実な感じの子のほうが良かったなぁ」

「はいはい」

 私はため息を吐いた。あまり酔っていないはずなのに、先輩が止まらない。

 おそらく店員さんのせいだろう。背が高く、黒髪の短髪でさわやか系の彼は、普段まじめな顔で仕事をしているのに、かわれると少しはにかむような困り顔を見せる。それがまた可愛いためか、先輩からさらに追い打ちがかかるのだ。

「美沙子先輩、やめましょうよ」

 私は彼女をレジの前から退けるべく、軽く肩で押した。控えめに。まだ関係性が不確かな、サークルの先輩なのだ。

 その後すぐに他のお客さんたちが来店し、さすがに先輩もおとなしくなった。望月くんはてきぱきと作業を再開し「ありがとうございました」と私たち2人を送り出した。私は週一くらいで不定期にこの店を訪れているけれど、彼を見かける時はいつもそんな感じで、真面目な印象を受ける。

 でも気のせいか、いま望月くんの発した声が、どこか事務的に感じられた。もしかしたら『面倒な客だな』と思われたのかもしれない。見通しの悪い駐車場で、先輩が車に当てられそうになっているのを助けつつ、ため息が漏れた。

 その後は私のアパートで、先輩と映画のDVDを観ながら酒を飲み、一夜を明かした。先輩は酔っていびきをかきながら、早めに寝落ちした。

 それを横目に、『この人はモテないだろうなぁ』なんて失礼な評価をくだしつつ、私はあの店員さん──望月くんのことを考えていた。彼が私のことを、この美沙子先輩と同類だと思っていたら嫌だなぁ、なんて。

 私はそれから、毎週金曜日をコンビニに行く日と決め、夕飯のおにぎりを買うかたわらで、彼にちょっとだけ声をかけるようになった。いまいち判断が難しいけれど、美沙子先輩に比べたら、好印象を与えている自信はある。 

 

 その日、サークルの活動が金曜日にあった。ゆるめの映研サークルで、大学の小講義室をひとつ借りて、映画をみんなで観るだけ。それでも備え付けのスクリーンを使うので、軽いルームシアターのようになる。

「これから飲みに行かない?」

 すでにほろ酔いの美沙子先輩から誘われたけど(校内だろうと映画鑑賞の時はビール必須らしい)、今日は適当な理由をつけて断った。

「えー? あたし最近気になるひとできたから、相談したかったのにー」

「すみません、また今度で」

 私はいかにも用事があるように、そそくさと大学をあとにした。

 そしていつものコンビニに立ち寄った。望月くんがいると思って。

 しかし彼の姿はなかった。今日代わりにいたのは、妙に髪の長くて、態度もダルい雰囲気の男性店員だった。失礼ながら「お前じゃないんだよなー」と思い、舌打ちしてしまった。

 その次の週も、望月くんはいなかった。

 どうしたんだろう……?

 コンビニのバイトは続きにくいって言うし、もしかして、やめちゃったのかな……?

 私は寂しさが込み上げた。

 

 その翌週の金曜日。

「あ、いた!」

 意図せず大きな声が出てしまい、コンビニ店内にいた立ち読み客の男の視線がこちらに向いた。うわぁ、痛いぞ自分。私は顔が熱くなってくるのを自覚しつつ、カウンターの向こうに立っていた望月くんに、小さく手を振った。

 慣れ慣れしいだろうかと不安になったけれど、すでに大声を出してしまっている以上、そうするしかなかった。望月くんは、はにかむように笑ってお辞儀した。少しほっとした。変な顔をされたら、どうしようかと思った。

「ここのところいなかったからさ、やめちゃったかと思って、心配したんだよ」

 いつものようにおにぎりをカウンターに置くと望月くんが対応してくれたので、話しかけた。いや、本当のことを言うと、望月くんの手が空くのを見計らっていた。立ち読み客の他にはお客さんがいない。ちょうどいいタイミングだった。

「いえ、中間のテスト期間だったので休ませてもらったんです」

 彼が応える。

「へえ、そうだったんだ。ほんとに真面目だね。あ、おにぎり温めて」

「はい」

 私はビニール袋の代金込みの小銭が財布に入っているかを確かめつつ、ちらりとその顔を見た。わずかに目が合った。彼はすぐに顔をそらし、流れるような動作でおにぎりを電子レンジに入れて操作し、その間に、小さなビニール袋を素早く用意する。

 仕事熱心だ。

 それからも彼と少し話を続けた。彼は高校3年生で、受験生らしい。

 しかし、今はもう5月だ。彼は勉強する時間が欲しいと思いつつ、バイトを辞められずにいるという。

「どうして? 店長が辞めさせてくれないとか?」

 私は尋ねた。

「まあ、理由はいろいろあるんですけど──」

 返答はどこか歯切れが悪かった。

「いろいろ?」

 もう少し詳しく聞きたかったが、それは敵わなかった。先ほどまで立ち読みしていた男性客が、いつの間にか後ろに控えていたのだ。

 私はコンビニから退散しアパートへ帰った。

 その小さな部屋で味噌汁をすすり、おにぎりを食べた。具の梅干しの酸っぱさが、舌にしみる。

「いろいろ、ねえ……」

 普段ならスマホで動画を観たり、友達とラインしながら食べるのだけど、今日はそうせずに、望月くんのことを考えていた。先ほど話していた、バイトを辞められない理由についてだ。

「苦学生ってやつなのかな……?」

 もしかしたら彼の家庭は貧乏で、生活が苦しいのかもしれない。

 いや、さすがに今どきそこまで貧困はしないだろうけど……大学の入学費用が足りないから、自分で稼いで足しにしている、という可能性は充分にある。昨今は奨学金を返すのも大変だって聞くし……。

 それならば、あれだけ業務に対して真面目なのもうなずける。クビになるわけにはいかないだろうし、しっかり仕事ができれば、時給が上がることもあるだろう。

 なんかもう、それで確定な気がする。

「偉いよなぁ」

 私は勝手に決めつけて納得し、つぶやいた。

「……大違いだな、私とは」

 彼は高校3年生で、受験生。でもお金を稼がなきゃいけない理由があって、あんなにしっかり働いてる。なんなら他の店員より優秀なんじゃないだろうか。

 一方で私はというと、のんきな大学1年生。裕福というほどではないけれど、親が当たり前のように学費を払ってくれているし、生活費も振り込んでくれる。私がしていることと言えば、勉強と、お遊びのサークルと、小遣い稼ぎでやってる、教授の研究室の書類整理くらい。

 『当たり前のように』と言いつつ、当たり前ではない。仮に4年後、自分が社会に出たとして、両親と同じように働き、稼いだ何百万円というお金を子供に払えるだろうか。ましてこんな、のほほんと遊んで暮らしているような娘に。

 そんな折に、ちょうど母からラインが届いた。心配性の母は、わりと頻繁に連絡をよこしてくるのだ。

 世間話ついでに『バイトしよっかな』とメッセージを送ったら『バイトするために大学入ったんじゃないでしょ』と一蹴された。

「はあ……」

 デブになるかな、なんて思いつつも、食べてすぐベッドに寝転んだ。自分が無価値な人間に感じられて、ため息が漏れた。

 以降も金曜日はコンビニに立ち寄ったものの、ちょうど他にお客さんがいて、望月くんと会話をする機会はそれほどなかった。話ができたとしても、あまり突っ込んだ内容になると、また自分の無価値感を味わうはめになるかと思い、たわいのない会話しかしなかった。

 まあ、そもそも『コンビニの店員と客』という立場なのだから、それが普通だけど。


 ところがその次の金曜日、事件が起きた。

 コンビニに寄ったら、カウンター越しに望月くんと誰かが、何やら仲良さげに話をしていた。私がその人物に気づいたのは店内に足を踏み入れてからのことだった。

 美沙子先輩だった。

「あ、春美じゃん」

 先輩は私の姿を認めるなり、明るい調子で手を振ってきた。私は反射的に、

「お、お疲れ様です」

 と会釈をしたが、数秒の間、その場で固まっていた。

 なんで、美沙子先輩がここに? 確かに今日はサークル無かったけど……。

 先輩は笑顔で望月くんに手を振り、こちらへ歩いてくる。私の肩にポンと手を置き、

「事情はあとで説明するねっ」

 意味深にウィンクして外へ出てしまった。

「は、はあ」

 私は呆気に取られ、去っていく先輩の背中を見送ることしかできず、望月くんの顔も見ぬままに、ぐるりと遠回りをしておにぎり売り場まで歩いた。

 なんで先輩がこの店に。というか、なんでいつの間に望月くんとフレンドリーになってるの? 彼だって、私と話してる時よりも楽しそうだったんだけど。そういえば先輩、『最近気になるひとができた』とか喋ってたけど、それって……? もしかして2人って、もう……?

 美沙子先輩、モテないと思ってたのに……。

 私はのろのろとおにぎりを手に取り、レジへ持っていく。

「仲良く、なったんだね」

 対応してくれた望月くんにそう尋ねた。彼はおにぎりをスキャンする手を止め、いつもの困り顔を見せた。

「えっと……まあ、はい。ちょっといろいろ相談に乗ってもらったりして」

「相談?」

 ふぅん。そういう馴れ初めか。だったら私だって──と思ったけど、こちらは週に1度、金曜日だけ。そのほかの日に先輩が何度も来ていたら、敵わないのか。

「……おにぎり、温めてね」

 私はヘコみつつ、提示された金額ぴったりの小銭をトレーの上に置いた。

 すると、望月くんがおにぎり片手に言った。

「あの……5分、かかってもいいですか?」

「は?」

 私は聞きまちがいかと思った。

「えっと、おにぎり温めるの、5分だけ待ってもらってもいいですか?」

 そのせいか、望月くんも慎重な感じで繰り返した。

「いや、そんなに時間かからないでしょ、それ」

 いつも買ってるおにぎりだ。10秒かそこらですぐに終わる。

「違うんです、今日は、その……」

 望月くんはきょろきょろと店内を見回した。私の他に、お客さんはいない。

「いつだったか……お客さん、ここで事故があった時に、仲介役してましたよね」

 いきなり話が飛んだ。おにぎりはどうした?

「まあ……あったね。そういうこと」

 たしか大学に入ったばかりの頃だ。ちょうどこのコンビニの駐車場で車両同士がぶつかる軽い事故があった。たまたま私はその場に居合わせており、運転手のおじさん同士がちょっと揉めそうだったので、すぐに警察を呼び、結果、目撃者として彼らの話し合いが終わるまで付き合う羽目になった。

 じつは望月くんも、その現場を目撃していたらしい。店に忘れ物をして、それを取りに訪れた帰りのことだったそう。

「僕、あんまり関わりたくないんですよね、ああいうトラブルって。めんどくさいっていうか、時間取られちゃうし」

 彼は目を伏せ、恥ずかしそうに言う。

「別にいいんじゃない? 学校もバイトもあって、受験勉強もしなきゃいけないんだし……」

 いまの私も、時間を取られようとしてるけど。

「そうかもしれないですけど、すごいって思います。来年の僕が同じ状況に遭遇しても、たぶんそんな対応はできないので」

 私は首をひねった。

「そうかな。望月くんの方がすごいと思うけど。私にはできないよ、受験勉強とバイトの両立なんて」

「いや、そんな……」

 望月くんは首を横に振り、ふと外に目を向ける。

「とにかく、あと5分待っててもらえませんか」

 理由を尋ねようとすると、お客さんが3人ほど店に入ってきた。そのうち1人は、缶コーヒー1本を片手に、レジへ向かって来た。

「まあ、わかった。じゃあ外で待ってるよ」

 私がそう言うと、「はい!」と、とても良い返事がかえってきた。なんなの、本当に。

 望月くんの目的はわからぬまま、私は居場所を失い、外へ出た。

「待ってろって、お願いされたんでしょ?」

 するといきなり、どこかから声をかけられた。見ると、店の陰から美沙子先輩が顔をのぞかせ、にやにやと笑っていた。驚いた。帰ってなかったんだ。

「な、なんで知ってるんですか?」

 私は先輩に詰め寄るように近づいた。

「だってあたしが焚きつけたんだもーん」

 彼女は体をくねらせ、からかうように告げた。

「どういうことですか?」

「あたしの彼氏が、ここの夜勤しててね」

「彼氏?」

 私は首をひねった。

 話によると、先輩は『最近気になっていたひと』と恋人になったらしい。で、ジョニーデップ似の彼(先輩談)が、望月くんに『受験生なのにバイトをやめない理由』を訊いた結果、その彼が今からシフトに入ることになったのだとか。

 ……やっぱり話が見えないんですけど。 

「あ、来た来た!」

 美沙子先輩が言うと、その見晴らしの悪い駐車場に黒いセダンが停まった。

 降りてきたのは、なんとあの、長髪のダルい店員だった。え、あれが『気になってたひと』だったんだ。

 当たり前だけど、全然ジョニーデップじゃない。

「もう18時になるよ、早く早く!」

 偽ジョニーは先輩に背を押され、早歩きで店内に入っていく。すると先輩だけが立ち止まり、ドアの手前でふり返った。

「気になるお客さんがいるから、望月くん、バイトやめられないんだって。だから話したらって、勧めたわけ」

「え……」

 私がその意味を理解する前に、先輩は店内に入ってしまった。いたずらっぽい笑みを残して。

 整理しよう。そう考えつつ、鼓動が徐々に早くなるのを感じた。

『気になるお客さん』って、誰のこと? それで『お客さんと店員じゃない時』って、いつのこと?

 スマホを取り出してみると、時刻は18時になっていた。あれからちょうど5分経っている。胸が勝手にばくばくと脈打つ。

 顔を上げると、ガラスの自動ドアの向こうに、望月くんの姿が見えた。青と白の、制服姿じゃない。その手には、おにぎりが入っているであろう、ビニール袋が。

 目が合ったと思った瞬間に、ドアが開く。

 大人の余裕は、見せられそうにない。


(了)

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