第8話 - 復讐の呪い

数日経って歩けるようになった

筋肉は衰えフラフラになりながら歩いていた


恋仲の男は毎日顔を見せる、今日は歩き出した私を見つけて慌てて駆け寄ってきた

男は私をベッドへ運ぶ


「フルーフ、ちょっと落ち着きなよ。活発な君の事だからじっとしてられないのはわかるけれど…」

「ごめんなさい…不安になっちゃって…」

「いいんだ、あんなことがあったんだから。君が元気になるまで、いや元気になっても毎日君の顔を見に来るよ。それでも不安かい?」

「ううん…嬉しい…早く元気になる」


穢された私でも以前と変わらず愛してくれた

体力が回復し、鎧も着れるようになった頃、ある日侍女たちの噂話を聞いてしまった


「穢された元聖騎士隊長、もう子は産めないんでしょう?」

「オークに穢された女は一生人は産めないらしいわ」

「毎日見舞いに来ている騎士様も可哀想よねぇ、元騎士団長の顔は半分オークのような顔になったらしいじゃない。あの大きな眼帯の下は豚の顔になったって噂よ」

「うわー…ここに来てからもオークを産んだらしいわよ。汚らしい」

「やだぁ~…あの熱心に見舞いに来ている騎士様もオークを産んだ穴と番うのかしら?あたし騎士様もオークに見えてきちゃう…」

「ひぇ~あんた何想像してんのよ…うわーオーク騎士様の顔見れないじゃない」

「ちょっと…その辺にしときなさいよ…」


胸が苦しくなった

私が生きているせいで恋仲の男も穢される

やり場のない怒りが全身を支配した


どうしてそんな酷いことを言うのか

私は王都を守った、市民たちの盾となって

文字通りこの身を捧げ、穢されてまで

さらには街を救った聖騎士たちまで貶められる

どうすればよかったんだろうか、あの場で死んでいた方がまだマシだった


王都に留まる事自体が戦った皆の名誉を傷つける、もうここには居られない

涙を流しながら王都を後にした

悔しくてたまらない、思い出すたびに全身に力が入る

私は聖騎士の法衣を脱いで剣を帯び帷子、鎧を着たままオークの領土へ向かった




もう王都に戻ることはないだろう

私を穢したオーク達を道連れに、仲間の名誉のために、最後の戦いを始めよう




◆ ◆ ◆


フルーフはオークシャーマンに向かって全力で走り出した

バーサーカーを引き受けるべく俺も走り出す


バーサーカーと何度か切り結んでいると後ろから別のバーサーカーが現れた

大きく振りかぶり斧を振り下ろすと俺の右腕は断ち切られる


(しまった、伏兵がいたのか)


俺は失った右腕に目を取られてしまった

正面のバーサーカーのこん棒をまともに受け、胸の鎧は剥がれ、吹き飛ばされる

ゴロゴロと転がり、立ち上がろうとするも、力が入らない


(クソッ動け!)


フルーフはシャーマン相手に善戦していた

だがバーサーカーに割って入られ、距離を取る

俺には目も向けずシャーマンを睨んでいた


そんなにも激しい憎悪が彼女を満たしているのかと哀れんだ


バーサーカーが斧を振り上げるとフルーフは避けようとする

シャーマンが小さな声で何かをつぶやくとフルーフは全身に痛みを感じたように動きが止まった

バーサーカーの斧がフルーフの胸に食い込む

鎧は裂け、斧を引き抜くと大量の血がフルーフから流れ出す

フルーフは血を吐きながら崩れ落ちた


バーサーカーたちは俺の両腕を抱えるとフルーフの前に連れて行った


「《グァラル、手こずらせたな。お前の子袋はもうじき死ぬぞ》」

「《すぐに後を追わせてやる》」

「《まて、その男の前で死にゆく子袋を犯してやれ、グァラル》」


なんと形容すればいいか解らない憎悪を覚えた

左腕と右腕をバーサーカーに掴まれ、血を吐くフルーフの前で膝をつく

投げ捨てられ、フルーフの血が俺の顔と胸の呪印を満たした


呪印が熱い


バーサーカーたちはフルーフの鎧をはぎ取り始める

致命打を受けた俺は指一本動かすことができず、歯を噛み締め、悔しさで涙を流した


ほんの数秒経ってフルーフが目を覚ますとすさまじい形相で俺を見る

フルーフは小さな声で血を吐きながら俺に語り掛けた



「喰え…」



「呑め…」



「殺せ!」



フルーフは胸の血を掌にすくって俺の口に垂らす、血が俺の口に入ってくる

舌を満たすように血が吸い込まれていった


呪印が焼けるように熱い

力がみなぎってくる


急に何日も食っていないかのような飢餓感に襲われ

地面にこぼれる血を啜った


呪印から火でも着いたような熱を感じる


全身が熱い

筋肉が大きくなるような感覚を覚えた、胸の痛みは嘘のように消えていく

左腕でバーサーカーの腕を掴むと信じられないような柔らかさだった

バーサーカーの腕をにぎり潰し、武器を奪うとまるで小さな木の枝を振るうように片手で両手用の斧を振り回せる


腕をにぎり潰したバーサーカーの顔を一太刀で吹き飛ばし

フルーフにとりついているバーサーカーをまた一振りで首を落とす


俺の胸の呪印を見たシャーマンが震える


「《狂戦士の呪印…血の儀式…なぜお前がその呪印を…!》」


シャーマンに近づき、また一振りで頭を砕いた


不思議なことに切断された右腕の血は止まっていた

オーク達は全滅したが怒りが収まらない

オークシャーマンやバーサーカーたちを細切れにするように叩いて回った


グズグズに崩れたオーク達の肉を見るとどうしようもなく腹が減る

抵抗できない飢餓感に俺はオーク達の肉を喰って回っていた


◆ ◆ ◆


腹が膨れると怒りは収まり、飢餓感もなくなった

フルーフの元へ寄り、事切れたフルーフの目を閉じる


どうすればよかったんだ

もっと慎重に進めば助けられたんだろうか?

フルーフの怒りは尋常ではなかった。それではダメだろう


やはり俺の腕が未熟なせいで彼女は死んでしまったんだろうか

胸の呪印をさするとフルーフとの思い出がいくつもあふれ出して涙が止まらなかった


「フルーフ、呪印を解除して君と一緒に暮らしたかった…」


いくら後悔しても彼女の目は開くことはなかった

もっと早く治療できれば助かっただろうか…


俺はフルーフ抱いて拠点に帰り、動物たちの餌にならないよう火にかけて骨を埋葬した


◆ ◆ ◆


数日たって小さな傷が癒えた


切断された右腕はまだ生々しい傷だったがキレイに洗った布で巻いて隠すことにする

拠点の食料は尽き、フルーフも死んでしまった

狩りに行く気力が湧いてこない


(これからどうしようか)


孤独感が俺を包んだ、朝起きればフルーフがいたのに。今はいない

ひどい目にもあったがあれこれと勝手に世話してくれていた

眼帯の下の傷はひどいものだったが、気立てがよく素敵な女性だった


小さなため息を何度もついて、だらだらと過ごしているとフルーフの荷物が目に留まった


「フルーフの荷物か…よく荷物の整理をしながら武具の手入れをしていたな」


荷物の側に行き、フルーフの影をなぞるように荷物の中を整理した

荷物を整理していると見慣れない金属の板が見つかった

文字が刻んである


================================


オルレンヌ皇国 聖騎士隊長フルーフ


================================


「フルーフはオルレンヌ皇国の聖騎士だったのか…」


せめてこれを故郷に届けてやろう

オークの集落をいくつも潰し、人類のために戦ったと称えてもらいたい

俺がフルーフにしてやれることはもう、これくらいだろう

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