◆06 ピクニックとランチボックス
この惑星に来てからもう二週間が過ぎようとしている。怪我もトラブルもなく、
広大な砂漠や土砂が層状に
クロエの棲み
いまの時刻は昼あたり。腹も空きはじめている。しかしクロエは昼食どころか、朝食さえとっていなかった。
このごろ俺はクロエの不思議さ、いや『不自然さ』に気付きはじめた。
まず食事をほとんどとらない。保管してあった
またもうひとつは惑星の案内中におきた出来事だった。ある谷の道で大きな落石が行く手を
どう考えてもおかしなことだ。けど仮説はすぐに出る。
もしも彼女が、本当に『この
にわかには信じられない。が、やはりこれに行きつわけで、俺は息を吐きながら背もたれに身体を
昼食の
「なんだよそれ?」
「ふふっ」
俺の前にきたクロエは箱を置く。ごきげんな顔で箱のロックをはずし、ふたを開けた。
「わたしの宝箱なの。見て」
なかは小物でいっぱいだった。女性らしく(箱に入る小さい)ぬいぐるみはもちろん、ドライバーやボルトに、金細工のペン、丸みを帯びた色ガラスの
クロエは箱のなかを両手で
それがなにか、すぐにわかった。
「ランチボックス?」
緑と青の、カラフルな色味をしたふたつの
クロエは言った。
「これに
「……ふーん。まあいいけど」
俺はそんな返事で
青のランチボックスをもらう。箱には白い鳥が葉っぱをくわえて飛ぶ絵が描かれていた。クロエがもつ緑のほうは花の絵。キク系の花が一輪、黄色い花弁をいっぱいに広げている。
「花柄だね」
「そう、これ『花』って言うのよね」クロエは絵に指を
「この
「クロエ。鳥は
俺の言葉も耳に入らないらしく、クロエは花柄がついたランチボックスを見つめている。その横顔に、俺はなぜか目を
見ていたくて、でももどかしいそんな気持ち。ほっとするような、けれどざわつく
……一瞬、
愛だとか恋とか、ほざくそんな大人の
「あれ、ユーリどうしたの? そんな目して。行きたくないの」
「……うまれつきだってば。行くよ」
「えー、ほんとうにそれだけ?」
そこは広大な
「もっと低いところがあるからね」
答えたあと、クロエは遠くを指さす。そこには地面とおなじ色をした巨大な奇岩がひとつ、そびえ立っていた。
奇岩は横に伸びた橋のような部分があり、今いる地点から渡るのにちょうど良かった。進むなか、はるか下にある地面が高さを感じさせる。渡り終えると大きな縦穴が開いていて、彼女に手招きされるまま俺は足を踏み入れた。
……驚いた。内部は
足場も壁に沿うかたちで奥までつづいていた。少し
「クロエここは?」
「わたしの
彼女から聞くに、この惑星は空洞が多いらしい。
クロエに付いて足場を進む。ひと足ごとに足音が壁に何度も反響し、楽器のなかにいるようで面白い。足場が枝分かれしている左のほうは行きどまりで、空中にとび出た格好になっているため、足場の下がどうなってるかよくわかる。光が当たらない場所はずっと暗くて、終わりが見えそうにない。
「あのさクロエ。廃液とかは溜まり続けるけど、あふれてきたりはしないの」
「ううん、まだ地下の空間に余裕はあるから。それに廃液が混ざって乾燥するとね、きっときれいな結晶が生えてくる。この身体じゃ見られないけどね」
振りかえった彼女は目をつむる。
「いまの身体は仮のすがた。いつかはまた惑星とひとつになるの。だからユーリ、それまでよろしくね」
クロエは、優しく頬笑んでいた。
きた道をもどり、
空は赤紫色の夕焼けに染まっていた。透明感がある
あらためて思う。
「……不思議だよ。この惑星で息ができることも、生きていられるのも、話し相手がいるのも。頭ではわかるけどさ」
「ふふっ、そうなのかもね」クロエは続けた。
「でも私はここにいるし、あなたと同じ夕焼けを見ている。……きっとねユーリ、これは奇跡なのよ」
「ひとが生きられる大地と、空気があって、そしてあなたが来た。そんな偶然のなかに私たちはいる。この何気ない、いまが奇跡だと思うの」
「ああ、俺もだよ」
俺たちはいろんな出来事がかさなって、めぐり合ってここにいるんだ。そしてクロエがいるから俺は生きていられる。この瞬間も、そしてきっとこれからも。
いつの間にか夕焼けはより
弁当を食べ終えたとき、彼女がもつ花柄のランチボックスに目がとまった。
……そうだ。
「クロエ、考えがあるんだ」俺は花柄を指さす。
「まだ本物の花を見たことがないんだよね。じゃあさ、俺が花を見せてやるよ」
「えっ、お花を?」
驚いた顔のクロエはなんだか面白い。俺は自信をもって言った。
「そう。いつか
「ほんと!? 嬉しい。ありがとうユーリ」
笑顔をうかべたクロエに、俺は頬をかく。いつも素直になれないけど、今回はまあできたほうだろう。ちいさな、だけど大切な約束をしたつもりだった。
赤紫の夕焼けもかげり夜が近づいてくる。いつもの
しかし、異変は急にやってきた。
厚い雲が空を
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――少年と女性はピクニックに出かけました。おたがいの弁当箱には鳥と、花の絵が描かれていました。
女性と一緒にいることが、少年にはとても大切なことのように思えたのです――
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