花鳥風月
とある中学生(わたなべ)
紅葉
変化。
それは、生きていれば誰もが経験するもの。
──四季の変化と共に、私たちの関係も変わった。
10月。
あれほど高かった気温は徐々に落ち着いてきている。とはいうものの、まだまだ暑さは残っているけれど。
マンションのベランダに出ると見える楓は、既に紅葉を始めていて、まるで絵画のように美しい。夕方にもなれば、暮色と楓が良い具合に一体化して、より一層美しさを増す。私はこの景色が大好きで、このマンションを購入した決め手もそれだった。楓を眺めていると、過去の思い出が次から次へと脳裏に浮かんでくる。中には、決して良い思い出とは言い難いものもあるけれど、それ以上に美しい記憶があるという事実を受けて、私は幸せを感じる。これもまた、一種の自己満足かもしれない。
いつの日か、ベランダに出るのは私だけではなくなった。
春、''友達''の一線を越えることは無いだろうと思っていた七海と付き合い、そうして同棲を始めた。初めのうちは、ベランダから見える景色に「良さがわからない」と、首を傾げていたものの、今では紅葉された楓を食い入るように眺めている。
今までも、これからも、ひとりで無心になりながら心を休める場所だと思っていたけれど、まさか、七海と眺められる日が来るなんて、以前の私には想像もできなかった。
──
「……舞香、ベランダ出よ」
「ん、そうだね」
夕方になると、毎日のようにふたりでベランダに出る。私も、七海も、そこから見える景色が大好きで、毎日眺めることには、単純に「綺麗だから」というのもあるんだろうけれど、他にも何か、もっと大きな理由がある気がする。
「……やっぱりこの時間帯に見るのがいちばんだね」
「うん。夕日も綺麗だし」
「でも、もうちょっとしたら緑に戻っちゃうね……」
そう言って、どこか淋しそうにこちらを向く七海。
「ふふっ笑 まだ黄色っぽい色でしょ?これからオレンジ、赤って変わっていくんだよ。12月くらいになれば、それこそもっと綺麗なやつが見れると思う」
私がそう言うと、七海の顔がパッと明るくなった。
「そうだっけ?……知らなかった。詳しいんだね、舞香」
「詳しいっていうか、好きだもん」
「私は最初、良さがわからなかったけどね笑」
「まぁ、あの時は色が薄かったし……」
「そうそう。え、ただの葉っぱじゃん?ってなってた」
「懐かしい笑 でも、今はふたりでこうやって見れてるから幸せだなぁ……」
「ばーか」
七海が背中を軽く叩いてきた。
でも、知ってるんだよ。照れ隠しだってこと。
七海の頬が紅く染まっているのは、夕日のせいにしておこう。
「……私は、ああいう色も好きだけどなぁ」
「でも、色薄くなかったっけ?」
「春紅葉って言うんだよ。色は薄いけどさ、綺麗じゃん」
「そっかぁ。次はちゃんと見よーっと」
七海はそう言って、楓の方に目をやった。
楓は、あの時と打って変わって、綺麗に紅葉している。
楓が緑から赤へと紅葉するように、私たちの関係も変わっていった。最初は慣れなくて自分の感情を出せずにいたけれど、七海のやさしさに溺れていくうちに、私は幸せの色に染まった。意見がすれ違ったり、喧嘩になったりしたこともあったけれど、確実に前に進んでいる。十分すぎるくらいに、幸せだ。
「……この景色。ずっと見れたらいいね、ふたりで」
「見ようよ。これから先もずっと」
「七海は、この景色……好き?」
答えなんてわかりきっているけれど、聞いてみた。
安心したかったのか、それとも、優越感に浸りたかったのか。
七海は、口角をきゅっと上げた。
「好きだよ。……大好き」
その言葉を聞いて、何故だか私が恥ずかしくなった。
七海が言っているのは楓のこと。
それなのに私は、自分に「好き」と言われているみたいだった。顔が熱くなっていることに気づいて、思わずそっぽを向く。
「舞香が照れてどうすんの笑」
そう言って七海が笑う。
それもそうか、と七海の方を見ると視線が合った。
ベランダの手摺に置かれている七海の手に、そっと自分の手を重ねる。
「……好きだなぁ、どうしようもないくらい」
「七海、すっかり楓の虜だね?笑」
「……もう。鈍感な所は昔っから変わんないね笑」
「……?」
「楓もいいけどさ、私が好きなのはこっち」
その言葉の意味を理解しきれずにいると、七海の顔がぐっと目の前に来て、かと思えばゆっくり離れていった。
何をされたのか理解するのに、今度は時間なんて必要無かった。
「私も、好きだよ……七海」
「……ん、知ってる」
そう言って顔を赤らめる七海。
愛おしい気持ちを止めることは出来ず、私は七海の手をぎゅっと握って部屋に戻った。
春から始まった恋は、夏、秋、冬へと続く。
そして、終わること無く、二度目の春がやってくる──。
花鳥風月 とある中学生(わたなべ) @Watanabe07
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