ヴァルハラに行けなかったエインヘリャル

@suishou

第1話 死

「死ね、この異教徒が」


 ウェセックス王国の若い兵士が叫びながら剣を振り下ろした。振り下ろされた剣の先には髭を生やした屈強な男が体の至るところから血を流し膝をついている。髭を生やした男は盾を前に掲げ、立ち上がりながら剣を弾く。


 若い兵士が体勢を崩した。その隙を見逃さずに髭を生やした男は剣を腹に突き刺した。剣を腹から抜き、雄叫びを上げる。



「うおおおおおおお」



 辺り一面に死体が転がっている。ウェセックス王国の兵士の死体が五十体強、髭を生やした男の仲間であるデーン人は全員殺されていて、死体は二十体弱ある。



 髭を生やした男は仲間の死体を見つめて笑みを浮かべ、笑いながらウェセックス王国の兵士達に斬りかかる。


 髭を生やした男の狂気じみた雰囲気に飲まれた兵士達は動きが鈍り、次々と殺されていく。ウェセックス王国の兵士達は20名以上いたが、髭を生やした男の猛攻は全員を殺す勢いがある。



 だが、いつまでもその猛攻が続くことはなかった。髭を生やした男が剣を握りしめた右腕を大きく振り上げた瞬間、背後から右胸に矢を受け 、剣を落とした。



 一人の老兵が即座に左手で髭を生やした男の肩を掴み、引き寄せながら腹に剣を突き刺した。老兵は口角泡を飛ばしながら叫ぶ。



「異教徒が!息子の仇だ、さっさと死……ぐぎゃぁ」



 剣が刺さったまま、髭を生やした男は腰に下げていた手斧を左手で持ち、老兵の頭に叩きつけた。鈍い音が辺りに鳴り響き渡る。兜がひしゃげて頭蓋骨が砕け散り、右目が飛び出した老兵はその場に崩れ落ち絶命した。



 直ぐさま髭を生やした男は他の兵士に斬りかかろうとするが、再び矢が彼の胸を貫く。ゴボッという音とともに大量の血を吐き、両ひざをついた。


 もはや立ち上がることも出来ず、あとは死を待つだけの状況であったが、髭を生やした男は最後の力を振り絞って手斧をウェセックス王国の兵士達に投げつけた。



 手斧と盾がぶつかった金属音が虚しく響く。金属音の残響が消え、一瞬の静寂が戦場に訪れた。その静寂を破る不快な笑い声が髭を生やした男の口から漏れる。



「ふふ……ふふ、あはははははは」



 ウェセックス王国の兵士達は怪訝な表情を浮かべながら、不快な笑い声の発生源に近づく。



「この異教徒は気でも狂ったのか?」


「そりゃそうだろ。これから我々に抵抗もできず殺されるからな」


「我々の仲間がこいつらデーン人に殺されたんだ!じわじわと嬲り殺して笑えなくしてやろうぜ」



 兵士達は笑い続けている男に次々と剣を斬り付けていく。怒りに身を任せて斬り付ける者もいれば、わざと痛め付ける為に手や足を斬り付ける者もいた。斬り付ける度、血飛沫が宙に舞い、兵士達の身体を赤く染め上げる。



 血と汗の生臭いにおいが充満する中、両腕が斬り落とされて血を垂れ流しながらも髭を生やした男は未だに笑い続けている。


 その姿はまるで発狂しているように見えるが、髭を生やした男の眼は正気を失っておらず、むしろ力強く、希望に満ち溢れていた。



「あはは、ごほっ……ははは……これで、これで……ふふふ」



 髭を生やした男は血まみれの顔に満面の笑みを浮かべる。



「何で笑ってるんだ、何故この状況で笑っていられるんだ!」


「狂ってやがる。こいつは悪魔だ、神が使わした悪魔に違いない!」


「バカなことを言うな、単なる気が狂った異教徒だ! 嬲るのはやめてさっさと殺せ!」



 ウェセックス王国の兵士達が恐怖にかられながら何度も剣を斬り付け、髭を生やした男は前方に倒れ込む。



「こ……れで……ヴァルハラに……いけ……る……」



 髭を生やした男の意識は深い深い闇の底に堕ちていき、その言葉が髭を生やした男の人生最後の言葉になった。 


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