第1章 雪を待つ④

 自室にあるガラス張りのキャビネットを開けながら「ただいま」とつぶやく。そこには両親から誕生日に贈られたアンティークドールや、有名ドールメーカーのキャストドール、天使人形教室で作成した球体関節人形たちが、ずらりと並んでいる。触れずに、彼女たちの表情を確認する。

 人形と見つめ合っていると、その何も映していないようで何もかも映しているかのような透き通る瞳に、安心感を覚える。ガラスやプラスチックでできているドールアイは、わたしに対する感情を伝えてはこないから。息が詰まるような古風な学校での生活の中で、人形と共に過ごすときだけが、わたしにとって楽に呼吸ができる時間だった。

 しばらくして、わたしは長い髪のキャストドールに手を伸ばした。抱き上げるようにしてキャビネットから出すと、わたしは自室のベッドに腰かけて、膝の上に人形を乗せた。鈍色の制服のプリーツスカートが乱れる。人形を左手で支えながら、右手で髪を梳いていく。人形の、つるりとした人工的な髪の手触り。人間よりもずっと光沢のあるその黒髪をもてあそびながら、思い出すのは、柊木まりあの髪のしなやかさ。

「……どうして?」

 人形と向き合っているとき、人間のことを思い出すなんて、あり得なかったのに。

 膝の上にちょこんとお行儀よく座っている人形は、腰まであるまっすぐな黒髪で、セーラーカラーのワンピースドレスを身に着けている。白地に紺色のラインがアクセントになったそのお洋服は、漆黒の直毛と相まって、清楚さを一層際立てていた。セーラー服をモチーフにしていても、わたしが身に着けているものとは、似ても似つかない。あの美しい黒髪を持つひとにも、鈍色の制服よりもこのような衣装が似合うのではないだろうか――などと想像してしまって、わたしは、思わず口を片手で覆った。

「ねえ、わたし、おかしくなってしまったのかも」

 人形は何も答えない。

「もう来週が楽しみになってしまっているの」

 寮を訪ねるのは、お互いの都合を考慮して、毎週金曜日の放課後となった。柊木まりあはお茶やお琴やバイオリンなど「それらしい」習い事をしていたし、わたしも人形教室や学習塾に通っている。また水曜日は寮の監視が厳しいから避けた方が良いということや、点呼の時間帯も教えてもらった。寮生ではないのに、寮事情に詳しくなってしまって、どうするのだろう。

 けれど、そんな状況を心の底では楽しんでいる自分がいた。清廉たれという学校の教えに背くのは、これで二度目だった。一度目は人形教室で、二度目が今回。どちらも、人形に関係しているところが、いかにも、わたしらしいと思った。

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