第52話 自分の気持ち

「……先輩って言ったらどうしますか?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内には様々な考えが巡っていた。

 しかし、それは頭の中がぐちゃぐちゃになってしまったというわけではなく意外と冷静に物事を整理する事が出来ていた。


 水菜はこれまでバイト先では学校で根暗な俺ともなんの抵抗もなく関わってくれたし、結衣と別れるための手伝いもずっとしてくれた上に結衣を振ってからも弁当を作ってくれるなど献身的に、常に俺のそばにいてくれる存在だった。

 というか、よく考えてみると学校でろくに友達がいない俺からしてみれば誰よりも長く一緒にいたのが水菜なのかもしれない。


 なので俺からしてみると水菜は好きな人というよりは一緒にいるのが当たり前の人という感覚だ。

 逆に言ってみれば水菜がいなくなるなんて考えられない、という風にも捉える事が出来る。


 そんな水菜が他の男子生徒に告白されているのを見た時、俺は最初から、断れ‼︎ 断れ‼︎ と思っていた。


 断れ‼︎ と思うという事は水菜にその男子生徒と付き合ってほしくないということだ。

 なぜ付き合ってほしくないのかと考えると、その理由は二つ考えられる。


 まず考えられる理由としては親心的なものだ。


 水菜とはかなり親しくなれていると思っている。こっちが勝手にそう思っているだけなのかもしれないが、可愛い後輩が変な男の毒牙にやられてしまったらと思うと不安で不安で水菜には付き合ってほしくないと思う。

 それに、先程も言っていたがずっと一緒にいた後輩が俺のそばからいなくなるのは、子供がどこか遠くの地に旅立って行ってしまう時の親の気持ちに似ているのではないだろうか。


 そしてもう一つは俺が水菜の事を好きだというものだ。


 俺は水菜が一人目から告白された時も二人目から告白された時も、三人目から告白された時も頼むからイエスと返事をしないでくれ、頼むから付き合わないでくれと思っていた。

 そして水菜が男子生徒からの告白を断った時、俺は安堵したのだ。水菜が俺以外の男と付き合わなくてよかったと。


 それは水菜が他の男と付き合ってほしくないという嫉妬心にほかならない。


 以上の事を考えても、俺はきっと水菜の事が……。


 明言するのは恥ずかしいので控えるが、水菜からの問いかけには今の俺の正直な気持ちで応えよう。

 

「俺って言われたら嘘だろって思うな」


「嘘じゃないって言ったら?」




「…嘘じゃないって言われたら付き合うんじゃないか?」




「そうですか。付き合うんですか……」


「おう。多分付き合う」




「--付き合うんですか⁉︎」




 水菜は大きな声を上げた。


 水菜からの問いかけを受けて自分の考えをまとめた結果、俺はやはり水菜が好きなのだという結論に至った。


 そしてもう一つの結論、それは仮に俺が水菜に告白をして振られたとしても、俺たちの関係性は崩れないのではないだろうかというものだ。


 俺が水菜に告白して振られたパターンを脳内でシュミレーションしてみた。


『先輩って言ったらどうしますか?』


『俺って言われたら嘘だろって思うな』


『嘘じゃないって言ったら?』


『嘘じゃないって言われたら付き合うんじゃないか?』


『そうですか。でも私は好きじゃなので付き合うなんて事にはなりませんけど』


『そうか。じゃあ教室戻るか』


 水菜が俺のことを好きじゃなかったとしても、恐らくこうして何気なく会話が終わりバイト先で会えばいつも通り普通に会話をするし、学校で会ったとしてもいつも通り会話をする。


 そんな気がしたので俺は水菜に正直な思いを伝える事にした。


「おう。多分付き合う」


「え、どうしたんですか。それ私の方が嘘だろって思っちゃうやつなんですけど」


「どうしたもこうしたもない。俺が水菜を好きってだけだ」


「……え、ちょっと先輩それマジで言ってます?」


「マジだ。水菜はどうなんだ? さっき独り言で言ってた告白されたい人ってのは俺の事なのか?」


 あれほど悩んでいた俺が言うのも変な話だが、一度アクセルを踏んでしまえばそこからベタ踏みに出来るというか、まぁ要するにヤケってことだな。うん。なんかもうなんでも言えるわ。


「……先輩の事ですけど」


「じゃあ付き合う?」


「……はい。付き合います」


 結衣と付き合った時もそうだったが、意外と付き合う瞬間は呆気ないというか、思ったより冷静でいられるのはなぜなのだろう。


 何はともあれ水菜がどさくさ紛れに行った口実がきっかけで、俺と水菜は付き合う事になった。

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