第50話 水菜の人気
「水菜ちゃん‼︎ 俺と付き合ってください‼︎」
朝からとんでもないシーンを目にしてしまった。
学校に登校してきた俺は普段もより少し早めに学校に到着したため時間でも潰そうかと中庭に向かったところ、水菜と一人の冴えない男子生徒が二人で中庭にいるところを見つけてしまった。
結衣と水菜が話していたときもそうだがなんか俺、いっつも中庭で何か事件を目撃してるな……。
本当はあんまり盗み見るのも良くないかもしれないと思いながらも、朝の学校で男子生徒と女子生徒が人目に付きずらい場所で二人っきりで話をしているという事はなにかただならぬ話をしている可能性もあるし、水菜に危険が及ぶ可能性もある。
危険があるかもしれないと考える、と先輩として水菜の事を見守ってやるのは当たり前の事だった。
そう、先輩としてだ。俺は先輩として水菜の安全を確保してやらねばならない。
もしこのまま水菜があの男子生徒に襲われようものなら俺は颯爽と飛び出してヒーローのように水菜を救うだろう。もしかしたら俺の方がボコボコにされるかもしれないけど。
なんて事を冗談まじりで考えていた矢先、その男子生徒は唐突に水菜に告白をしたのだ。
俺も結衣の件で告白したされたという経験は豊富になってしまった訳だが、他人の告白を目の当たりにするのは初めてだった。
男子生徒が告白したという事は、もちろん水菜はその告白に対しての返事を述べなければならない訳だが、水菜はなんと返答するのだろうか。
水菜は俺と結衣が別れる事を手伝ってくれていたが、特に俺の事を好きという訳ではなかった。
というのも、本人から先輩として好きですと言われてしまっては恋愛対象ではありませんと言われているようなもの。
という事は、水菜には俺以外に好きな男がいてもなんら不思議ではないという事になる。
そうなれば水菜がこの告白に対してイエスと返事をする可能性もゼロではない訳だ。
……まさかイエスなんてあったりしないよな。
「あ、あの……」
あ、あの……?
「えっと……」
えっと……?
「気持ちは嬉しいけど、私他に好きな人がいるから。ごめんなさい」
ふううううぅぅぅぅぅぅ。
そりゃそうだよな。うん。そりゃそうだ。
水菜があんな冴えない男と付き合う訳がない。男子生徒はその返事を聞いてありがとうとだけ残しその場を去っていった。
あの男子生徒、中々勇気あるな。お疲れ。尊敬するわ。
てか水菜、さっき他に好きな人がいるって言って今の告白断ったよな?
水菜の好きな人か……。やはり同級生の誰かなのだろうか。それとも二年生か三年生の先輩の誰かとか……。
それかあの男子生徒を振るための嘘だって事もあり得る。中途半端に告白を断るより、そう言ってはっきり断った方がいいと聞いた事がある。
他に好きな人がいるというのが嘘か真実かってのは水菜に聞いてみなとわかんねぇな……。
「……はぁ。私が告白されたいのは別の人なんだけどなぁ」
水菜は俺の疑問を聞いていたかのようにその答えを独り言として口にしてくれた。
水菜が告白を断る口実として言っていた他に好きな人がいるというのは紛れもない真実だったようだ。
独り言であんな事を言うくらいなのでよっぽどそいつのことが好きなのだろう。
水菜からそこまで好かれるやつ……。
別に俺が水菜の事を好きという訳でもないのだが、水菜から好かれている奴の事を考えたら正直羨ましいなと思ってしまうのだった。
◇◆
昼休み、水菜から今日は予定があって弁当を作れないと言われた俺は購買でパンを買い、どこでそのパンを食べるか悩んでいた。
俺が坂井の見た目になってから一緒に昼飯を食べようと誘ってくる奴はやたらに多いが、気が休まらないし水菜と昼飯を食べているので俺はいつもその誘いを断っていた。
今日は水菜と飯を食べるわけではないが、やはり水菜以外の誰かと飯を食べるのは気を遣ってしまうし抵抗がある。
そう思った俺は今日も中庭に行って飯を食べることにした。水菜のいない一人の中庭で優雅にゆったりと弁当を食べると言うのも中々乙なものである。
そして中庭に到着して、俺は中庭に来た事を後悔した。
朝と同じく、また水菜と男子生徒が中庭に二人で立っていたのだ。
しかし、男子生徒は今朝水菜に告白をした冴えない男子生徒とは違う、長身で爽やかで見た目だけで頭脳明晰なのだと分かるような男子生徒だった。
なにこれ俺を中庭に来させないための作戦ですか。
そして俺はまたこのシーンを盗み見ていいものか葛藤し、結局覗き見ることにした。
朝も同じことを言ったがこれは先輩としての務めであって俺が個人的に水菜の恋路が気になると言う訳ではない。
「水菜さん。僕とお付き合いしてください‼︎」
いや、まぁ分かってはいたけどさ。やっぱり告白ですか一年生の中で告白って流行ってるんですか?
告白に流行りなんてあるはずがないか。これは水菜の一年生の中での人気を象徴しているのだ。
朝も告白され、昼も告白される。一日に二回告白されるなど誰もが経験できる事ではない。
これで放課後にも告白されようもんならもはや芸能人だよね。
それで、水菜はなんて返答するんだ?
仮にこいつが水菜の好きな人だというのであれば水菜はこの告白に対してイエスと返答するだろう。
水菜がこんなガリ勉男を好きになるはずがない。水菜ならこの告白を断るはずだ。
「あ、あの……」
あ、あの……?
「えっと……」
えっと……?
「私他に好きな人がいるので……。ごめんなさい」
ふううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ。
俺は今朝の告白を目撃した時よりも大きく息を吐いた。
水菜に好きな人がいると知ってしまっただけに、今回の告白では今朝の告白よりも水菜がイエスと答える可能性は高かった。
それだけに水菜が返答をする時は今朝よりもドキドキしてしまった。
そしてその男子生徒は潔く、その場を離れて帰っていった。
何はともあれ、水菜の返事に俺は安堵していた。
◇◆
一日に二度も告白される事は滅多に起きる事ではないが、一日に二度も同じ人が告白されたシーンを目撃してしまうというのは更に滅多に起きる事ではない。
運がいいやら悪いやら……。
中庭で朝と昼に告白を目撃した俺は用事はないが放課後も中庭へとやってきていた。
二度ある事は三度あると言うし、もしかしたら放課後にも水菜が中庭で告白を受けるのではないかと思ったからだ。
いや、流石に一日に三人から告白される事はないだろうと思ってはいるが、なぜか胸騒ぎがする。第六感とでも言うのだろうか。
一日に二人から告白されるという状況から、水菜の一年生の中での人気は絶大である事が窺える。
その人気を踏まえると、水菜がこうして告白を複数回受けているのは今日だけではないのだろう。
これまでも何人からも告白されて、その度告白を断っていると考えるのが妥当だ。
告白して振られる方も辛いが、告白されて振る方も恐らく辛いのではないだろうか。
せめて今日まさかの三人目って事だけは起こってほしくないが、俺の気持ちとは裏腹に中庭には水菜と一人の男子生徒がやったきた。
やっぱりか……。
なんか俺の勘ってこんな時だけよく当たるんだよな。
今度の男子生徒は柔道部でとても体格がいい。仮に水菜がこんなムキムキ男に無理やり行為を迫られたとしたら水菜は抵抗する事が出来ないだろう。
そんな時のために俺がいる。そう、本日三回目となるが、俺は決して個人的に水菜の恋路が気になっている訳ではない。
先輩として、水菜を守る必要があるのだ。特にあの体格のいい男はやばい。あれは男の俺でもやばい。多分太刀打ちできないだろうが、肉の壁になってやることくらいは出来る。
「水菜ちゃん、俺と付き合ってくれ」
え、なんなの? 一年生ってみんな勇者なの? なんでそんなに簡単に告白できんの? 精神系のバフとかあるなら俺にもかけてほしいんだけど。
頼む水菜。こんなムキムキマッチョの告白断ってくれっ。
「あ、あの……」
あ、あの……?
「えっと……」
えっと……?
「ごめんなさい。私、好きな人がいるのであなたとは付き合えません」
ふううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
こいつも水菜の好きな男ではなかったって事か。水菜が今日三回目の告白を断ったことで俺は安堵していた。
え、というかなんで俺安心してんの? 水菜がどんな男と付き合おうが水菜の勝手だし、俺が安堵する意味なくね?
しかも俺、この男子生徒が告白した瞬間頼むから振ってくれって思ったよな?
これってもしかして……。
「なんでだよ。俺のどこがいけないっていうんだ‼︎」
俺が考えまとめようとしていると、中庭から水菜に振られた男子生徒の怒号が聞こえてきた。
男子生徒の気持ちも分からんでもないが、好きな女の子に大声でそんな事を言ってしまっては逆に嫌われてしまうだけだ。
同情はするがそれ以上はやめとけよ。
「いや、あの、いけないというか他に好きな人が……」
「いけない訳じゃないなら俺と付き合えるよなぁ‼︎」
そう大声をあげて水菜に男子生徒が詰め寄る姿を見て俺は思わず物陰から飛び出していた。
そして水菜とその男子生徒の間に入って水菜と男子生徒の距離が近づかないようにする。
「もうやめとけ。怖がってるだろ」
「誰だよお前。邪魔だ」
「どくわけないだろ。バーカ」
「っこいつ‼︎」
そしてその男子生徒は俺に向かって手を振り上げる。
その時だった。
「ま、待ってください‼︎」
後ろから水菜が俺に抱きついてきたのだ。
え、なにこの状況。なんで抱きつかれたの?
しかし、結果的に水菜が俺に抱きついてきた事でその男子生徒が振り上げた手は俺の頬の直前で停止した。
「わ、私の好きな人ってこの人なんです。だから叩いたりしないでください」
「……ふん。そういう事かよ。なんかシラけたわ」
そう言って男子生徒はその場を立ち去っていった。
「すまん。助かった」
「助かったのは私の方です。すごく怖かったから……」
そう言って俺に抱きつく水菜の体は酷く震えていた。
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