第48話 悪い寝相

 無事先輩の部屋から抜け出した私は先輩にベッドで抱きつかれていたという状況に対しての言い訳を考えながらリビングは向かっている。

 いや、あんなシーンを目撃されたからには無事に先輩の部屋を抜け出したとは言えないだろう。


 階段を降りてリビングの扉の前に到着したが、先程先輩の部屋の扉を開けたときよりもこの扉は開けづらい。

 とはいえどれだけ躊躇していても仕方がないし、史織に早く言い訳をしたい気持ちもあったのであまり躊躇せずにリビングの扉を開けると、史織は優雅にコーヒーを飲んでいた。

 コーヒーを飲みながらリビングに入ってきた私に微笑んでいる。


 いや、あれはなんだったのって問いただされるのも確かに嫌だけど、何も言われずニコニコとこちらを見られているのも中々に気まずいな。


「おかえり。進歩したみたいでよかった」


「よ、よくない‼︎ ……って訳でもないと言えばないというか……」


 先輩の部屋から帰ってきた私を史織は我が子を見守る母親のような温かい笑顔で出迎えてくれた。


「あ、あの、あれは私から抱きついたんじゃなくて……」


「分かってる。史桜くんからでしょ?」


「え、分かるの?」


「うん。史桜くん、寝ると近くにいる人に抱きつく癖あるから」


 いやどんな癖だよ。とんだ女たらしじゃないか。


 まぁ史織が理解してくれているなら必死になって弁解する必要も無いしよかった。


 それにしても、私が先輩に抱きつかれていた状況を見ても史織が憤る事がないということは、やはり史織は私の事を応援してくれているのだろうか。


「史織はさ、応援してくれるの? 私のこと」


「もちろん。応援するよ」


「実のお兄ちゃんの事を友達が好きって嫌じゃないの?」


「嫌な訳ない。まぁそれが史桜くんに害になるような女の子なら話は別だけどね。私は最初から水菜の事を応援してたんだよ」


 最初っていつから? 私が先輩を好きになった時から? 史織は私が先輩を好きだとどのタイミングで気付いたのだろうか。

 言葉の綾なのだろうが、私が先輩を好きになった時から知っていたのだとしたら……。やっぱり史織超能力者か何かでしょうか怖い。

 

「そ、そうなんだ……」


「私が何もしなくても水菜と史桜くんが上手くいきそうなら何も手出しはするつもりが無かったんだけどね。中々上手くいってなさそうだったから」


 史織には自分自身以外の恋愛に手出しをしたくないというポリシーのようなものがあったのだろう。

 それは私の一人で成し遂げたいという思考とマッチしているしありがたい考え方だ。


「あ、ありがと……」


「うん。私にとっては一石二鳥だから。お兄ちゃんに良い相手が見つかって、水菜が私の家族になるなんて考えただけで最高だよ。……グヘヘ」


「え、今なんか史織から絶対に聞こえないはずの汚い笑い声が聞こえてきた気がするんだけど⁉︎」


「気のせい。私がそんな下品な笑い方をする訳がない」


 な、なんだろう。ここまでしっかり否定されると自分の耳を疑ってしまうな。

 まぁ史織があんな風に笑う訳ないし、空耳か何かだろう。


「じゃあ私の空耳か。史織の手を借りないでも先輩と付き合えるように頑張るね」


「うん。何かあれば言って。私から無用な手出しはしないようにするけど、言ってくれれば協力はするから」


 こうして私は心強い味方を手に入れ、勉強のキリがいいところでに先輩の家からお暇したのだった。




 ◇◆




「ふぁ〜おはよ」


「もう夜だけどね。おはよ史桜くん」


 リビングに史織と水菜がいるという状況で俺は自分の部屋から出る事が出来なかった。

 そうなると、自分の部屋にある漫画を読んだりゲームをしたりするしかないので、自分の部屋にこもっていたのだがいつのまにか眠りについていたようだ。


「あれ、もう水菜は帰ったのか」


「うん。勉強もある程度進んだしもう時間も遅かったから」


「そっか。俺また寝てる時に抱きつく癖発動してただろ。朧げに史織に抱きついてた記憶はあるんだけど何せ寝てるからあんまり覚えてなくてな」


「うん。しっかり抱きついてたよ。水菜に」


「そっか。本当ごめん……。え、今なんて言った⁉︎」


 史織は俺が抱きついていたと言った後に、小さな声で水菜と言った気がした。

 いや、まさか俺が水菜に抱きつくはずがない。というか水菜が俺の部屋にいるはずがない。


「しっかり抱きついてたよって。水菜に」


「しっかり抱きついてた⁉︎ 水菜に⁉︎」


 小さな声ではあるが、やはり史織は俺が水菜に抱きついていたと言っている。


「いや待て、水菜が俺の部屋にいる訳がないだろ?」


「コーヒー持ってってもらったの。お兄ちゃんが寝てると思ってなかったから」


「そういう事か……」


 俺はどうやら無意識に水菜に抱きついてしまっていたようだった。

 過ぎてしまった事を後悔しても仕方がないが、次に学校で会う時どんな顔して水菜と会えってんだよ……。


「その話、俺が知ってるって事は水菜には言わないでくれよ」


「分かってる。そんなことしたら史桜くん、恥ずかしくて水菜と話せなくなっちゃうもんね」


 俺がこの事実を知っているか知らないかだけで状況は大きく変わってくる。

 知らないという体で話せば知らぬ存ぜぬで何食わぬ顔をして水菜と会話をする事も可能だろう。


 寝ていたはずなのに俺には水菜に抱きついていた感触がなんとなく残っており、その艶かしさを感じながら俺はまた眠りについた。

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