第16話 初デート

 仁泉とのデート当日、待ち合わせをしていた俺は駅前のロータリーで仁泉が来るのを待っていた。

 今日のデートで仁泉を振るとはいえ、デートである事に変わりは無い。男の俺が仁泉より後に来る事があってはならないと三十分程前からここで待機している。

 振ると宣言しておきながら今日のデートを楽しみにしている自分がいるなんて真野には口が裂けても言えないな……。


 今日は仁泉と駅からバスで二十分程の場所にある複合商業施設仁行く予定だが、よく考えてみると態々デートなどしなくてもラインや電話で早々に別れを告げた方がよかったのではないだろうか。一回でもデートをしてしまえば余計に別れを告げづらくなってしまう。


 まぁ流石にデートを一回もせずにラインで急に振るのは無理があるか。何にせよ今更考えてももう遅い。ここまで来たら腹を括るしかない。


 そう覚悟を決めた瞬間、待ち合わせ場所に仁泉が到着し俺に声をかけて来た。


「お待たせー。ごめんね、ちょっと遅れちゃった」


 腹を括った俺にやってくる重めのジャブ。車にでも轢かれたのではないだろうかというその衝撃に俺は「オケ」と返事する事しか出来ず思わず後退りした。

 仁泉は俺好みのワンピース姿でデートにやってきたのだ。パステルカラーのカラフルなワンピースは俺の好みど真ん中。くぅ、眩しすぎんぜ仁泉さんよ。直視出来ないぜ(ガン見)。


 仁泉の可愛さに慣れる時間も与えられないうちにバスが到着し、バスの扉が開く。初デートの始まりだ。

 俺は大きく息を吸い、「よしっ」と小さく意気込みバスに乗り込んだ。


「初めてのデートだね」


「お、おう。そうだな」


 やめてくれ、そんな可愛い笑顔で俺を見ないで。


 覚悟はしていたがこのデート、俺が仁泉を振らないための材料が増えていくだけの地獄デートなんだよなぁ。仁泉を振ると決めた俺には地獄以外の何者でもない。まぁ天国でもあるんだけどね。マジで疲れる。


 それに、榊だと気がつかれないために若干声を低くして話しているのがかなりきつい。ふとした瞬間に一度でも地声を出せば仁泉に俺が坂井ではなく榊だと気が付かれる可能性があるので緊張の糸をほぐす訳にはいかなかった。


「デートなんて殆どしたことないから何したらいいか悩むんだけど、何したらいいかな?」


 「ほとんど」と言うことは少しはデートをした事があると言う事だ。その少しのデートの中に俺とのカフェでのデートは含まれているのだろうか……。


「まぁ普通にお店見て回って飯食べて、楽しく会話してればデートになるんじゃないか」


 そんな事を話しながらバスに揺られる事二十分、今日の目的地に到着し、俺たちは席を立った。


「いいよ、これくらい俺が払うから」


 今日は俺と仁泉の最初で最後のデートなのだ。厳密には最初ではないが、こんな時にバイトをして溜め込んだお金を使わなくていつ使えってんだ。今が使い時である。


「え、そんなの申し訳ないし自分で払うよ」


「いや、バイトで結構貯め込んでるし任せてくれ」


「それでもダメ。自分の分は自分で払うから」


 流石仁泉、男に奢られる事が当たり前だと考えている女性が世の中に五万といる中で、乗車賃を自分で払うと言ってのけたのだ。社交辞令的にそう言う女性もいるだろうが、仁泉はおそらく本気で自分で払うと言っている。


 でも今回は俺が払うから。今回しか仁泉に金を積むチャンスは無いのだから。おい積むとか言うなよ人気アイドルかて。


「いやいや、最初のデートなんだから俺に払わせてくれ」


「ありがと、でも気持ちだけ貰っておくね。本当に大丈夫だから」


 やだ、よく出来た彼女っ。ここは普通の女子なら奢られるところだよ。こんな子が本当に俺の彼女だったらいいのに……。一時期は本当に俺の彼女だったんだけどなぁ。結局仁泉は自分の分の乗車賃を払いバスを降りた。


「よし、到着‼︎ 今日は楽しもうね」


「……そうだな」


 いまいち気が乗らないが、俺と仁泉の最初で最後のデート、楽しまなきゃ損だろう。




 ◇◆




 「腹減ったな」


「私も減って来た。お昼ご飯食べる?」


「そうするか」


 二時間程ショッピングを続けた俺たちは歩き疲れて腹を空かせていた。ここには多くの飲食店があるが、食に疎い俺は何かを腹に入れられればいいと思っている。

 最近は毎日真野の弁当を毎日食べていたので何が食べたいかと聞かれれば真野の弁当が食べたいと言うかもしれない。あー、真野の弁当の事考えてたら余計腹減って来た。


「あ、そういえば向こうに芝生の公園があるみたいだからちょっとお昼前に寄って行かない?」


「え、別にいいけど」


 なぜ芝生の公園に行きたがるのかは分からないが、デートで公園を歩き回るのは定番だし断る理由は無い。俺は仁泉に言われるがまま公園に向かう事にした。


 芝生の公園ではポツポツと遊んでいる人や弁当を食べている人が見受けられた。


「じゃあ私たちも食べよっか」


「え、何も買って来てないけど。なんか外に持ってこれるもん買いに行くか?」


「迷惑かもしれないんだけど、……お弁当作って来たの」


 え、弁当ですか。なんだかすごーくデジャヴなんですけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る