第19話 仁泉の思惑
土曜日は仁泉と遊び、日曜日は真野に呼び出されるという激動の土日を終えた俺は疲労困憊。学校を休む事も検討したが欠席は評価にも関わってくるのでモンエナを補給してなんとか登校してきた。
教室に到着した俺は自ら先生にお願いして変わった一番前の自分の席に座り机に突っ伏している。
仁泉を振ろうと決心したにも関わらず、振る事が出来なかった俺の固い決意は一旦途切れてしまっている。しばらくは仁泉を振ろうと思えないかもしれないなぁ。
とはいえ、いつかは仁泉を振らなければならないのだから早めに振ったほうがいいという事も頭では理解している。しかし、今の疲弊した心のままでは行動を起こすのは難しそうだ。
何にせよ、仁泉を振れなくて一番困るのは俺自身だからな。自分で自分の首を絞める事になるとは思わなかったが、早く仁泉を振らなければ。
いや、逆に言えば仁泉を振れないで困るのって俺だけじゃないか? 真野はやたらと俺を気にかけてくれているが、俺が仁泉と別れないからといって真野に迷惑をかける事は無いのではないだろうか。
それならなぜ真野は……。
「どうしたの? 疲れてる?」
「そりゃもう。疲れ死にそうだ……って仁泉⁉︎」
机に突っ伏していた俺は予期せぬ仁泉からの質問に驚き、机を揺らしてガタンッと大きな音を立てながら起き上がった。
「ご、ごめん。そんなに驚くと思わなかった」
いや驚くだろ。これ俺が仁泉と別れた後のファーストコンタクトだよ? 逆になんで今更普通に話しかけて来てんの怖いんだけど。え、もしかしてこれがファーストコンタクトだって気が付いてない?
いや、そんな事もある訳がないし……。
--もしかして俺が坂井だってバレた⁉︎
いや、それはないか。仁泉は外見で榊と坂井の区別が付いていないし、尻尾を見せないように気を付けて行動してきたつもりだ。仁泉に俺が坂井だと気が付かれたとは考えにくい。
「いや、ちょっと気を抜いてたから。まさか仁泉から話しかけてくると思わなかったし」
なぜ仁泉が俺に声をかけて来たのかは分からないが、ここで狼狽える訳にはいかない。毅然とした態度で会話をしなければ。もうかなり狼狽えてるけど。
「へぇーそっか」
「どうした?」
「もう結衣って名前で呼んでくれないんだ」
「あ、そ、それはいや、だって、俺たちもう別れてるし、な、馴れ馴れしくするのも、ち、違うかなと思いまして」
いや狼狽すぎだろ俺。目の前に大ファンのアイドルが出て来た時くらい狼狽えてるぞこれ。でも俺からしたら仁泉ってアイドルみたいなもんだからいいのかよしもっと狼狽えよう。
ってか別れたのに仁泉の事を下の名前で呼べってか? 罰ゲームか何かですか?
「そんなに緊張しなくても良いのに。私はこれからもずっと名前で史桜くんって呼ぶし、史桜くんから結衣って名前で呼ばれても馴れ馴れしいだなんて思わないよ」
仁泉は坂井の事が好きなはずだ。それは土曜日のデートからも伺える。それなのになぜ別れを告げた俺に話しかけてくれているのだろうか。
そりゃ俺からしたら仁泉と話せるのは嬉しいけどさ。それじゃまた好きになっちゃうって。絶対に仁泉の事は下の名前で呼ばないからな‼︎
「……そ、それならまた……結衣って呼ぶわ」
はい出ましたチキン史桜ですどうも。いやー、ここまでチキンな男って他にいるかね。仁泉の圧に簡単に押し負けてしまった。
「うん。そうしてくれると嬉しいな」
嬉しいってなんだよ。榊を振って坂井の方を取ったくせに、なんでそんなことを今更言ってくるんだよ。
俺は坂井と比べればカッコよくもないし地味な陰キャだ。もう二度と関わらない方がお互いのためだったはずなのに……。
ダメだ、こうなるとまたウジウジと悩む事になる。こうなったら仁泉に直接なぜ俺に話しかけてきたのかを訊いてやろう。
「仁泉って今は前言ってた人と付き合ってるんだろ?」
「うん。そうだよ」
「それならなんで俺に声をかけて……」
俺が確信に迫ろうとした瞬間、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
「あ、もう授業始まるから行くねっ。疲れてるからって居眠りしちゃダメだよー」
仁泉は手を振りながら笑顔で自分の席へと帰って行った。タイミング悪すぎだろ……。
え、てか俺本当仁泉の事結衣って呼ぶのか?
口が滑っても真野の前では仁泉の事を結衣とは呼ばないな。真野の前で結衣って呼んだ日には俺、もうこの世にいないかもしれない。
結局仁泉が俺に声をかけてきた理由は分からず、その後も俺は悶々とした時間を過ごしていた。
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