夕陽に誘われて

OKAKI

第1話

 平凡な日常が壊れる時ってのは、案外平凡な日常の中に潜んでるのかもしれない。




 全てが新鮮だった1学期。楽しい夏休みを経て、2学期最大のお祭り騒ぎ、文化祭も先週終わってしまった。残るは平凡でつまらない日常のみ。

「おーっす」

 すっかり馴染んだ教室に足を踏み入れ、微妙な違和感を感じる。教室内の空気がおかしい。明るい会話に花を咲かせる女子グループ、朝のけだるさなんか知らない元気が有り余ってる男子グループ、その他幾つものグループに分かれて話をしている光景は変わらないのに、空気が違う。誰もがひそひそと声を潜め、どこか落ち着かない。

「おい、岩田」

 異様な雰囲気を不思議に思いながら自分の席に向かっていると、同じ写真部でよくつるむ加藤が駆けよって来た。

「おっす加藤」

「なあ、お前、知ってるか?」

「知ってるって、何を?」

 ずいと顔を寄せて来る加藤に、俺は少し身を引きながら尋ねる。すると加藤は、俺が身を引いた分さらに顔を近付け、声を潜ませて言った。


「昨日、3年の清水先輩が、死んだ」




 清水先輩は、この学校で一番の有名人。才色兼備の生徒会副会長。気さくな人柄で性格も良い、誰もが認める学校のマドンナ。雲の上の存在。1年で何の取り柄もない俺とは、目も合わすこともないだろうと思っていたその人と、俺は1度だけ、話しをしたことがある。


 先週の文化祭初日。俺の所属する写真部は、写真展を行った。1年の俺達も、自分で撮った写真の中から幾つか展示させて貰った。3学年合わせて40点はあったと思う写真の中で、何故か清水先輩は、俺が撮った写真に見入っていた。

「あれ、清水先輩だよな?」

「あ、うん……」

 腰まで届く艶のある長い黒髪、プリーツスカートの下から覗くスラリとした細い足。あんな綺麗な後ろ姿の女生徒、清水先輩以外ありえない。

「なあなあ、声かけてみろよ」

「いや、だって……」

「何言ってんだ! こんな機会、もう2度とないぞ!」

 確かに。

 学年も違う何の接点もない高嶺の花が、こんな所に降りて来てくれることなんか、もうないだろう。

 俺は意を決して、清水先輩に声をかけた。

「あの、その写真……気に入ったんですか?」

「君が撮ったの?」

 清水先輩が、振り返って俺を見る。

 透けるような白い肌、大きくて少し吊り目勝ちの漆黒の瞳に、俺は呆然と見惚れてしまった。

「えっと……違うの?」

 可愛らしく小首を傾げ、鈴を振るような澄んだ声で再度尋ねられ、俺は慌てて口を開く。

「いえ、違いません! 俺が、夏休みのキャンプで撮った写真です!」

 山の間に沈んでいく夕陽の写真。暗い山々と対照的に、夕陽の赤に染められ輝く空がすごく綺麗だと思って、シャッターを切った。

「これ、俺の一番の自信作なんすよ! 清水先輩に気に入って貰えて、嬉しいっす!」

 俺が話してる間も、清水先輩は写真に見入っていた。少し気が大きくなって、先輩の端正な横顔に向かって興奮気味に話していると、ふいに先輩が口を開いた。

「とても綺麗。空を飛びたくなるほどに」

「は?」

 先輩は、写真から目を離さず、言葉を続ける。

「私ね、昔から綺麗な夕陽を見ると、夕陽に向かって飛びたくなるの」

「はあ……」

 なんて答えたらいいか分からず間抜けな声を出すと、先輩はゆっくりと俺を振り返る。

「おかしいでしょ?」

「いいえ! おかしくないっす!」

 正直、先輩が何を言っているのか分からない。夕陽と空を飛ぶことが全く繋がらない。だけど、先輩の機嫌を損ねたくなくて力いっぱい先輩の言葉を肯定すると、先輩は楽しそうに俺に笑いかけて言った。

「なら、君も気を付けてね。夕陽に誘われないように」

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