時の修理屋
江戸文 灰斗
少年
夜が目を覚ましてからが私の仕事の始まりだ。
ここには何人もの人が自分の時間を取り戻しに来る。おっとお客さんが来たようだ。
「こんばんは」
「いらっしゃい」
今日はちょっと気の弱そうな少年が入ってきた。小さな子供は珍しい。
「あ、この時計なんですけど・・・」
少年が私に差し出したのは小さな懐中時計だった。しかしそれは少年が持つにはあまりにも高価そうな時計だった。
「なあ、兄ちゃん。その時計お前のか」
そういうと少年は首をふるふると振った。
「お父ちゃんの時計なんだ」
「そうか」
父親の時計か。少年はどこか悲しそうな顔をしている。大方父親は死んだのだろう。
「原則記憶を見せるのは本人だけだと決めているのだが」
少年はもっと悲しそうな顔を見せた。仕方ない、私は重い腰をあげた。
「ついてこい」
「いいんですか!?」
少年は輝くような明るい表情になって私の後に着いてきた。
私の仕事場に子供が来たのは初めてだ。私が時計を受け取り作業をしているのをとても興味深そうに見ていた。私にはその視線が眩しくてあまり集中出来なかった。
「できたがこれから見せるのはお前にとって悲しいものかもしれない。もしかしたらもっと辛いものかもしれない。それでもいいのか?戻るなら今しかないぞ」
私は脅すように少年には言ったが覚悟は最初から決まっていたかのようにすぐに返事をした。
「大丈夫です。お願いします」
俺は懐中時計の竜頭を押した。
カチッと音が鳴り目の前に映像が流れた。私は慣れているが少年はとても驚いていた。この仕事のあまり好きではないところだ。当人はだいたいどんな映像が流れるのか見当が着くが私には初めてのものだ。他人の人生に興味はないので見ていて少し気持ち悪い。
映像は戦争のようだった。この男が少年の父親だろう。もう傷だらけで今にも倒れてしまいそうだ。大砲や鉄砲がバンバン撃たれている場面は気の弱い少年にとってはショッキングかと思って見たが少年は映像をしっかりと見ていた。
そして終盤ついに男は腹を撃たれ倒れてしまった。しかし周りの人々は男には目もくれず敵へ突っ込んでいった。
男は傷口を押さえて話し出した。
『俺はもう死ぬのか。それならもう一度会いたかったなぁ。会えなくてもこの遺言を聞いて欲しい。なあ翔太、お前は気が弱いのが良くないところだ。でもそれはいいところに変えられるんだ。気が弱いのは周りの変化に人一倍気づいてやれるってことだ。翔太にはいいところがたくさんあるから人を喜ばせろ。そしてあの世からでもわかるくらいのことをしろ。俺はいつまでもお前のそばにいるから安心して胸を張れ』
そして天に拳を掲げて力尽きたところで映像は止まった。
私は少年の方を向いた。
「これで良かったのか?」
少年は力強く頷いて言った。
「はい。お父ちゃんの最後の言葉を聞けて良かったです。ありがとうございました」
少年は店の扉を開けた。入ってきた時とは顔つきが大きく変わっていた。これだから他人の人生を見せるのは嫌なんだ。よくも悪くも見た人の人生を変えちまう。
私は扉を閉じて次の客を待つ。次はどんな記憶なのだろうか。
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