ゴールデンウィークと書いて稼ぎと読め~黄龍飯店奮戦記~
結佳
第1話・厨房にて
その朝、数十人に及ぶ自分の部下を前に、真っ白なコックコートに袖を通した谷原は、体に見合う声量で調理場を震わせた。
「準備はいいかぁ、野郎どもぉ!」
「オオォ!」
白い戦闘服、もとい、谷原と同じようなコックコートに身を包んだその集団は血走った目で谷原に応じる。
ここは飯店の四階にある厨房だ。谷原はここのボスで料理長である。彼の前に集まっているのは朝の賄いを食べ終え、戦に臨む準備を済ませた、この調理場の精鋭たちである。
「今日の予約、きっちり確認しただろうなァ!?」
「オオォ!!」
男ばかりのむさ苦しく暑苦しい中で、唸り声のような声は更に部屋の温度を上げる要因となっている。
「板、がっつり切りあげてます!」
「デシャップ、宴会準備万端ッス!」
野菜などを切る仕込みを担当している太眉の男達が声を上げる。切れ長の目で、蛇のようにしなやかな体つきをしているデシャップ担当者達は、厨房の花形の支援をする心意気を見せた。
「かかって来いやァア!!」
飯店の誇る、厨房の花形…長年の鍋振りのおかげで逞しい二の腕を持つひと際大きな男達が、自分達への支援を表明してくれたお返し、とばかりに厨房の床をびりびり言わせる気合を放った。
燃えたぎる精鋭達の声を満足そうに聞いていた谷原だったが、あまり声を出していなさそうな一団に気付くと、その濃い眉根を寄せて般若のような顔になった。
「おうコラ、てめぇらきっちり仕事済ませてきてんだろうなあ?」
谷原の地を這うような低い声にも驚かず、その中の細面の男達はきりっとその顎を頷かせる。
「前菜、当たり前です」
前菜部隊の空気は他と比べれば静かだが、その目は狼のようにぎらついている。谷原はそうか、と言うとその隣で見つからないようにこそこそしているような一団に鋭い目を向けた。
「点心!声出せぇ!」
「はっ、はい!」
竦み上がってひっくり返った声を出したのは少ない点心部隊を率いるまだまだ年若い青年、長谷部だ。まだ、つい最近リーダーになったばかり。自信の無さが伺える。
谷原はつかつかと長谷部の傍に歩み寄ると、ずいと長谷部の顔を覗き込んだ。
ひょろりとした体型の長谷部と比べると、巨大とも言える谷原が目を剝いて距離を縮める様は、まるで人間がグリズリーに襲われかかっているような光景だ。
「!!てめえ、きちっと返事しろや!」
「は、はいっ」
「出来んのか?」
「はい!」
「声が小せえ!!」
「ハイ!!」
悲鳴に近い声だったが、谷原の目を見て言った長谷部に、谷原はその大きな手で肩を叩く。
「落ちつきゃてめえは仕事が出来んだよ。しっかりやれ」
急に人情味あふれる声音で言った谷原に、長谷部はこくこくと何度も頷いた。
そして最後に、谷原は精鋭達から合間を空けた後ろで小さくなっている数人に目を向ける。
「新入りどもォ!」
「はいっ!」
先輩達から返事だけはきっちりしておけ、と指導を受けている新人たちは谷原に怯えている顔色は隠せないまま、それでも大声で返事をする。
綺麗な目をした年若い、見習い達である。谷原はけれど優しい表情にもならず、一層厳しい顔つきで新人たちを見まわした。
「てめぇらはこいつらの言う事聞いて、ひたすら動け!モタモタしてっと蹴りあげっからな!?」
「はいっ!!」
こいつら、と精鋭達を示して言う谷原に、ひたすら威勢よく返事をする見習い達。
谷原はそれ以上何も言わず、一番最初に立っていた位置に戻ると、頭上の壁時計を見上げた。
11時25分。
耳に着けた役員用のインカムからは、営業開始五分前であること、店の前には行列が出来ていて、すでにどの席にどの客を案内するかということが聞こえている。
谷原は背筋を伸ばすと、これから共に戦場を駆ける部下達をぐるりと見渡した。
「営業五分前だァ!覚悟は良いな!?最後の準備にとりかかれ、野郎共ォオ!!」
「オオォ!!!」
ボスの一声に、精鋭達は自分達の持ち場に戻り、最終確認に入った。燃えたぎる厨房の中は、真夏の様に暑い。
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