Episode 9-2 墜ちた星

 又三郎は、教会の応接室でイザベラ達三人と向き合っていた。


 ティナは又三郎達の話にしきりと同席したがったが、今は泣く泣く裏庭で洗濯に勤しんでいる。おそらくは、ロルフとシャーリィに対する憧れが相当強いのだろう。自分の仕事をティナに肩代わりさせたことに、又三郎は少し後ろめたさを感じた。


「ほほう、こりゃまた大した別嬪べっぴんさんだな。マタサブロウ、お前の奥さんか?」


 紅茶を淹れて運んできたナタリーを見たロルフの第一声で、ナタリーは耳まで赤くなった。すかさずシャーリィの肘鉄がロルフの脇腹に入り、ロルフは軽く息を詰まらせる。


「あの、マタさん……こちらの皆様方は?」


 客人と又三郎の前に紅茶を置いたナタリーが、小さく首を傾げた。彼女の目が、特にシャーリィに釘付けになっているように見えた。


「冒険者ギルドのイザベラ殿に、ロルフ殿とシャーリィ殿だ。ロルフ殿とシャーリィ殿は、街でも有名な冒険者なのだそうだ」


 又三郎の紹介に、イザベラは静かに頭を下げ、ロルフは曖昧な笑みを浮かべ、シャーリィはにこやかに笑って会釈した。


「皆さん初めまして、この教会を預かっているナタリーと申します。平素はマタさんが色々とお世話になっているようで」


 ナタリーが会釈をすると、ロルフが頭に手をやって笑った。


「いやいや、イザベラはともかく、俺達二人は何度かマタサブロウと顔を合わせたことがあるってだけで」


「もう、ロルフったら何度も同じことを言わせないで。話はイザベラさんに任せて、ちょっと黙ってなさい」


 そう言ってロルフの頬をつねったシャーリィの様子に、ナタリーはついつられて笑ってしまった。ややあって流石に気まずくなったのか、ナタリーはそそくさとその場を去ろうとしたが、又三郎がそれを引き留めた。


「実はイザベラ殿から、それがしに直接頼みたい仕事があるということで、このたび足を運んでいただいたそうでな。もし差し支えがなければ、ナタリー殿にもぜひご同席を願いたい」


 又三郎にそう言われて、ナタリーはおずおずと盆をテーブルの端に置くと、又三郎の隣に並んで腰かけた。


「ではイザベラ殿、早速だが話を聞かせていただこう」


 それまで静かに座っていたイザベラが、小さく頷いた。


「今回マタサブロウさんにお願いしたいのは、小鬼ゴブリンの駆除の依頼を受けたまま帰ってこない冒険者一行パーティーの救助です」


 イザベラの言葉に、又三郎が首を捻った。


「救助とは、一体どういうことだろうか? それに、小鬼とは?」


「おいおい、冒険者をやってて小鬼を知らないってお前……って、いてててっ!」


 シャーリィが無言で相方の太ももをつねり上げ、ロルフは小さな悲鳴を上げた。そのやり取りを横目で見ていたイザベラが、小さく苦笑しながら続けた。


「小鬼は時々、人里の周辺に現れては色々と悪さをする下級の魔物なのですが、つい先日、モーファの街から半日とかからない場所にある村で、小鬼による被害が発生しまして」


「ふむ……魔物、とな」


 以前にティナから少しだけ、魔物に関する話を聞いたことがあった。又三郎は直接魔物を目にしたことはなかったが、そういったあやかしたぐいの生き物がこの世界には存在する、ということだけは理解していた。


「はい。その村の長から我々ギルドへ、小鬼の駆除の依頼が寄せられ、とある冒険者一行にその対応をお願いしたのですが……それからもう一週間がたつのですが、彼らから何の音沙汰も無いのです」


 そう口にするイザベラの表情は、いささか沈痛そうな面持ちだった。


「その小鬼達がねぐらとしている場所は、村の方達もご存じだったので、通常であればおそらく五日とかからず、依頼達成の報告が寄せられるはずなのですが」


「つまりは、その連中が可能性が高い、と?」


 又三郎の言葉に、イザベラが静かに頷いた。


「今回その依頼をお願いしたのは、マタサブロウさんと同じ星二つ持ちの冒険者の皆さんでした。我々ギルドと致しましても、この事態を放置しておくことは出来ず……まずは状況の確認と依頼の達成、そして場合によっては先に依頼を受けて下さった皆さんの救助を急がなければなりません」


「で、ギルドにしてみれば、同じような格付けの連中を差し向けて二次被害を増やすって訳にもいかず、たまたま暇を持て余していた俺達にそのお鉢が回ってきたんだがな」


 再びロルフが、横から口を挟んできた。シャーリィはもはや諦めたのか、そっぽを向いて不干渉を決め込んでいた。


「俺達にその仕事をやれっていうんなら、最低でもメンバーが三人必要だって言ったんだがなぁ。ギルドの方じゃ、流石にそれだけの人数を雇う金は出せないと来たもんだ」


 余りにもあけすけなロルフの物言いに、イザベラが思わず苦笑した。


「私個人としては、ロルフさんの言われることも分からなくはなかったのですが……私共の上司ハモンドが、それでは赤字がかさむ一方だと申しまして」


 村からの依頼は未だ達成されておらず、その依頼を受けた冒険者達の救助のためにより高位の冒険者を雇わなくてはならないとなると、本来得られるはずだった冒険者ギルド側の手数料と、依頼の達成及び救助活動に必要な経費との差し引きでは、どうしても赤字を免れることができないのだろう。


「で、ハモンドの旦那がその折衷案としてマタサブロウ、お前が俺達と一緒に行くのはどうだろうかって言い出しやがってな」


 ロルフの言葉に、又三郎は思わず苦虫を噛み潰したような顔になった。名指しで頼られること自体はそれほど悪い気がしないが、どうしてこうも面倒臭そうな話ばかりを持ち込まれるのか。


「それでまあ、俺とシャーリィにしても、正直お前さんの腕前がどれほどのものか分からないもんでな。お前さんに今回の依頼を受けてくれる気があるっていうんなら、一度その腕前を確認させてもらうために、イザベラと一緒にここへ邪魔したって訳さ」


「ひとまず此度こたびの用件の内容は、おおむね理解した。その上でいくつか尋ねたいことがある」


 そういうと、又三郎は腕を胸の前で組んだ。


「まず、今回の一件でギルドからの依頼を受けるのが、ロルフ殿とシャーリィ殿である理由は何か? そなたたちの仲間は、確か六人いただろう」


 又三郎の問いに、ロルフが左右を見渡したが、イザベラもシャーリィも揃って沈黙を守っている。


 ややあって、ロルフがナタリーの方を見ながら、口ごもるように答えた。


「その辺は、まぁそうだな……まず小鬼共を退治する役を俺が受け持って、もう一人のメンバーには、おそらく女手が必要になるからだ。それにシャーリィは、そこいらの連中よりも腕は立つし、様々な精霊の力を扱うことも出来る。それ以上の話は、今この場では言えん」


 又三郎は少しの間、ロルフをじっと見ていたが、それ以上の回答が得られそうにないと判断して、今度はイザベラに向き直った。


「では、次の質問だ。此度のこの依頼、それがしに断るという選択肢はあるのだろうか」


 イザベラは形の良い顎に手をあて、ややあってから答えた。


「どうしてもお引き受けいただけないということであれば、止むを得ませんね。ただし、今回の件でロルフさん達の要求を満たせる三人目の方を他に選び出すのは、非常に困難だと思われます」


「ふむ」


「ただ、流石にロルフさん達と同額の報酬をお支払いすることは出来ませんが、マタサブロウさんにとって、それなりに好条件の報酬をお支払いすることは可能です。ロルフさん達のお手伝いとして三日ほどお二人に同行していただいて、金貨二枚でいかがでしょうか?」


 イザベラからの提案を元に、又三郎は頭の中で素早く計算をしてみた。又三郎が時々こなしているモーファの街での人足仕事が、一日働いて銀貨二枚。数日の間、星四つ持ちの冒険者二人の手伝いをする程度の仕事で、その十倍の額が稼げるというのは、それほど悪い話ではない。これからの生活のことを考えると、金はいくらあっても困るものではなかった。


 最後に又三郎は、隣に座っていたナタリーに尋ねた。


「ナタリー殿は、此度の話を聞いてどう思われる?」


 それまでじっと聞き役に徹していたナタリーは、突然話を振られて少し驚いた表情を見せたが、ややあって慎重に言葉を選ぶように言った。


「今回のお話では、人を殺すなどといったような内容でもありませんし、むしろ人助けをお願いされているのですから、その点については特に反対する理由はありません」


 そこで言葉を区切ったナタリーは、不安そうな目で続けた。


「ですが、私としては、やっぱりマタさんの身の安全が心配です……イザベラさんの上司の方が、マタさんのことを評価して下さっているのは分かりますが」


 そう言って目を伏せたナタリーに、ロルフがニヤリと笑った。


「何、その辺りの見極めは、この話の後でしっかりとさせて貰うさ。お互いにこれは無理だと思ったら、今回の話は忘れてもらっていいぜ」

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