百と一日の涙

隣 蒼

第1話 期待の色

 これは、果てなく続く時空を超えた冒険の旅の、ほんの一幕………


 その日アルドは久しぶりにIDAスクールを訪れていた。

「ここに来るのもずいぶん久しぶりな気がするな…、イスカから手伝ってほしいことがあるって言われてきたけど、あのイスカが手伝いをお願いしてくるなんてどんな事件なんだ…?」

H棟のエントランスでふと不安を覚えるアルド、しかし話を聞かないことには何も始まらないと、IDEAの作戦室に向かい歩き出した。

 だがその時、エントランスのどこからともなく、この世の全ての音をかき消すかのような大きな溜息とうめき声が響き渡る。

「な、なんだ⁉この声、いったいどこから⁉」

あたりを見回すと、エントランスの隅の植木の下に、うずくまっている男の姿があった。どうやら彼が声の出どころのようである。

「なああんた、そんなところでうずくまって溜息ついて、何かあったのか?」

 見かねたアルドが話しかけると男は顔をあげ、悲嘆にくれた、憂いに支配された眼差しをアルドへと向けた。かと思えば次の瞬間、アルドの両肩をつかみ、嗚咽交じりの号泣とともに話し出した。

「うわああああん‼聞いてくれるのかい?僕の話を⁉」

「あ、ああ…。あんなに大声で呻いているんじゃ、見過ごすわけにもいかないしな。」

少したじろぎながらもアルドは答えた。

その言葉を聞くや否や、男は涙を止めて勢いよく話し始めた。

「ああ!ありがとう!心優しい青年!実はこんなところでうずくまっていたのには理由があってね。僕はこのスクールで教師をしているのだけれど、ここだけの話同僚の女性と付き合っているんだ。だけど、一か月前くらいからどうも彼女に避けられている気がしてね…。仕事が忙しいのは分かっているんだけど、会う回数が減っていたり、会って食事している時もどこか上の空だったり…。僕の事好きじゃなくなっちゃったのかな…。」

 最初の勢いはどこへやら、話すうちにどんどんと声は小さくなっていき、身体も徐々にうずくまっていく。

「わ、分かった!もう十分だ!」

またうずくまって呻かれても困ると、アルドは話を遮った。しかしアルドもこういった話には疎い。

「俺もそういう時どうしたらいいとか全然分からないしな…。贈り物を贈るくらいしか思いつかないな…。」

「もちろん僕もいろいろと考えたよ。二人の思い出の場所に行くとか、思い切って悩んでることがあるのか聞いてみるとか。それで結局指輪をプレゼントすることにしたんだ。」

「そうなのか。じゃあほとんど解決したようなものじゃないか。」

安心した表情を浮かべるアルド。しかし男はまたも泣き始める。

「違うんだよおおおおん!僕が悩んでいるのは、彼女に贈るのにふさわしい指輪が見つからないからなんだああああん!」

「な、なるほど、そういうことだったのか…。」

「うう…レゾナポートのジュエリーショップを見てみたけど…、ダメだ!彼女の心を取り戻すにはそんじょそこらの宝石なんかじゃダメなんだ!ああ、あの文献にあった宝石のようにロマンチックな逸話をもった宝石がどこかにないだろうか…!」

 男はぶつぶつとつぶやきながら一人ヒートアップしていく。

「文献?逸話?探している宝石があるのか?」

「いや、確かに手に入るなら欲しいけど探しているわけじゃないよ。そもそも探すのなんか無理な代物だからね。僕はこのスクールで歴史を教えているんだけど、研究資料の文献の中で、愛にまつわる逸話をもった宝石を見つけたのさ。とはいえその宝石の逸話はパルシファル王朝のものだからね、今では手に入れることはおろか、探すことすらできないんだ。」

 話を聞いていたアルドはひらめく。

「なあ、その宝石がどんなものか教えてくれないか?ひょっとしたら見つけられるかもしれない。」

アルドの一言に男は目を輝かせた。

「本当かい‼もちろん教えるよ!あれが見つかるなら僕はなんだってするさ!」

「いや…まだ見つけられると決まったわけじゃ……。」

「分かっているさ!ダメでもともと、見つかる可能性がわずかでもあるというなら僕は君にかけるよ!それじゃあ宝石について説明しないとね。まずはその宝石の逸話を聞いてほしい。」

 男は語りだす、宝石の逸話を…。

「はるか昔、パルシファル王朝のころの話なんだけどね、水の都と呼ばれた街に一人の料理人の青年がいたんだ。彼は自分の店を持つという夢を掲げて、街の酒場で料理の修行をしていた。そんな中、彼は何度も店を訪れる女性に一目ぼれをしたんだ。女性はほぼ毎日のように店にやってきては、決まってある料理を注文したという。毎日のようにやってくるものだから当然彼女も料理人の顔を覚え、少しずつ話すようになっていくうちに彼にひかれていった。そんな日々が続く中、男は彼女にプロポーズをしようと考えていた。彼は思い悩んだ。自分が彼女にあげられるものがなにかあるだろうかと必死に考え、やはり自分には料理しかないと思い至ったそうで、彼女がいつも決まって注文する料理を自分なりにアレンジして、彼女に食べてもらおうとしたんだ。そのための食材として彼は『幻のキノコ』と呼ばれるキノコを求めた。『幻のキノコ』は普段人が寄り付かない“ある場所”に生えているらしく、彼はひとりでそれを採りに行った。そこには魔物も生息していて、彼は魔物を倒しながらキノコを探した。そこに生息している魔物に、やたらと柔らかい体をもった魔物がいたという。その魔物は成長するとともにエレメンタルを体内に取り込んでいき、それによって身体の色が変化していく特徴を持っているらしいんだけど、彼はその時今まで見たことがない色をした個体を見つけ、そいつを倒した。すると体内から見たことのない結晶が出てきた。それまでそんなことは一度もなかったから彼はとても驚いた。結晶を手に取って眺めてみると、内側をいくつもの色が覆いつくし輝いているようで、またそれらの色が混ざり合って黒く光っているようにも見えて、とても神秘的だったという。彼は料理とともにこの結晶を彼女へのプロポーズの時に渡そうと考えた。結局『幻のキノコ』は手に入らなかったが彼は神秘的な結晶を見つけられたことで満足していたという。その翌日も女性はいつも通り酒場を訪れ、いつもの料理を頼んだ。彼は今まで何百回と作ってきた料理に、今までの人生のどの瞬間よりも心を込めて料理を作り、彼女のテーブルに運んだ。料理を出すとともに、昨日持ち帰った結晶を彼女にプレゼントした。彼女は驚き、喜びに涙をこぼしたという。しかしその結晶を手に取った瞬間彼女の態度は急変し、テーブルの上の料理を払い落としてそのまま店を出て行ってしまった。青年は慌てて追いかけて話そうとしたが、彼女は一言も返事をせずに去っていってしまった。その夜青年は悩み続けた。なにか彼女の気に障ることをしてしまったのだろうか、プロポーズは断られてしまったのだろうか。結局青年は一睡もできなかった。次の日、いつもなら来る時間になっても彼女は店に来なかった。彼は自分のせいだと思い、昨日のことを話して謝ろうと彼女の家を訪れた。しかしそこにいた彼女は信じられない姿をしていた。彼女は椅子に座ったまま、死んだように固まっていたのだという。彼は愕然とし、慌てる頭で何とかして理由を突き止めようとした。思い当たるのは自分が渡したあの結晶しかなかった。どうにか元に戻そうと彼は昨日渡した結晶を探したが部屋中を探しても見つからず、諦めかけた時、一瞬あの宝石の何色ともつかない輝きが目に入った。結晶は彼女の手の中にあった。しかし彼女の手にのっているのは結晶の半分だけで、結晶を取ろうとしたとき、青年は彼女の手に結晶の残り半分が埋め込まれていることに気づいた。彼は自分を呪った。魔物が落としたものを軽々しく人に渡し、取り返しのつかないことをしてしまったと。」

「ちょっと待ってくれ、ロマンチックな逸話じゃなかったのか?ここまで聞く限り悲しい話にしか聞こえないぞ。彼女は死んじゃったのか?」

 あまりの展開にたまらずアルドが話を遮った。

「大丈夫さ、ここからロマンチックになっていくから。それに彼女は死んでないよ、死んだように固まっていただけさ。青年も彼女が死んではいないことに気づいて、彼女を死なせないために毎日彼女に料理を食べさせたらしい。しかし、いつまでたっても彼女の状態は変わらず、プロポーズから百日が経った日、彼は再び結晶を手に入れた場所へ向かったという。何か彼女を元に戻す手がかりがないかを探しに行ったのが一つ、もう一つの目的はそこで今度こそ幻のキノコを見つけ、彼女に今の自分の最高の料理を食べさせることだった。前に訪れたときよりも遥かに長い時間必死になって二つを探した。数えきれないほどの魔物と戦いボロボロになって限界を迎えようとしていた時、ついに彼は『幻のキノコを』見つけた。彼はすぐさま彼女の家に戻って料理を始めた。彼女にプロポーズしようとしていたあの日以上に心を込めて料理を作り、もうこれを最後に彼女に料理を食べてもらえなくなってもいいから彼女を助けたいと願い、彼女に食べさせた。もちろん作った料理は彼女がいつも酒場で注文していた料理さ。青年が彼女の口に料理を入れると、彼女の目には涙が浮かび、その雫が彼女の手と一体化した結晶にかかった。その瞬間いくつもの色が渦巻いて見えた結晶は透き通り、この世のどの宝石よりも美しく、強く輝いたという。彼女は目を覚まし、動けるようになり、青年とともに幸せな人生を送ったという。この逸話からその結晶は『百一日の涙』と呼ばれていて、この結晶を手にした男女は困難な試練に遭うが、それを乗り越えることで決してほどけない絆を手にすると言い伝えられているそうなんだ。まああくまで逸話だけど、どうだいロマンチックな話だっただろう?」

「ああ…まあ…ロマンチック…かな。でも今の話を聞く限りその宝石が実在しているかも怪しくないか?」

「この逸話以外にもこの宝石と思われるものが登場する文献がいくつかあるんだ。そのどれもに宝石を手にした男女の苦しみが記述されていて、実在した可能性は高いと思うんだ。ただその結晶を落とす魔物が生息している場所が分かっていなくてね、『恐ろしい場所』と書いたうえで『恐ろしい』の文字が塗りつぶされていた文献や、カエルの魔物が支配しているって書かれた文献もあるんだ。」

(恐ろしい場所…キノコ…柔らかい身体の魔物…カエルの魔物。もしかして人食い沼か!でも過去の地名を言うわけにもいかないしな…。)

「分かった、場所については色々とあたってみるよ。とはいえもし見つけられたとして、それを手にした男女は試練に見舞われるんだろ?そんな危険なものをプレゼントして大丈夫なのか?」

心配そうにアルドが尋ねると教師は息巻いて答えた。

「何を言ってるんだ!今僕たちが置かれている状況こそ間違いなく試練なのさ、それをその宝石とともに乗り越えることで僕たちは結ばれるんだ!!」

「そ…そういうことなのか…。」

(なんかちょっとずれてる気もするけど…。)

「とにかく探してみるよ。あ……!」

 教師に宝石探しを引き受けることを伝えようとした瞬間に、アルドの頭をイスカの顔がよぎった。

「宝石探しに協力はしたいんだけど、実は今日仲間に呼ばれてここに来たんだ。なんでも俺に頼みたいことがあるらしくて…。だからその話によっては宝石を探せないかもしれないんだ…。」

申し訳なさそうな顔をするアルド。しかし教師の顔には残念そうな色はなかった。

「大丈夫さ、さっきも言ったけどダメでもともとだからね。その仲間の頼み事っていうのを聞いたうえで、手伝えるようだったらまた声をかけてほしい。僕のことは気にしないで仲間の頼み事を優先してくれて構わないからね。」

「ごめんな、期待させたくせにこんなこと言って…。」

 申し訳なさを感じながらも、アルドは今度こそIDEA作戦室へと向かって歩き出した。

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