ひと夏の思い出③
近寄ってみれば、ツルのような植物に覆われ苔も生えている。 それも普段見ない海斗からすれば興味を引いた。
「あのー! すみませーん!」
ノックをしてみたが、返事はなかった。 流石に住むにしては小さ過ぎるし、生活感もない。 観察しているとドアノブにかかっている南京錠が目に入った。
鍵がかかっているわけではなく、南京錠のみで扉を閉めているタイプだ。
―――でもこれ、鍵穴がない。
南京錠はダイアル式で、四桁の数字を揃えれば鍵が開く。 だがその数字を海斗が分かるわけもない。
もちろん鍵がかかっているのだから勝手に入ってはいけないのだが、それで諦めるには海斗はまだ幼過ぎた。 誰も来る様子はないし、この分だと長いこと人がやってきてはいないのだろう。
ふと南京錠の裏を見ると、番号を忘れた時用のヒントなのか文字が書かれていた。
―――何だろう?
文字は泥で汚れていて読めない。 指で擦ってみても汚れは落ちなかった。 何か拭けるものは持っていないかとポケットを探ってみたが、残念ながら持っていない。
「あ、四信くんのハンカチ!」
どうやら傷は大したことはなく、血もほとんど出ていない。 膝に巻かれたハンカチを解くと、早速汚れを擦ってみる。 だが、ハンカチは乾いていて泥を落とすことができなかった。
―――何か濡らせるものでもあれば・・・。
一応ここは森の中で、小屋の周りにも水道は見当たらない。 そこでここへ来た時のことを思い出した。
「あ、そうだ水溜まりがあった!」
水溜まりのところまで戻り上澄みでハンカチを湿らせ、再び小屋へと戻る。 これで簡単に鍵の汚れを落とすことができた。
「よかった、落ちた! えっと、何々? 言う・・・成・・・?」
そこには『言成が大切に思っている人のたんじょうび』と書かれていた。 小学校二年生の海斗は習ったばかりの漢字で、全て読めることに安堵した。
―――誕生日っていうことは、人の名前?
―――この村で有名な人なのかな。
―――博六くんたちに聞いてみたら、教えてくれるかも!
駄菓子屋へと急いで戻ってみたが、彼らは既にいなかった。 どうやら近くの田んぼで遊んでいるようだ。
「みんな!」
「お、海斗! 急にいなくなるなよ」
「ごめん。 勝五くん、ハサミありがとう。 返すよ」
「俺のハサミ、役に立ったか?」
「かなり役に立った! ところでさ“言う成”っていう人、誰か知ってる?」
勝五は四信と博六と顔を見合わせた。
「言う成? 誰だ?」
「海斗、それはどうやって書くの?」
博六に言われ勝五の理科のノートを借りて漢字を書いてみせた。 それを見た博六は閃く。
「あぁ! それは“誠”っていう漢字かな」
「マコト?」
「そう。 言う成、これは一つの漢字なんだ。 こうやって書くよ」
博六はノートに書いてみせる。
「マコトっていう人、誰かいたっけ?」
「さぁ。 俺は知らないなー」
みんなが『知らない』と言う中、海斗だけは心当たりがあった。
―――・・・マコトって、僕のおじいちゃんの名前だ。
―――みんなが知らない人っていうことは、あの小屋は僕のおじいちゃんのもの?
だとしたら四桁の数字が分かった気がする。 海斗はおばあちゃんの家へと駆けた。
「あ、海斗! また一人でどこかへ行くなってー!」
勝五の発言を無視し、おばあちゃんの家へと辿り着いた。 どうやら買い物から帰ってきたらしいため、軒下まで行って大声で言う。
「おばあちゃん! おばあちゃんの誕生日を教えて!」
だがそれを母親に見られ、服が汚れていることを怒られた。
「海斗! どうしたのよ、その服!」
それを無視し祖母に答えを求めた。
「おばあちゃん、早く!」
「誕生日は4月の28日だよぅ」
「分かった! ありがとう!」
海斗は早速とばかりに、駆け出した。 母親の制止の声なんて聞きもしない。
「こら海斗! 待ちなさい!」
「ええじゃないかぁ。 子供は汚すのが仕事なんだがらぁ。 汚れたら、また洗えばええのぉ」
その頃の海斗は、祖母がフォローしてくれていることも知らず、小屋まで戻ってきていた。 ダイアルを四桁の数字“0428”にワクワクしながら合わせる。 だが開かなかった。
「あれ、違う・・・?」
海斗の両親の誕生日を入れてみても開かない。
「マコトって、僕のおじいちゃんのことじゃなかったのかな・・・」
そう思い落ち込んでいると、去年言われたおばあちゃんの言葉を思い出した。
『マコトおじいちゃんはね、海斗くんのことが宝物だって言っていたよ』
もしかしてと思い“0816”という数字を入れてみる。 するとカチッという音を立て開いた。
「僕の誕生日だ!」
扉を開け中へ入ると、色々古そうな小物に迎えられた。 綺麗な作りに感動しているのも束の間、何か違和感を感じる。
―――あれ、これって・・・。
壁や棚の上に置かれている写真。 それら全てに海斗が写っていた。 誠おじいちゃんと一緒に写っているものも飾ってある。 写真以外に、去年まで一緒に遊んでいた遊具も綺麗に保管され並んでいた。
そしておじいちゃんが大切にしていた、海斗からの手紙やハガキなどもしまわれていた。 ここはおじいちゃんの秘密基地だったのだ。
「誠おじい、ちゃん・・・ッ」
去年あれ程泣いて枯れたと思っていた涙がまた溢れ出した。 おじいちゃんはこんなにも海斗のことを大切に思ってくれていたのだ。 そう思うと苦しくなった。
泣き疲れると、海斗はそのまま眠ってしまった。
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