ひと夏の思い出②
「あ、海斗! 遅いよー! って、凄い泥だらけじゃん!」
四信は海斗の姿を見つけそう言った。 確かに転んだ時なのか、かなり汚れてしまっている。
「あまりにも遅いから何かあったのかと思って、博六が探しに行ったぞ。 出会わなかったか?」
「え、いや、会ってない・・・」
「入れ違いになったのかな? 一本道のはずなんだけど」
「ちょっと坂から転がり落ちちゃって。 その時に入れ違いになったのかも」
「マジか。 ・・・大丈夫か? って、あ、博六が戻ってきたな」
勝五に言われた先を見ると、博六が手を振りながら駆けてきていた。
「どこへ行っていたんだ? 俺はもう、心配で心配で。 って、泥だらけじゃん!」
“何だかさっきも聞いたなー”と思いつつ、海斗は苦笑いする。
「転んじゃったんだ。 その時に入れ違いになったのかも」
「そうだったんだ。 でも、無事でよかったよ。 ちょっと待ってな、アイスを買ってくるから」
「ありがとう!」
海斗は博六の後ろ姿を見送ると、勝五に向き直る。 暇だったのかベンチの上で理科の自由研究を行っていて、丁度ハサミを使っていたようなのだ。
「ところでさ、少しの間ハサミを貸してほしいんだけど」
「ハサミ? あぁ、もう使い終わったからいいよ」
「ありがとう!」
これで先程のツルを切ることができると思い借りようとしたのだが、ひょいとハサミを持ち上げられる。
「やっぱりタダで貸すのはつまらないなー。 そうだ! ここは一つ、勝負しようぜ!」
「勝負?」
「そう! 俺に勝ったら、このハサミを貸してやるよ」
「勝五くんに勝ったら・・・? 何をして?」
「さぁな。 とにかく勝てばいい。 俺に勝てばハサミを海斗に貸す、簡単だろ?」
―――一体どういうことなんだろう。
勉強でも運動でも、流石に小学五年生に何かで勝てるとは思えない。
―――勝五くんの苦手なもので勝負するっていうこと?
考えていると頬に冷たいものが触れた。 博六がアイスの半分を海斗の頬に付けたらしい。
「ほらアイス。 俺と半分こだ」
「わぁ、ありがとう!」
アイスを食べながら考える。 駄菓子屋に吊るされている風鈴の音も心地よかった。 アイスで頭を冷やし考えても答えが出なかったため、博六に助けを求めることにした。
「ねぇ、勝五くんの苦手なものって分かる?」
「苦手なもの? あぁ、さっき言っていた勝五に勝つっていう話?」
「そうそう! ハサミを借りるために」
「ハサミ・・・? 何で勝負するの?」
「それが分からなくて困っているんだ・・・」
二人の話を聞きながら、勝五と四信は楽しそうにしている。 博六もしばらく考えていたようだが、何か閃いたようでニヤリと笑った。
「それなら、勝五の苦手なものは関係ないよ。 そうだなぁ、今海斗が持っているものだと勝五には勝てないと思う」
「僕が持っているもの? 博六くんは、勝五くんに勝てる方法が分かるの?」
「分かるよ。 ちなみに、今俺が持っているものでも勝てない」
―――どういうことだろう。
しばらくそのヒントを踏まえ考えていると、いきなり四信が声を上げた。
「あー! 海斗! 足、怪我してんじゃん!」
どうやら転んだ時に膝を擦ったようだ。
「バイキン入るぞー」
四信は自分のハンカチを海斗の膝に巻いて結んでくれた。
「ありがとう。 洗って返すね」
痺れを切らしたのか、勝五が茶化すように言う。
「海斗ー、まだ分かんねぇのかー?」
「えっと・・・」
「しゃーねぇなぁ。 じゃあ、大ヒント! 海斗がピストルを持ってきたとしても、俺には勝てない。 さぁ、どうやって勝つ?」
「ピストル?」
―――・・・そうか!
予想もしていなかった大ヒントに答えが分かった海斗は、辺りを見渡し大きな石を手に取った。 それを勝五のいるベンチへドスン、と置く。
「はい、石! これで僕の勝ちだね!」
「おぉ、正解。 海斗は石で俺はハサミ、俺の負けだ。 いくらでもハサミをくれてやるよ」
勝五の勝負は単純だった。 じゃんけんでハサミに勝てるもの、それを持って来いというものだったのだ。 だが海斗は少し考えがあった。 ハサミを受け取ると、今度は逆にニヤリと笑う。
「ありがとう。 ただ僕がピストルを持ってきていたら、勝五くんに勝てたけどね」
そう言って手でピストルの形を見せた。 じゃんけんにおけるジョーカーのようなもの。 それを出せばズルではあるが、勝ちは勝ちだ。
「うわッ、マジじゃん! 俺の完敗だ」
海斗はハサミを手に取ると、先程のつるの場所へと走って戻った。 ハサミを上手く使いツルを全て切り落とす。 奥へ行くと、森から一気に抜け小さな草原が広がった。
「うわぁ、綺麗な場所・・・」
平らな草原の中真ん中にポツンと木でできた小屋が見えた。
―――誰かここに、住んでいるのかな?
こんなに綺麗な場所に住めるなんて羨ましい。 なれるならぜひ友達になりたい。 そう思った海斗は、小屋へと駆けていった。
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