最高に陳腐なエンディング


「中学校に上がったのはよかったんだけどね」


「やっぱり、一度不登校になっちゃうとさ」


「なかなか勇気が出ないよね」

「そうだな」


「俺も、去年そうだった」

「大変だったね」

「紗花もな」

「ありがとう」


「それでね、中学ではそんなにいじめられてなかったんだけど」


「やっぱり、なかなか学校に行けなくてね」


「クラスのみんなとね、お友達になれなかったんだ」


「最初のタイミングを逃すと、もうダメだよね」


「グループとかもうできあがっちゃってて」


「ほら、女の子ってそういうの強いからさ」


「どこにも、入れなかったの」


「だから、やっぱり学校に行きづらくって」


「どんどん授業にも遅れちゃって」


「成績も悪くなっちゃって」


「お家にばっかりいたんだ」

「そうだったのか」

「学校に行かなくても、卒業はできるからね」

「そうだな」

「でね」


「お父さんとお母さんが心配してくれるんだけど」


「なんだかすごく、申し訳ない気持ちになっちゃって」


「頭の中でいつもごめんなさいごめんなさいって思っちゃって」


「やっぱり、学校に行けないの」


「それで、気分転換にね」


「お母さんが、お菓子作りとか教えてくれて」


「結構楽しくて、ハマっちゃってね」


「調子に乗って毎日やってたらさ」


「やっぱり、太っちゃうよね~」


「甘い物ってずるいよね」


「毎日食べてもおいしいんだもん」

「ははは、そうだな」

「それでね」


「太っちゃったし、髪もボサボサだしさ」


「毎日、なんで私生きてるんだろうって」


「いっそ、消えちゃった方がいいんじゃないかなって」


「思ってたんだ」

「そうだったのか」


「俺も、思ってた」

「やっぱり、そうだったんだ」


「桜井くんも、そうじゃないかと思ってたんだよね」


「だから、桜井くんを助けたかったの」


「桜井くんが、私を助けてくれたから」

「それってさ」

「うん」

「どういう意味?」

「そのままの意味だよ」

「え?」

「うーん、こんなところも鈍感なんだね」


「全部言わないとダメかなぁ」


「それじゃあ、全部言っちゃうね」


「桜井くんと図書室で会った日ね」


「はじめて、図書室に行った日なの」

「え?」

「ふふ。驚いた?」

「驚いた」

「私がいつも図書室にいると思ってたでしょ」

「思ってた」

「違うんだよね」


「桜井くんと一緒にいられるから、図書室に行ってたの」


「桜井くんが来ない時も、ずっと図書室で待ってたんだ」


「桜井くんに会いたくて、毎日毎日学校に通ってたんだ」


「ほらね、重いでしょ?」

「重いな」

「ふふ」


「元々はね、担任の先生が提案してくれてたんだ」


「ちょっとずつ、学校に馴染めるようにってね」


「でも、あんまり意味なかったね」


「桜井くんに会っただけで、行けるようになっちゃったんだから」

「ひどいやつだな」

「あはは。だって本当のことだから」


「桜井くんがいなかったら、私は学校に通えないままだったと思う」


「だからね」


「今、私がここにいるのは、桜井くんのおかげなの」


「高校を卒業できたのも、桜井くんのおかげ」


「綺麗になれたのも、桜井くんのおかげ」


「告白されるのも、桜井くんのおかげ」


「何もかもが桜井くんのおかげ」


「桜井くんがいないと、私、ダメなんだ」


「何にもできなくなっちゃうんだ」


「全部どうでもよくなっちゃうの」


「桜井くん以外、見えないんだ」


「だって」


「桜井くんが、私を見つけてくれたから」


「桜井くんが、私を見ていてくれたから」


「だから、桜井くんのことだけ考えてる」


「桜井くん以外のこと、考えられないの」


「素敵な人にたくさん告白してもらえたけどね」


「時々、付き合っちゃおうかなって思ったけど」


「桜井くんと仲直りした時にもし彼氏がいても」


「やっぱり、桜井くんのこと選んじゃうと思う」


「それって、よくないことでしょ?」


「だから、ずっと全部断ってたんだ」


「桜井くんに選んで欲しかったんだ」


「私のこと」


「私だけを見て欲しかった」


「桜井くんは、ヒーローだったから」


「桜井くんは、私の憧れだったから」


「そんな桜井くんの一番になりたい」


「だから」


「お願いだから、私を彼女にしてよ」


「桜井くんも好きになってくれたし」


「いいでしょ? 恋人になってもさ」


「お願い」


「お願いします」


「私の初恋を、受け取ってください」




「そう言ってもらえて嬉しいけどさ」


「やっぱり、俺、ダメなんだな」


「どうしてもさ、怖いんだよな」


「もし、紗花と恋人になっても」


「そのまま、結婚とかしてもさ」


「どうしても、なんか怖くてさ」


「浮気とかはしないと思うけど」


「盗撮もしない自信あるけどさ」


「紗花が、俺に都合よすぎてさ」


「いつか、DVしそうだなって」


「どうしても思っちゃうんだよ」


「俺、やっぱすぐ手が出るから」


「紗花のこと、傷つけそうでさ」


「どうしても怖くなっちゃうな」


「俺、紗花のこと好きだからさ」


「紗花のこと傷つけたくないよ」


「俺もさ。紗花が初恋なんだよ」


「だからそこまで言ってもらえるのは、本当に嬉しいんだ」


「でも、どれだけ言葉で言われても、自信が湧かないんだ」


「母さんに呪われて以来、他人の言葉を信じ切れなくてさ」


「紗花の言葉を信じたいのに、やっぱり信じ切れなくてさ」


「ダメだな、俺。好きな人の言葉も信じられないようじゃ」


「だからさ。やっぱり、紗花の相手に俺は相応しくないよ」


「紗花にはもっと素敵な人がいると思う。応援してるから」


「本当にありがとう」


「さようなら、紗花」








「そっか」


「わかった」


「急にわかっちゃったな」


「最初からこうすればよかったんだね」







「ねえ」







「友一」







「え――――」




 手の中にあった紗花の温もりが失われたかと思うと、それは両頬に宿っていた。

 俺の目の前には誰よりも近い距離に紗花の瞳があった。

 俺の目は、自然とその紗花の瞳に吸い込まれていった。

 唇には初めての感触があって、なんだか湿っぽかった。

 初めての感触は、あっという間に離れていってしまう。

 気づいた時には、紗花の瞳から俺は引き離されていた。

 紗花は、今まで見たことないぐらい綺麗で可愛かった。

 それを見た俺は、自分がキスをされたのだとわかった。







「大好きだよ」







 紗花は、世界で一番可愛く見えた。

 俺は、世界で一番幸せだと思えた。

 もしかしたらそれは錯覚なのかもしれないけど。

 今なら、少し、自惚れることができる気がした。




「俺さ」


「ずっと紗花に」


「言いたかったんだ」




 紗花の瞳には、紗花の気持ちが写っている気がした。




「うん」


「ずっと待ってた」


「聞かせて欲しいな」




 紗花の瞳には、俺の気持ちが映し出されている気がした。

 だから、俺は、自然とそれを読み上げることが、できた。


「ありがとう」


 本当は紗花に伝えたかった言葉が、本当は紗花に触れたかった唇から、零れる。




「こんな俺のことを」


「好きになってくれて」


「本当に、ありがとう」


「ずっと、それを言いたかったんだ」




 紗花は、俺の目を見て、柔らかく微笑んでくれた。


「こっちこそ」


 俺の目からは、抑えきれない感情が、流れ出した。




「こんな私のことを」


「好きになってくれて」


「本当にありがとう」


「ずっとそれを言いたかったんだ」




 紗花の手が伸びて、俺を抱きしめてくれた。

 あの日と変わらない温もりがそこにあった。




「ずっと一緒にいて欲しいな」




 紗花の言葉は、真実味を持って、俺の心に届いた。

 それは、心の底から求めていた、恋愛感情だった。




「ずっと、一緒にいて欲しい」




 あの日と変わらない気持ちがそこにあった。

 俺は手を伸ばして、紗花を抱きしめ返した。




 そして。




 その日、はじめて俺は、自分を愛してくれる人の優しさに抱かれながら、泣いた。




 第二ボタンは、もう、必要なかった。

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