恋話
「その時からかな」
「桜井くんに、どう接したらいいかわからなくなっちゃった」
「近づきすぎるのって、怖いよね」
「一度すれ違っちゃったら、どうしたらいいのか、わからなくなっちゃうから」
「その後も、色々頑張ってはみたけどね」
「なんだか空回りしてばっかりで、上手くいかなくて」
「そうこうしているうちに、桜井くんが学園に来なくなって」
「最初は、とうとう嫌われちゃったのかなって思ったんだけどね」
「一週間ずっと来なかった時に、自分のことを思い出したんだ」
「私も、桜井くんと喧嘩して一週間、休んだでしょ?」
「うん」
「あの時、私にはお父さんとお母さんがいてくれたけど」
「桜井くんは、お家に一人ぼっちなんだよなって思って」
「それで、すごく心配になった」
「そっか」
「合鍵があって、よかったよね」
「まさかアレに助けられるとは思わなかったな」
「おかげで、こうしてまた桜井くんに会えたしね」
「ははは」
「ありがとう」
「そろそろ、私の気持ち、わかってくれた?」
「たぶん、わかったと思う」
「じゃあ、言ってみて欲しいな」
「紗花はいつも俺のことを考えてくれて、すごく俺のことを好きでいてくれたんだな」
「ふふ。そうなの」
「桜井くんのことしか、見えてなかったんだ」
「紗花はさ」
「うん」
「今でも浜田と付き合ってるのか?」
「あはは」
「まだそんなこと信じてたんだ?」
「え?」
「ひどいなぁ。せっかくたくさんお喋りしたのに」
「わかってくれてなかったんだね」
「私が、今でも桜井くんのことを好きだって」
「嘘だろ?」
「本当だよ」
「じゃあ、浜田とのアレってなんだったんだ?」
「あれはね」
「偽恋人ってやつなんだ」
「え?」
「桜井くんが噂を気にしてるみたいだから、協力してもらったの」
「そうだったのか」
「でも、浜田って良い奴だから、紗花に相応しいと思ったんだけどな」
「ふふ。あり得ないんだよね、それは」
「だって、浜田くんは男の子が好きだから」
「え?」
「私より、桜井くんの方に興味があったみたいだよ」
「嘘だろ?」
「本当だよ」
「だから、浜田くんはずっと告白を受けてなかったんだって」
「マジか」
「お互いにとってちょうど良かったんだよね」
「だから、噂を否定しなかったんだ」
「桜井くんの様子がおかしくなって」
「慌ててメッセージ送ったんだけどね」
「通話もメールも上手くいかなくて」
「桜井くんに、本当に嫌われちゃったのかなと思った」
「ごめん」
「お出かけの時にわかったけど、スマホ変えてたんだね」
「すごくショックだったけど、ちょっとだけ安心したんだ」
「また、同じ機種にしちゃえばいいだけだからね」
「愛美ちゃんと村上くんに協力してもらって」
「一緒にお出かけしたこと、あったでしょ?」
「うん」
「あの時、愛美ちゃんのアドバイスで白いワンピースにしたんだ」
「やっぱり、そうだったんだ」
「うん」
「桜井くん、ああまでしないと逃げちゃうかなって話になってね」
「それはそうだったかも」
「今も着てるけどさ」
「この白いワンピースにお花の模様あるの、気づいてる?」
「ああ、それは気づいてた」
「これはね」
「勿忘草っていうの」
「花言葉は、私を忘れないで、だよ」
「そもそも忘れてなかったけどな」
「あはは」
「忘れないでいてくれてるって、信じてたよ」
「桜井くんに抱き着いた時に」
「振り払われちゃったじゃない?」
「ごめんな」
「倒れそうな私を、支えてくれたよね?」
「うん」
「あれね、わざとだったんだ」
「ははは」
「桜井くんなら絶対に助けてくれると思ってた」
「まあ、そうだな」
「やっぱり、桜井くんは変わってなかったね」
「どうして今日、私がこのトレンチコート着てるか、わかる?」
「わからないな」
「本当に、桜井くんって鈍感だよね」
「可愛いって、はじめて言ってくれたからだよ」
「桜井くん、マルゲリータ好きだったよね」
「まあ、そうだな」
「前に一緒に食べたから覚えてたんだ」
「え、そうだったのか」
「そうなの」
「桜井くんのお部屋で一緒に食べたでしょ」
「桜井くんが謝ってくれた時に」
「ついに告白してもらえるのかと期待したんだけどね」
「違ってて、ショックだったなあ」
「ごめん」
「でも、正直に言うとさ」
「うん」
「あの時、俺、紗花のこと好きだったんだ」
「知ってた」
「え?」
「だって」
「さっき指を絡めてくれたから」
「その時、わかったんだ」
「そっか」
「なんか、相手にわかられてるのって、恥ずかしいな」
「あはは」
「私もずっと恥ずかしかったよ」
「桜井くんは、噂があっても私のことわかってくれると思ってたんだけどね」
「ごめん」
「いいよ、もう」
「でもさ」
「どうしてそんなに俺のことを信用してくれるんだ?」
「だって、いじめられてぼっちな私と友達になってくれたでしょ」
「そんなことで?」
「ひどいなぁ。私には桜井くんしか友達いなかったのに」
「ごめん」
「でも、俺の友達も紗花だけだったんだ」
「嬉しいなぁ」
「桜井くんにいじめられて、ちょっと傷ついちゃった」
「ごめん」
「でも、ちょっと嬉しかったかも」
「え?」
「好きな人にいじめられるのって、気持ちよくない?」
「紗花って、そういう趣味だったの?」
「あはは。もしかしたらそうなのかも」
「でもさ」
「俺も、紗花にいじめられて嬉しかったよ」
「そのあと、手、繋いだね」
「うん」
「今ならしてくれるかなって思って、調子に乗っちゃった」
「ああ」
「今もしてるけどね」
「うん」
「恋人繋ぎってさ」
「うん」
「ちょっとえっちじゃない?」
「なに言ってるんだ?」
「だって、全部繋がっちゃってるんだよ?」
「まあ、そうだな」
「だから、ずっとしたかったんだ」
「そっか」
「心が通じ合ってるみたいで、素敵だなって思うんだ」
「そうだな」
「桜井くんもそう思ってくれてるの?」
「うん」
「たぶん、今一番紗花のことをわかってると思う」
「嬉しいなぁ」
「桜井くんと一緒に帰りたかったんだけどなぁ」
「そういえばさ」
「うん」
「どうしてハンカチ、捨ててくれなかったんだ?」
「え?」
「わかるでしょ?」
「桜井くんのハンカチだからだよ」
「桜井くんにごめんなさいしたから」
「浜田くんにごめんなさいってして」
「お話するの、やめたんだ」
「そうだったのか」
「桜井くんの指を触りにいくのもね」
「ごめん」
「いいよ」
「そのぶん、いま触れてるからね」
「浜田くんから桜井くんの連絡先、送られてきたんだよね」
「うん」
「浜田くんってさ」
「私と桜井くんが仲直りできるように、話しかけてくれてたの」
「そうだったのか」
「なかなか上手くいかなかったけどね」
「だってさ」
「あの頃、もう俺、紗花のこと好きだったから」
「ふふ」
「ほんとにズルいなぁ」
「でもさ」
「なーに?」
「スマホ、壊れてたんじゃなかったのか?」
「あはは」
「そんなの、嘘に決まってるでしょ」
「愛美ちゃんは、私のこと助けてくれてたけどね」
「もしかしたら、愛美ちゃんは桜井くんのこと、好きだったのかも」
「ああ。そんな感じのことは言われた」
「そうだったんだ」
「うん」
「でも、こればかりは譲れなかったなぁ」
「だって、私には桜井くんしかいないもんね」
「その次の日かな」
「そうだな」
「桜井くんが来なくなったの」
「そう」
「大変だったね」
「大変だったな」
「辛かった?」
「辛かった」
「私に会いたくなってくれた?」
「会いたかったよ」
「本当は、ずっと会いたかった」
「でも、辛くてさ」
「紗花が、俺以外の奴と一緒にいるのを見るのがさ」
「本当に辛くてさ」
「それならいっそさ」
「もう会わなければいいかなって、思ったんだ」
「でもさ」
「でも」
「一回、会っちゃうと、もうダメだったな」
「紗花のことしか考えられなかった」
「毎日考えたよ」
「紗花のこと」
「でも、勇気が出なかったな」
「今の俺が紗花に会っていいのかなって」
「今の俺が紗花と話していいのかなって」
「そんなことばかり考えてさ」
「ずっとずっと、何もできないままだった」
「ふふ」
「私も」
「お話、終わっちゃったね」
「そうだね」
「そろそろ、私を彼女にしてくれる気になった?」
「いいのかな」
「なにが?」
「俺なんかで、いいのかなって」
「桜井くんじゃなきゃ、やだな」
「でもさ」
「でも」
「紗花には、素敵な人がいっぱいいてさ」
「いっぱいいっぱい告白されててさ」
「大学にも、いっぱい素敵な人がいてさ」
「また告白されてるんだろうなって思うとさ」
「俺なんかが、いいのかなって思うんだ」
「なに言ってるの?」
「大学に一度も行ってないんだよ」
「私」
「え?」
「休学してるの」
「どうして?」
「わかるでしょ?」
「桜井くんのこと、待ってたんだ」
「桜井くんが卒業するの、待ってた」
「一緒の大学に通いたいから」
「一緒に毎日過ごしたいから」
「一緒の授業を受けて」
「一緒にご飯を食べて」
「一緒のお家に住んで」
「一緒に卒業したくて」
「ずっとずっと、待ってたんだ」
「だから、大丈夫だよ」
「どうしてそこまでしてくれるんだ?」
「俺なんかのために」
「さっき言ってたでしょ?」
「私、重いんだよね」
「桜井くんのためなら、何でもしちゃうんだ」
「おかしくないか?」
「なにが?」
「だってさ」
「たかが一人の男のために人生を棒に振るようなことするなんてさ」
「まるで、ライトノベルのヒロインみたいだろ」
「おかしいって、絶対」
「ふふ」
「桜井くんは面白いこと言うんだね」
「え?」
「逆なんだけどなあ」
「桜井くんが、ライトノベルのヒーローみたいなんだよ」
「どこがだよ」
「わからない?」
「じゃあ、そろそろ言っちゃおうかな」
「私の、呪いの話」
「え?」
「実は私もね、呪われちゃってるんだ」
「桜井くん以外、好きになれないの」
「桜井くんとはじめて会った時にね」
「どうして、図書室にいたと思う?」
「わからないな」
「それはね」
「学校に、行けなかったんだ」
「いじめられてたからね」
「でも、本当はちょっと違うのかも」
「ほら、私って髪の色素、薄いでしょ?」
「うん」
「目が悪くて、眼鏡もかけてたしね」
「うん」
「それでね、いじめられちゃったんだ」
「そうだったのか」
「本当はお受験もしてたんだけどね」
「早生まれだったせいなのかなあ」
「ほら、小四だか小五の壁って、よく言うでしょ?」
「うん」
「あれにね、ぶつかっちゃったの」
「それで、算数と数学、苦手になっちゃったなあ」
「そのぐらいだったらよかったんだけどね」
「お胸もね、大きくなってきちゃって」
「ブラジャーして登校するの、なんだか恥ずかしくてね」
「だんだんと、行けなくなっちゃったんだ」
「中学になったら、制服あるからまだよかったけどね」
「なんだかみんなに見られてる気がして、怖かったの」
「実際、そうだったのかもしれないな」
「そうなの?」
「男子ってさ、やっぱりそういうの気になっちゃうから」
「本当はみんな、紗花のこと好きだったのかもしれない」
「そっか」
「でもわかんなかったなぁ」
「そうだろうな」
「だって、口で言ってくれないんだもん」
「ははは」
「男子って、好きな女子のことよくいじめるからな」
「ふふ」
「私も桜井くんのこといじめてたから、男子かな?」
「ははは、そうなのかもしれない」
「じゃあ、いじめられてた桜井くんは女子だね」
「ははは」
「それじゃあ」
「ヒーローがヒロインを助けるのは、当然だよね」
「はい、これで私の勝ちね」
「そんなこと言われてもなぁ」
「ふふ。まだ納得してくれないんだ?」
「そんな頓智じゃ、ちょっとな」
「うーん、しょうがないなぁ」
「それじゃあ、続きを話してあげましょう」
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