第9話 死神鳥

 巡洋艦オーラルの船長、マックライは船長席からその光景を目の当たりにしていた。今しがた見送った筈の輸送艦は、左舷を炎上させ墜落しようとしていた。


「······あの戦旗は。間違い無い。戦艦ケロベロスか」


 マックライ船長は口元の髭を掴みながら敵戦艦を睨む。ケロベロスの絵が模された軍旗を掲げる白い戦艦。


 それはラウェイが属するグルトリア国にとって、最も畏怖されていた戦艦だった。


「そ、そんな馬鹿な! 戦艦ケロベロスは西部戦線で作戦行動中の筈だ!!」


 巡洋艦の操縦者室で、悲鳴混じりの叫び声が起こる。


「こちらの予測通りに動く義理は奴さんには無いだろうよ」


 マックライ船長は船帽を頭から取り、右手でそれを回す。それは、この船長が考え事をする時の癖だった。


「······全速力で撤退するぞ。あの輸送艦を囮に使う」


 マックライ船長は冷静に。そして冷徹な判断を下した。


「馬鹿な! 輸送艦を見殺しにするのか!?」


 既にマジックストーンドールに搭乗していたラウェイ一等兵は、通達された作戦行動に絶叫する。


《中隊長! 出撃させて下さい! あの輸送艦には戦う術が無い!!》


 ラウェイは魔力通信を使い、ヨイツン中隊長に直訴する。だが、船長が下した作戦行動は覆らなかった。


《落ち着けラウェイ一等兵。らしく無いぞ。輸送艦は気の毒だか船長の判断は正しい。ケロベロスと戦えば勝ち目は無い》


 輸送艦を犠牲にして戦艦ケロベロスから逃げ仰せる。船長のその考えに、ラウェイは吐き気を催した。


『どいつもこいつも算盤勘定しか考えていないのか! 輸送艦に乗っている人間達の命はどうだっていいのか!!』


 ラウェイは心の中で叫びながら命令違反を承知で出撃しようとした。その時、高度を落としていた輸送艦が地上すれすれで浮上した。


 だが、最後の力を使い果たしたかの様に輸送艦は再び急降下し地上に不時着する。敵戦艦ケロベロスはそんな輸送艦を一顧だにせず船首を巡洋艦オーラルに向ける。


「ちっ。輸送艦はいつでも料理出来ると言う事か」


 マックライ船長は鋭く舌打ちする。当初の皮算用は修正を余儀なくされた。そしてマジックストーンドール隊に出撃命令が下された。


「タヌキ船長め。今度は俺達を盾にする気か」


 念願叶っての出撃だったが、ラウェイは清々しい気分とは程遠かった。ヨイツン中隊長率いる人型石人形三十体は巡洋艦の横腹から次々と飛び立った。


《空中戦になるぞ! 陣形を崩すな!》


 各機にヨイツン中隊長の指示が響き渡る。人型石人形は操縦者の魔力によって飛行する事が可能だった。


 だが空中での操縦は地上とは勝手が違い、熟練者でも神経を使う難易度が要求された。


《中隊長! 敵機が戦艦ケロベロスから出撃して来ます!》


 部下からの魔力通信を聞き、ヨイツン中隊長は前方を注視する。そして中隊長の顔色が急速に強張って行く。


 戦艦ケロベロスから出撃してきた敵人型石人形は一体だった。その白く塗装されたマジックストーンドールの胸には、敵国サルマード国の紋章である鷹が刻まれていた。


「······死神鳥?」


 豪胆な性格で知られるヨイツン中隊長が怯えた様に声を漏らす。グルトリア国とサルマード国は、互いに魔法石人形の両肩に自国の紋章を描いていた。


ラウェイ達は一角獣。そして敵国は鷹。そして機体の胸に大きく鷹を模した人型石人形は、ラウェイ達グルトリア軍に広く知られていた。


 否。恐れられていた。それは、サルマード軍が誇る撃墜王が搭乗するマジックストーンドールだった。


 敵魔法石人形の砲身が光輝いた。その刹那、グルトリア軍三十機の編隊に三つの爆発が生じた。


「馬鹿な! この距離で魔光弾が届くだと!? しかも三発も!?」


 ヨイツン中隊長は叫びながら操縦者から映し出された後方の視界を見る。敵機から放たれた魔光弾により味方が三体撃墜された。


 敵機がラウェイ達の射程に入るまで、更に四体のマジックストーンドールが撃ち落とされた。


「全機一斉射撃! あの化け物を生きて返すな!!」


 ヨイツン中隊長命令のもと、二十三体の人型石人形が魔光弾を撃ち放つ。砲火の雨は一点に集中された。


 だが、敵機は恐ろしい速度で急上昇し火線を避ける。死神鳥と呼ばれたその機体はそのまま上空に消えた。


「······何の為に上空へ?」


 ラウェイは死神鳥が消えた空を見上げながら、敵機の意図を必死に考えていた。そして背筋に稲妻が走った様な感覚に襲われる。


《ヨイツン中隊長! 敵の狙いは我が軍を戦艦の的にする事です!!》


 ラウェイは魔力通信を使い、友軍全てに事実を知らせる。だが、それは戦艦ケロベロスが既に行動した時だった。


 敵戦艦から主砲が放たれた。人型石人形の魔光弾とは桁違いの威力の三つの火線がヨイツン中隊を襲った。


 五体の人型石人形が瞬時に蒸発して消えた。火線はそのまま後方の巡洋艦オーラルを捉える。


 ヨイツン中隊の編隊を盾にする様に直線上に巡洋艦を配していた事が災いした。マックライ船長は直ぐ様回避を命じるが、一つの火線が右舷をかすめた。


「右舷被弾! 被害は軽微です。航行に問題無し!」


 被害状況を聞きながら、マックライ船長は指で回していた船帽を止めた。


「船首回頭。全速力で戦場から離脱する。ヨイツン中隊にも帰還命令を出せ」


 巡洋艦オーラルの艦橋に沈黙が流れる。通信士は汗を流しながらマックライ船長の命令をヨイツン中隊に知らせる。


 全速力の巡洋艦の速度に一体何機のマジックストーンドールが追いつけるのか。一方、ヨイツン中隊は戦艦ケロベロスの砲火から逃れるので精一杯だった。


 三十体の中隊が十四体に撃ち減らされた時

、戦艦ケロベロスからの攻撃が止んだ。ヨイツン中隊長は蒼白の表情のまま撤退命令を出す。


 この時、ラウェイ一等兵は周辺の魔力感知網に己の魔力を集中させていた。そして戦艦ケロベロスの砲撃が止んだ理由を知る。


「······また来るぞ。死神鳥が」


 上空に強い魔力反応を感じたラウェイは、自機を降下させ全速力で不時着した輸送機に向かった。


 死神鳥が急降下しヨイツン中隊に突入して来たのは正にその時だった。その為、ラウェイの単独行動を咎める者は居なかった。


「······無事でいろよ! ルイサ!!」


 機動力に魔力を集中させていたラウェイは、後方から近付く敵機に気付くのが遅れた。


「······死神鳥!?」


 ラウェイはヨイツン中隊を囮にして輸送艦に取り付くつもりだった。だが皮肉にも、その単独行動は自身を囮としてしまった。


「この化け物が!!」


 ラウェイは機動力に回していた魔力を、瞬時に砲身に移した。一点集中された魔光弾は死神鳥の胸部を捉えた。


 死神鳥はそれを盾で防ぐ。爆音と煙に包まれながら、死神鳥は盾に亀裂を生じさせながらも健在だった。


《······素晴らしいわね。これ程瞬時に魔力の重点を切り替える事は容易じゃないわ》


 魔力通信を介して、誰かの声がラウェイの頭に聞こえた。


「······女の声?」


 敵機の搭乗者の声と思われるその声にラウェイは驚いた。死神鳥は急上昇し戦艦ケロベロスに戻って行く。


「何故俺に止めを差さない?」


 ラウェイは死神鳥の行動が理解出来なかった。あのまま追撃していれば、ラウェイを撃墜する事は容易だと思われた。


「······援軍か」


 ラウェイはため息をつくように気の抜けた声を出した。巡洋艦オーラルの後方から、友軍の艦隊が現れた。


 死神鳥と戦艦ケロベロスは、それを察知し整然と戦場から離脱して行った。遠くに霞むそのケロベロスの姿を眺めながら、ラウェイは深いため息と共に狭い操縦席に深く腰を落とした。



 

 


 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朽ち果てた世界の光芒 @tosa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ