第17話 光輝、父親になる
「藤吉郎殿、先に戻る事になってすまない」
「今日子殿の出産が近いのですから、戻ってあげてくだされ。これほどまでに助けていただけたおかげで、私もようやく城持ちとなれたのです。あとは、私達で頑張りますとも」
墨俣への付け城構築成功から数日後、光輝は新地へと戻る事になった。
妊娠していた今日子が、もうすぐ出産するという報告が入ったからだ。
二人が話をしている周りでは、墨俣城の本格的な改築、強化工事が進んでいる。
付け城構築と斎藤軍に大打撃を与えた戦功で、藤吉郎は墨俣周辺に領地を得た。
その支配権を決定づけるために、墨俣城の本格的な改築工事が始まったのだ。
蜂須賀党が工事の監督と、長良川を使っての建築資材の輸送も行い、直接工事に参加している者もいる。
小一郎は、周辺の村にこの地が木下家の領地になった事を告げに回っていた。
軍勢を率いて各村などを回り、地侍や村の長などに納める税の交渉や、戦の時に出す兵数の確認などを行う。
小一郎はそういう事が得意なようで、水を得た魚のように働いていた。
光輝は、小一郎は木下家の清輝のような存在なのだと思った。
もっとも、小一郎の方が行動的ではあったが。
「藤吉郎殿も、ねね殿に会いたいのではないですか?」
「会いたいですが、墨俣が落ち着かない事には……」
墨俣城は、いつ斎藤家の逆襲があって落ちるかもしれない城である。
女子供は置いておけないというわけだ。
「滝川様も確実に領地を広げているようなので、私も頑張りますよ」
織田家はここ最近は連戦連勝で、大分美濃に浸透してきた。
このまま順調に進めば、そう遠くない先に美濃は織田家の物になるであろう。
「お隣の件もあるし、戻らないといけないかな?」
「長島は面倒な場所ですからな」
表面上は何も起こっていないが、いつ服部左京進が何かを企むかわからない。
やはり、ここは一度戻っておくべきだと光輝は考えた。
「新地殿、本当にありがとう。また一緒にやりたいですな。又左殿も」
「そうですね」
利家は墨俣での戦況を信長に報告しに行くため、先に清州へと帰還した。
まさか、その直後に信長自身が視察に来たのは予想外であったが。
「新地殿ぉーーー、ありがとうぉーーー」
新地へと戻るために墨俣を出た光輝達を、藤吉郎は手を振って見えなくなるまで見送ってくれた。
強行軍で急ぎ新地へと戻ると、泰晴達が出迎えてくれる。
「殿、奥方様がもうすぐ出産ですぞ」
「それは大変だ! 今日子!」
「みっちゃん、おかえり」
出産間近の今日子は、いつものように光輝に声をかける。
今日子が、光輝をみっちゃんと呼ぶのは相変わらずだ。
最初は泰晴達、特に年配の家臣達が微妙な顔をしていたが、もう慣れてしまったようで気にする者はいない。
新地への金の管理を一手に引き受ける影の実力者清輝ですら、『キヨちゃん』なのだ。
それに、今日子は腕っ節では新地家一で、吉晴や一豊でも敵わない。
茶道、華道、医術、礼儀作法、料理、裁縫と何でも万能で、みんな内心では新地家一番の実力者は今日子だと思っている者も多かった。
「大丈夫か? もう予定日らしいけど」
「予定日はあくまでも目安で、少し遅れるくらい普通だって」
自分に初めて子供が生まれるので、光輝は心配で狼狽えていた。
妻である今日子の方は、自分が医者なので冷静なままだ。
「実は陣痛が始まっているけど、まだ弱いから」
「産婆は?」
「待機させているから大丈夫……これは来たかな……」
「産婆! 急いで!」
「大丈夫だって」
初めての出産なのに、今日子は冷静に産婆を呼んでから出産に入った。
狼狽えるだけの光輝は、七十を超えた産婆に邪魔だと言われて部屋から出されてしまう。
産婆に邪魔者扱いされる光輝の威厳はゼロに近い。
「兄貴、貧乏揺すりがうるさい」
「そうか?」
「工事現場みたいだよ」
分娩室に隣接する待合室では、光輝と清輝だけが今日子の出産を今か今かと待っている。
光輝は、いくら清輝に注意されても貧乏揺すりを止めなかった。
「義姉さんなら、短時間でポンと産んで終わりだよ」
「いや、安心はできないぞ」
もし何かアクシデントがあったらと、光輝は表情を曇らせる。
「大丈夫だって、兄貴も父親になるんだから落ち着かないと。戦場に行っていた癖に臆病だなぁ。それよりも、開発状況の確認とかあるでしょうが」
「あとで……いや、今聞いておこうか」
気が紛れるかもと、光輝は清輝から報告を聞く事にする。
「埋め立て工事は順調だね。埋立地は時間が経たないと安定しないけど、カナガワに地殻安定剤があったから大分短縮するはず」
「それって、軍の依頼で運んでいた物資だよな?」
「どうせ返せないし、材料があれば再生産も可能、使っても問題ないって」
これと、金を払って集めた土砂を速乾コンクリートで作った枠に入れて埋め立てる。
枠内に残った海水は、夜中にポンプで排出しているそうだ。
「急ぎ用地を確保しないとね」
こうして出来上がった土地は、農地、住宅地、商業地、工業地などに振り分けていく。
「硝石小屋、椎茸栽培工場、製鉄所の他にも職人を招くし、焼き物の窯も作ろうと思うんだ。酒、味噌、醤油の製造も始めたいね。麹菌はカナガワの食品製造工場にサンプルが大量にあるから増やせばいいし、夢が広がるなぁ。領地が広がったから、僕の行動範囲も増えたし」
「いや、お前はその出不精を直せよ」
光輝の弟清輝は、清々しいまでにヒキコモリ体質だ。
宇宙船の船員になったのには経済的な理由もあったが、本人の体質に合っていたというものもある。
常に船内に籠り、休みの時は自分の好きな趣味に没頭している。
頭がよく、会計や財務の知識も豊富なのだが、よく今日子から『たまには外に出なさい!』と言われていた。
「義姉さんがそう言うから、領内はたまに移動しているよ」
ただし、新地家の屋敷に、埋立地に建設中の新地城、キヨマロやロボット達と管理している重要区画のみである。
なぜなら、清輝はヒキコモリ体質だからだ。
「普段は表に顔を出さない新地家の影の宰相。いい呼び名だ」
そして、少し厨二病も患っていた。
「兄貴がトップで、僕が影の宰相、表の内政関連のトップは泰晴か。後継者の康豊は僕がちゃんと教育しているから」
「何か、嫌な予感がするな……」
康豊はまだ若いので、清輝に洗脳されてしまうかもしれない。
光輝は、康豊の無事を心から祈った。
「あとさ、この時代の絵柄って僕には合わないし、字ものたくって読み難いよね。それも改良する予定」
と言いながら、清輝は綺麗に製本された本を光輝に見せる。
「えっ? これが源氏物語?」
そこには、文字が木版印刷で、絵柄はカナガワにあるデータベースから……いや、清輝の趣味の本やアニメが入ったデータから拝借したのであろう。
コンピューターで編集されて当時の服装ではあるが、萌えキャラ風の女性と、イケメン風の男性で絵が構成された源氏物語になっていた。
「伊勢物語もあるよ。量産に時間がかかるのが難点かな。人手とか領地の問題もあるしね。兄貴、長島と桑名を併合しようよ」
「そんな理由でかよ!」
とはいえ、あそこを何とかしないと伊勢には進出できない。
光輝は、長島と桑名の併合を決めた。
桑名はともかく、長島はもっと弱らせないと駄目だろうが。
「おぎゃーーー! おぎゃーーー!」
「えっ! 早っ!」
「だから言ったじゃないか、兄貴」
清輝の予想は当たり、今日子は一時間ほどで無事に女の子を出産した。
「可愛いなぁ。名前は『愛』にしよう。『愛姫』だ」
「みっちゃんにしては、センスのいい命名ね」
「ふっ、俺もたまには抜群のセンスを見せる事があるのさ」
光輝は産まれた娘を抱きながら、散々苦労して決めた名前を発表した。
「男ではありませんでしたか……」
泰晴が残念そうだが、この時代はそんなものだ。
跡取りがいないと、堀尾家は新地家重臣という地位を失ってしまう可能性があるのだから。
「まだまだ産むから大丈夫よ」
「そうですな。奥方様なら、あと十人くらいは産めそうですし」
「そのくらいはいけるかな?」
「殿、頑張っていただきたく」
「こっちに圧力が来たなぁ……」
まさか、四十をすぎたおじさんから、もっと子を作れ圧力を受けるとは思わなかった光輝であった。
「ところで、殿と奥方様はいいのですが、清輝様はいつ妻を迎えるのですか?」
「「えっ?」」
泰晴の質問に、光輝と今日子はお互いに見合って声をあげてしまう。
「清輝かぁ……」
優れた頭脳を持つが、ヒキコモリ体質でちょっとヲタクの清輝は、常々好みの女性のタイプをこう述べていた。
『ツインテールが似合う巨乳美少女! 『魔法少女メルティークィーン』のメルちゃんのような人だね』
『あのね、キヨちゃん。そういう女性はそう現実にはいないのよ』
かなり前に今日子が真剣に諭したのだが、あまり効果はなかった。
光輝は兄なので、当然清輝の好みの女性のタイプは聞いている。
だが、この時代にはまずいないであろうと光輝は思っていた。
「(この時代に、ツインテールの女性なんているのか?)清輝の場合、無理矢理政略結婚で押し付けても無駄だと思う」
「難儀な方ですな……」
泰晴からすれば、結婚なんて家同士の繋がりだから好きな女性の身形などという話が理解できない。
だが、無理に押し付けても失敗しそうなのは彼にもわかった。
前に、泰晴が光輝に側室を迎えようとした事があったのだが、今日子は『私と合えばいいかな』と否定しなかったのに、光輝本人は『いらない』と拒絶した事があったのを思い出したからだ。
この兄弟には、武家の常識が通用しにくいのだと。
「こんな感じの女性ね」
そして、当の清輝は理想の女性像を書いた紙を泰晴に渡した。
とは言っても、彼が持つデータベースに入っていた『魔法少女メルティークィーン』のメルちゃんのイラストである。
甚だしいジェネレーションギャップに、泰晴は目をひん剥いて絵を凝視した。
「見た事がない絵師ですな……大分絵柄が特徴的と言いますか……」
超未来の萌え絵を見た泰晴は、衝撃のあまりほとんど言葉が出ない。
「僕が書いたんだよ」
「無駄に万能ですな……」
実際に、清輝は絵を描くのが上手かった。
経済的な理由で断念したが元々漫画家志望であったし、忙しいので一度だけであったが、趣味の友人達とネオコミケに同人誌を出した事もある。
「探してみます……」
泰晴がもし岩倉織田家の重臣のままであったら、こんな無茶な命令は引き受けない。
だが、新地家の重臣である泰晴は生物の本能、環境の変化に対応してその絵を懐に入れた。
それはそうだ。
前よりも、地位も金回りも段違いなのだから。
「公家のお嬢様達にいますかね?」
「貴族の娘とか、萌えるねぇ」
「それはよろしゅうございましたな」
やっと主君に子供が生まれたのだ。
泰晴は、清輝の子に新地家分家を創設させなければと、嫁探しに奔走する事になる。
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