第7話 甲種焼酎

「兄貴、どう?」


「うーーーん、お小遣いが厳しいお父さんが晩酌に使っている『熊五郎』の味がする」


「いやだって、その熊五郎と同じ物だもの」


 新地に本拠地を構えた光輝達であったが、それぞれの役割は決まっていた。

 基本的にインドア派の清輝は、キヨマロ達と共に、新地城内とそれに隣接する立ち入り禁止区画とカナガワの管理、様々な物の製造……まあ永楽通宝の私鋳もあるので密造と呼んでも差支えがない事をしている。


 あとは、新地家の財政も担当している。

 これには表の帳簿と裏の帳簿があって、泰晴が知っているのは表の帳簿のみであった。


 いつも清輝は、新地城内とカナガワに籠って色々と作っているのだが、そんな彼が光輝に持参したのは人工合成した焼酎であった。


 光輝達がいた世界で大昔に実用化されていた、バイオマスエタノールが材料になっている。

 陳腐化した技術なので製造施設をカナガワにある工作機械で製造し、材料のセルロースはその辺の草木を利用している。

 エネルギー源はソーラーパネルからだが、この時代の人にはどんな物なのか理解できない。

 

『厄除けだから』


 光輝達がそう言うと、彼らは新地城や大型倉庫の屋根に乗っているソーラーパネルに関心を抱かなくなった。

 確かに、日光が当たったソーラーパネルは光っているので、悪い物を寄せ付けないのであろうと思ったからだ。


 そして、エタノールを取った後の草木の残骸は肥料へと加工した。


 元々医療用の消毒液としてエタノールを製造してみたのだが、これをアルコール度数四十パーセントくらいまで薄めてクセのない焼酎に仕上げた。

 梅酒など果実酒を作る時に使うホワイトリカーでもあり、サワーやカクテルの材料にもなる。

 『熊五郎』は、アキツシマ連邦では有名な酒造メーカーの製品であった。

 スーパーの特売などでもよく売られる、庶民の愛用品である。

 四リットル入りペットボトルが税抜き千五百新円を切れば、これはお買い得だ。


「ほぼアルコールと水だから、そのまま飲むと辛いかも」


「そうだな……」


 本格的に製造された焼酎とは違って風味などはないが、何かで割って飲む分には十分に使える品であろう。

 

「でも、俺は飲む気しないな」


「僕も」


 光輝も清輝も今日子も、酒はあまり飲まない。

 酒に弱い体質でもないのだが、そこまで酒に執着がなかった。


「増産は可能なのか?」


「材料の草木があればね」


 材料となる草木はどこにでもあるが、それを集める人員がいない。

 もう少し統治体制が整えば、刈り取った草木を買い取って増産は可能であろうと清輝は言う。


「それよりも、酒造業の育成に力を注ぎたいよね。将来的には」


 それも、新地領の統治が軌道に乗ってからという事になる。

 今は、兵士の負傷に備えて消毒用のアルコールが確保できればいいというわけだ。


「それも人が揃ってからだね」


 そう言うと清輝は、焼酎が入った素焼きの大容器を置いて光輝がいる執務室を出た。

 それと入れ違いに、多くの書状を抱えた泰晴が入ってくる。


「殿、その素焼きの容器には何が入っているのですか?」


 泰晴は、光輝の机の上に置いてある素焼きの大容器に興味を持ったようだ。

 清輝が熊五郎を意識して作ったので、容量は四リットルもある。

 目立つので気になったのであろう。


「清輝が手に入れた酒が入っているのさ」


「ほほう、酒ですか……」


 この時代、酒は貴重品である。

 酒が穀物を原料に生産される以上は、穀物が余っていないと酒は造れないからだ。

 この時代は農業技術が進んでいないからそう大量に穀物が余るはずもなく、作られている酒の量は未来に比べれば圧倒的に少ない。


 有名な酒処は先進開発地域である畿内が多く、酒造の主な担い手が金と穀物が集まる寺院なのは、洋の東西を問わずに同じであった。

 西洋の修道院でも、ワインやビール製造されているのと同じだ。

 日本では僧坊酒と呼ばれて高級品扱いされており、少量ではあったが既に清酒も製造されている。


「美味しいのでしょうか?」


 泰晴は、そのお酒に興味を持った。

 ちゃんとしたお酒など、いくら元岩倉織田家重臣でもそう飲む機会がなかったからだ。

 普段は飲めても、酒精分が薄い濁った白酒ドブロクが精々であった。


「美味しくはないんじゃないかな?」


「どうしてですか?」


「酒精分は高いけど、風味とか味はないと思うよ」


 人工醸造した酒なので、まともに作った酒に比べれば味はないに等しい。

 あまりお勧めはできないと、光輝は泰晴に説明した。

 

「味見してみるか?」


「はい、いただけるのなら」


 光輝が大容器から茶碗に焼酎を注ぎ泰晴に渡すと、すぐに彼は試飲を始める。

 今までに味わった事がない強烈なアルコールの味に、泰晴はむせてしまった。


「あまり一気に飲むなよ。酒精分が強いから」


「確かに、これは強いですな」


 この時代で、アルコール度数が四十パーセントを超えている酒を飲んだ経験がある人など、ほとんどいないはずだ。

 泰晴は、強烈なアルコールの味に衝撃を受けた。

 確かに味はと言われるとないような気もするが、何かこう癖になりそうな刺激である。


「水とかで割って飲む分には、これでいいのかもしれないけど……」


 バイオマス燃料なので本当は酒ですらないのだが、衛生には気をつけているし、成分は同じエタノールである。

 飲んでも健康に害は……度数が高いのでアルコール中毒には注意しないと駄目かもしれない。


「欲しければあげてもいいけど、飲み過ぎは健康によくないし、酒精中毒になるから適量を薄めてから飲んでくれよ」


「いただけるのですか?」


「泰晴の働きに対し、これを与えるものとする」


 光輝は、殿様のような口調で泰晴に大容器入りの焼酎を与えた。

 実は一度言ってみたかったのだ。


「ははっ! ありがたき幸せ」


 光輝達からすれば人工醸造の安酒、元いた未来の法律区分では甲種焼酎なのだが、泰晴はありがたがりながら酒を持ち帰った。 

 

「毎日酒が飲めるって素晴らしい!」


 焼酎をもらった泰晴は、毎日水で薄めてから晩酌を楽しんだ。

 そして、他の家臣達も……。


「殿! もし我らに褒美を下賜する機会がありましたら、あの酒をください!」


「俺もあの酒が欲しいです! 父上は、あの酒の容器を後生大事に仕舞って息子の俺にも飲ませてくれないのです!」


 新地領において本格的な酒造が始まるまでは、甲種焼酎でも十分に褒美として役に立ったのであった。

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