だけど死ねない

そのいち

 僕の部屋の中央には、天井から一本のロープが垂れ下がっている。

 そのロープの先端は丸く輪っかになるように細工をしていた。


 賃貸のアパートの一室に天井にこっそりと穴を開けてロープを通す大変だった。きっと大家さんには怒られるだろうけど、後のことは気にしない。


 この日の為に散らかっていた部屋を片付けた。というか全て家財を部屋の隅に押しやっただけだ。だから部屋の隅は僕の家財が山のように積み重なっている。


 ただ家財を部屋の隅に押しやっただけであるけど、僕の部屋は若干殺風景になって、若干広々としている。


 その若干殺風景な空間には天井からは、先端が輪っかになったロープが垂れ下がっている。それを見ると何だか物々しい雰囲気に感じて僕は萎縮した。


 でもそのロープをよく見ると滑稽にも見えた。


 なるほど、僕の部屋は激安賃貸のボロアパートで天井が低いから、ロープと先端の輪っかまでの長さが短くて滑稽なのだ。これは何かの健康器具か、出来心で手を出したDIYの失敗作に見える。


 いや、考えようによってはこれもまたDIYだ。確かに見た目は不格好だけど、これは失敗作ではない。これでも充分な機能は備わっている。


 僕は彼女の為に買ったアンティークな白い小ぶりの椅子をそのロープの下まで運ぶ。その椅子には座ることなく、椅子の上に立ち、ロープの輪っかに自分の首を通した。


 ──そう、僕は今まさに死のうとしている。


 ただ僕は、死にたくなったから死ぬのではなく、死ぬ必要があったから死のうとしているのだ。


 それでも僕はそのロープを首に括り付けた状態のまま行動に移さないでいた。


 時刻は既に十一時を回っている。早くしないとお昼を頼んだウバーイーツの人が到着してしまう。思えば午後から大学の講義があったはずだ。それにレポートも仕上げてなかった。


 気持ちが急いてしまったか、それに元よりアンティークの椅子の脚がぐらついていたこともあって、危うく椅子から足を踏み外しそうになった。


 危ない、危ない。死ぬところだった。


 逸る気持ちを落ち着かせようと、首元のロープを握りしめ支えにしながら、深くゆっくりと埃が漂う自室の空気を吸う。


 彼女の為だ。僕には死ぬ必要がある。


 今度こそ覚悟を決めて足元の椅子を蹴り飛ばす──つもりだけど、ちょっとその前に、その愛する彼女と僕の出会いから振り返る必要もありそうだ。

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