「案内中」
建物から外に出てしばらくすると何か違和感を感じた。
(あれ?何か重要なものが不足しているような...)
少しするとその正体が何かに気が付いた。
「う...ぐ...空気が...」
「あ!ごめん、ここには酸素がないということを忘れてた!」
するとレナは急いで雄二の頭に手をかざした。すると光が灯り、真っ青な顔をしていた雄二の顔色は戻っていった。
「はぁはぁ...死ぬかと思った...」
「いやーごめんごめん、天界で死者が出るっていうシュールなことになるところだったよ」
「こんな重要なこと忘れちゃダメでしょ」
レナが先ほど行ったのは天界術式一つで、それにより雄二の周りにだけ酸素や窒素、二酸化炭素などを生成するようにしたのである。
その後、雄二はレナに様々な場所を案内された。見れば見るほど天界とはとても思えないような場所である。建物は多少デザインに癖があるが元居た世界のものと余り違いを感じないのだ。
「ここがね、肉体を失った魂を新しい肉体に転生させるための施設だよ」
レナが指を指した建物は日本の倉庫作業所に似た施設であった。入り口は広く開放されており、上部をみるとシャッターのようなものがある。そして中では翼の生えた天使たちがせっせと丸い物体を運んでいるのが見えた。
「あの丸いものって何ですか」
「あれは君たち人間の中にある魂の正体だよ」
「おお...あれが...」
見ると天使が運んでいる魂の大きさはバスケットボールほどの大きさで、表面はガラスのようにツヤツヤと輝き、中心部には細胞核のような赤い球状のものがある。落とすと割れてなくなってしまいそうなもろさと儚さを感じる見た目をしていた。
「中も見てみようか」
レナとともに建物の中に入っていく。中では天使たちが各々作業を行っていた。それぞれの天使たちは円形の台の上に立ち、運んで行った魂をもって呪文のようなものを唱えている。すると手にもっていた魂は静かに消えていった。
「こ、これは」
「今この方々がやっているのは魂を他の肉体に転送する作業だよ。あの台は特殊でね、あそこに乗ると地上の世界へ視界のみが疑似的にワープするんだ」
「そういう事はあそこに乗っている方には別の世界が見えているってことですか」
「そういうことになるね、そうだ!君もあそこに乗ってみようか」
そう言うとレナはおもむろに天使の方へ近づいていき、雄二を台に乗せてみて欲しいと懇願した。するとその天使は快く承諾してくれ、さっそく雄二はそれに乗ることになった。
恐る恐る台に足を踏み入れていき、両足を乗せた瞬間世界は変わった。見渡す限り花や雑草が生い茂る平原で、花の周りには蝶の形をした奇妙な生物が飛んでいた。見た目だけは蝶なのだが、蜂のように羽を素早く羽ばたいているのだ。奥の方では緑色の葉を枝に付けた木々が並んでいるのが見える。その美しさといったら言葉にするのも難しいものだ。
「凄い...想像以上だ...」
雄二はつい言葉を漏らす。するとどこからかレナの声が聞こえてきた。
「念じれば好きなところに飛ぶことができるよ」
「ほんとですか」
あくまで肉体は天界のほうにあるため、外から話しかければ雄二はそれを聞き取ることができるのである。
(多分ここは僕のいたところとは違う世界なんだな)
雄二は言われるままに前に移動するように念じてみた。すると周りの背景はどんどんと後方へと移動していった。そのままどんどんと前へ進んでいくと崖の下に辿りついた。周りを見回すと大きな洞穴があるのが見えた。
「あれは何だろう」
そのまま洞穴の方に入っていく。
その頃レナはというと先ほど作業台を貸してくれた天使と小声で話していた。
「レナちゃん、あの子は新しく天使になる子かい?」
「そうだよ、中々いい眼をした子でしょ。実はあの子、エリアSから来た子なのよ」
「え!?それホントかい...そんな珍しいことがあるんだなぁ...」
「別にありえないことじゃないでしょ。2000年前くらいにあそこから来た子がいたじゃないの」
「そういやいたなぁ、あいつも結構変わった奴だったよ。今は何してるんだろうな」
「この前エリアAで偶然会ったよ。その時は「「ここで一匹オオカミでいることが最高にクールなんだ」」とか言ってたっけ」
「エリアAにいるのもそうだが、何がしたいのかさっぱり分からんな。まぁ天界の住人であることを知られなければ問題ないんだろうが、相変わらず変わってるな」
そんなことを二人が話していると、雄二が唐突に声をあげた。
「わ、何だこれ。熊かな...なんかちょっとぐったりしてる」
その瞬間、作業台を貸していた天使は酷く驚いた表情を見せ、同時に冷ややかな汗が顔からしたたり落ちていた。そして恐る恐る雄二に質問をする。
「な、なぁ、その熊みたいな生き物ってもしかして頭にツノのようなものが生えてるか...?」
「そうですね、生えてますよ」
「地面には何か黒っぽい染みがあったりしないか...?」
「えーと、ありますね、なんだこれ」
「ヤバい!!すまん少年、俺と変わってくれ!」
「え、ええ..」
するとその様子を見たレナの表情は少しづつ引きつり始めた。その天使は何かやらかしたらしい。
「あなたはまた生きた屍を作る気なの!前々から言ってたよね?自分の担当区域にいる生物はきちんとチェックしなさいって」
「ひぃ..ごめんなさい」
レナの叱責にその天使は怖じ恐れている様子だ。「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら何度も頭を下げている。そしてレナが雄二の体感時間で10分ほど説教を終えた後、叱られていた天使は急いで魂を持って作業台に上り、そのまま呪文のようなものを唱え始めた。
「一体どうしたんですか?」
「あの人ね、新しく産まれる肉体を見逃してたんだよ。君が見た熊のような生物は妊娠するとぐったりと動かなくなって肛門から黒い液体を排出するんだ」
「あれってそういう意味があったんですね」
「今回は発見が早かったから良かったけど、もう少し遅かったら魂が体に馴染む前に産まれてきてしまうところだったよ」
「遅かったらどうなってたんですか?」
「えーっとね、魂が馴染めずに体外へ放出されてしまうね。そしたらさっきも言ったけど意識もなく、感情もない生きる屍が誕生してしまうんだ。わかりやすく言うとゾンビ化してまうんだね」
「そういえばさっきまた生きた屍を作る気なのかとか言ってませんでしたっけ。ということはゾンビのような生物が産まれてきてしまったというのが過去にあったってことですか...?」
「うっ...」
レナは瞬時に目をそらした。そして頬をかきながらさっきよりも若干トーンの小さい声で返答する。
「い、いや、さっきは言い間違えただけでそんなことは...ないよ?」
「なんで疑問形...」
「ま、まぁそんな事は良いとして、まだまだ案内しなきゃならないところがあるから」
レナは露骨に話をそらした。この話題に関してはかなりシビアであるらしい。さっきの彼女の動揺の仕方から生きた屍が産まれてきたことがあるというのは事実であるらしいことが分かる。
(想像したくもないな...)
別の施設に移動している途中、雄二はレナにある疑問を投げかける。
「魂って結局何なんですか?」
「そうねぇ...簡単に言ってしまえば意識と感情の塊だね。魂は同じように見えてそれぞれ違いがあるんだ。人間の性質とかは大体DNAで決まるんだけど、その肉体に入る魂によって性格とか趣味趣向とかが多少異なったりするんだ。双子だって全く同じってことはないでしょ」
「それじゃあここの方々はどうなっているんですか?」
「ここの人たちは魂が無くても生きていくことのできる地上人とは全く性質の異なる生命体なんだ。老化作用のある魂が存在しないから寿命というものが存在しないわけ」
「え?魂って老化させる作用があるんですか?」
「そう、地上というものは何度も人が代替わりをすることによって変化をしていくようにできているんだ。それに対して天界を必要としない。だから魂も必要もないってわけ」
「それ今日一番の衝撃ですよ。魂にそんな機能があったなんて...」
「君も天界を歩いていて思ったでしょ?ここにある建物はどっかで見たことのあるようなものばかりだって、天界の住人は代替わりをしないから新しい技術や技能は生まれないんだ。だから君たちの技術を借りるしかない。特にゆうじくんがいた世界の建物と酷似してるのは、建造技術が最も高い世界だからだね」
「なるほど...」
「そしてゆうじくんがここで生活していると体内の魂が体に溶け込むようになって最終的に無くなっちゃうのよね」
「マジすか・・・」
そんなこんなで雄二は他にも様々なところを案内されていた。やはりどこもかしこも教科書やテレビで見たことがあるような建物ばかりである。そのため本当に自分は天界にいるのか何度も疑問に感じることがあった。
それと同時に天使にも様々な職業があるということも分かった。肉体を失った魂を天空まで持ってくるものや天使たちのメンタルケアを専門にしたもの、そして雄二が一番驚いたのは地上の商品を販売している店であった。
「これって僕がいたところで発売されてたPSXじゃないですか。他にも名作ゲームが勢ぞろいって、どうやって仕入れているんだ...」
「これらは地上へ遊びにいった天使たちが調達してくるんだよ」
「え、天使が地上へ行っても良いんですか?」
「天界の存在を知られなければ問題ないよ」
「もう一生遊べないと思ってたゲーム達が遊べるなんて...」
「天使に一生はないけどね」
店内は意外と広く、他にも鍋やフライパンなど日常生活で使うような商品も売られていた。どういう原理で動いているか分からないような機器等も存在し、ここには異世界から持ってこられたものもあることが分かる。
「このランプってどこにも繋がってないし、電池を入れるところもないのにどうやって光ってるんですかね」
「それは消耗品だよ、製作者の魔力によって光ってるから、内部の魔力が尽きると付かなくなってしまうんだよ。だからあんまりスイッチ入れないでね」
「魔法なんて物語の世界にしかないと思ってましたよ。まぁ今更驚きはしませんが」
「そもそも天界には夜が無いからこういうものは必要ないんだけどね」
「それじゃあ何で売ってるんですか?」
「何故かこういうのを好む人たちがいるからね」
天使といっても人間と同じく十人十色だ。色んな性格の天使たちがいる。そのため、中には特殊な趣味をもった者もいる。
「そうそう、君はまだ体が天界に馴染んでないからここで遮光カーテンを買った方が良いよ」
「何でですか?」
「さっきも言ってたけどこの天界に夜は無いんだ、だからずっと明るいままなんだよね。体が天界に馴染めば良いんだけど、そうなる前は地上の人たちと体の状態は一緒なんだ。だから質のいい睡眠をとれないと精神的にも身体的にもボロボロになってしまうよ」
「ずっと明るいと体内時計が狂いそうですね、でも僕お金なんか持ってないですよ」
「そういえばそうね、まぁそれくらいなら私が買ってあげてもいいわよ、経費でだけど」
「ほんとですか?ありがとうございます」
「あ、それと教育支援所で君に受け取ってもらわなきゃならないものもあるんだ」
そういうとレナはポケットから地図を取り出してそれを広げた。地図は手書きらしく、可愛らしい絵と女性らしい丸文字で描かれている。
「これってレナさんが描いたんですか?」
「そうだよ、地上から来た人たちのために常に用意してるんだ。コピーしたものが大量にあるからこれはあげるね、それで教育支援所というものは最初に紹介した転生所の近くにあるからそこでカウンターの人に天使見習いになったのですがって言えば教科書が支給されて君が住める家を紹介してもらえるから」
「分かりました」
「それじゃあ、私は残りの仕事をしなきゃならないから」
「はい、ありがとうございました」
レナと別れた後、雄二はその教育支援所に向かった。今日は様々なところを案内されたが、何故かスルーされていた施設が二つある。それというのが肉体精製所とVR室だ。雄二はレナに指定された場所に向かっている途中、VR室と入り口に書かれていた建物を見ながら首を傾げていた。ちなみに天界の文字はレナによって雄二でも読めるように特殊な術式をかけられている。それは天界の言語及び全ての異世界の言語が自分の知る言語へ自動的に翻訳されるというものだ。その術式は彼が窒息しそうになった時に空気生成の術式と一緒にかけられたのである。かと言ってそれの持続時間はそこまで長くはないため、天界で使われている言語は今後覚えていかなければならない。
建物の見た目はいわゆる豆腐ハウスで、長方形で何の変哲もない建物なのに、そこからは何か禍々しく近づいてはいけないような空気が漂っている。
(一体何なんだこの施設は、近づいただけで寒気がする。VRって映像を楽しんだりするあのVRだよな...)
肉体精製所が紹介されなかった理由は何となく理解していた。恐らく雄二の今あるこの肉体はあそこで造られたのだろう。その造られた過程を見せるとこの世界に慣れていない自分にショックを与えてしまうのではないかと気を使ってくれたのだろうと雄二は考えている。事実、彼は自分の体が造られた過程というものを今は見たくないと思っていた。
しかしこのVR室というものは全く分からない。何かよくないことが関わっているというのは何となく分かるが、それだけである。
考えたとしても何なのかは分からないし確かめようという気は起きなかったため、そのまま地図に書かれた場所へ向かった。
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