天空ロマン
御影
「始まり」
静かな夕方の空の下、一日の学校の授業を終え、田村雄二は帰宅をしていた。
(やっと今日も終わった・・・帰ってゲームでもするか・・・)
そんなことを考えながら俯いた状態で歩いていた。足取りは重く、その様子から活気を感じることは出来ない。それは学校がつまらないというのもあるが、中学生のころから感じている強い頭痛が原因でもある。雄二は現在、高校1年生で高校に入学してからは2カ月ほど経過している。
いじめを受けているというわけではないが、周りの空気に馴染むことが出来ず、友達と言えるような相手もいないのである。
帰宅途中、彼はある交番の前を通りがかった。そこには笑顔で老人の相手をしている警官の姿があった。
(また面倒なことを引き受けているのかな・・・)
「警官さんや、うちのタマがどこかへ行ってしまったんや、探してくれないかい」
「おばあさん、タマっていつも一緒に連れている猫のことかい?」
「そうそう、それがうちのタマや」
「そうか、分かった。それじゃあまず他の人たちに声をかけよう。そしたら一緒にタマを探しに行こうか」
「ありがとう、警官さん」
そんな感じに老人と警官の会話が聞こえてくる。
その警官は地元ではお人よしとしてかなり有名であり、かなり慕われている。地元の人達からは「ゆーちゃん」という愛称で呼ばれており、日頃の行いが良いためかクリスマスやバレンタインの時には色んな人から贈り物をされるのであった。しかし人を信じすぎてしまうところが玉に瑕である。
(あの人はいままでどうやって生きてきたんだろうか・・・なんであそこまで人に尽くせるんだろうか・・・)
ゆーちゃんは雄二もそのように疑問に感じてしまうほどのお人よしなのだ。ある時には迷子の子供を非番にも関わらず一緒に探し始めたり、道に迷った人がいれば自分から進んで道案内をしたりと一般的に見ればかなり無駄なことをしているような印象を受ける。
(俺は絶対にああいう人間にはなれないんだろうな・・・)
雄二は少し前までその優しい性格から進んで人に役に立つようなことしていた。しかしそれによって、周りは彼の事を都合のいい人間だと認識したのであった。ある時にはパシリとして扱われ、掃除などの当番を押し付けられた。自分は都合のいいように扱われていると認識した時にはもう雄二は人に役に立とうと考えるのは辞めてしまったのである。
(多分あの警官は運が良かったんだ。常に周りに恵まれて、優しさに対して素直に「ありがとう」と言ってくれる人たちに囲まれていたんだろうな)
そんな捻くれたことを考えてしまう。
家に着き、ただいまも言わずに自分の部屋へ真っすぐに進んでいった。そしてテレビとゲーム機の電源を入れる。画面には可愛らしい女性の姿が映し出され、雄二へ喋りかける。
「ゆうじくん、また来てくれたんだ~、嬉しいな~」
雄二がプレイしているゲームは一般的にギャルゲーと呼ばれているものだ。学校で疲れた帰りはいつもこのようにゲームのヒロイン達に癒されるのであった。しかし画面の中の女性には触ることも直接話すこともできないため、ゲームを終えた後は何とも言えない喪失感を感じる。
「お兄ちゃん!いい加減起きて!学校に遅れるよ」
-カチカチ...-
「ゆうじくん、おはよう!今日もよろしくね!」
-カチカチ...-
静かな空間にヒロイン達の元気な声とコントローラーを操作する音が響き渡る。
「いっそこれが現実であればいいのに...この子達ならこんな俺でも受け入れてくれるんだろうな・・・」
プレイしながらそんなことを雄二は呟いた。そして時間は刻々と過ぎていき
「ご飯よー」
と母親が呼ぶ声が聞こえる。気づけば時間は7時を回っていた。突如として現実に引き戻された雄二は渋々リビングの方へと向かうのであった。リビングのテーブルには料理が並べられ、母親と父親が既に席についていた。雄二も席につくと全員で
「「いただきます」」
と食事の挨拶をしたあと、それぞれ料理を食べ始めた。雄二の家の食事はかなりバランスが良く、料理の味もなかなか良い。今日はピーマンとキャベツと豚肉の炒め物、ダイコンとニンジンを合わせた茶色い煮物、漬物などである。見るからに健康に良さそうだ。
雄二の家では食事の際は家族で今日の出来事などを話す。友達が出来たかとか何か問題が起きなかったかなどだ。
「雄二は今日の学校はどうだった?」
父親が雄二に尋ねる。
「うん、今日は友達と昼休みに野球をやったよ。でも俺はスポーツは苦手だからバットにボールがかすりもしなかったけどね」
「雄二は昔っから運動は苦手だったからな」
「そうね、小学生の頃の運動会ではいつも転んでたものね」
「やめてよ、かーさん」
「雄二も少しは体を動かすようにしなさい、訛ってしまうからね」
「そうよ、あんたも将来お父さんのようにブヨブヨになってもいいの?」
「おいそれはどういうことだ」
「アハハハハ、かーさんもとーさんをからかっちゃダメだよ」
そんな感じに食事の際は一家団欒としている。父親も母親も雄二に対しては凄く優しい。彼を気にかけているからこそ、このように学校での出来事について聞いてくるのだ。しかし、雄二が友達と野球をやったという事はもちろん嘘である。彼は両親に心配をかけまいと毎回このように作り話で誤魔化すのであった。
(これでいつまで誤魔化せるのだろうか...)
いつかボロが出てしまうのではないかと雄二は不安になっていた。いつか嘘にも限界が来るのではないかと彼は考えている。
食事を終え、風呂に寝る時間まで勉強をした。雄二は布団のなかで明日の事について考えていた。
(明日もボーっとしたまま一日を終えるのだろうか・・・今度はどうやって誤魔化そうかな・・・それとも全てを両親に話してしまおうか・・・)
雄二はそのように考えた後、首を横に大きく振った。
(ダメだ・・・両親に余計な負担をかけたくない、卒業までならどうにか誤魔化せるだろ)
おそらく高校卒業までの期間なら雄二であれば嘘がバレないで済むだろう。彼自身は気づいていないが、このような生活を続けているうちに嘘がうまくなっていたのだ。彼が嘘をついている時はその表情に全く動揺は見られず、話す内容にも矛盾がないのだ。
(そういえば、最近は嘘をつくことに抵抗が無くなってきたな・・・嘘話も簡単に思いつくようになったし・・・)
そして次の日、またいつもの朝を迎えた。目覚まし時計が鳴り、雄二はゆっくりと目を覚ました。朝食を食べ、学校へ向かった。学校に着くとそのまま真っすぐ教室へ向かった。
「あーそれねー」
「見たー?昨日のドラマ」
「おい、お前の憧れの人、彼氏と別れたらしいぞ」
「アハハ!なにそれうけるー」
教室からは生徒たちの話し声が聞こえてきた。教室を見ると、いくつかのグループにそれぞれ分かれていた。しかし雄二はどこにも属していない。そのため彼は教室に入って席に座るや否や机に突っ伏した。いつもはこういう時に何かしらの本を読んだりしているのだが、今はあいにく持ち合わせがないのである。
(学校に来る意味ってなんだよ、勉強なんか家でやった方が効率いいだろ)
そんなことを考えていると、時間になったのか担任の先生が入ってきた。
「はーい、もう時間だからみんな席について、出席確認を始めるよ」
この先生の名前は井口裕次郎、30代男性である。温厚な性格をしており、人当たりの良いことから生徒からは人気が高い。しかし先生という職業柄、恨みを買ってしまうこともあるらしく悪い噂を流されているらしい。もちろん、ほとんどの生徒はそのような噂を真に受けることはなく、先生を慕っていた。
(先生が生徒に手を出しているとか、援交をしているとか、誰がそんな噂を流すのだろうか・・・どんな良い人でも誰かしらに恨みを持たれているんだろうな)
その後、4限まで真面目に授業を受けて昼休みの時間になった。
雄二は一緒に食べるような友達はいなかったため、そのまま自分の机で持参した弁当を食べようとした。しかし、今日はクラスの誰かが誕生日だったのか、教室の生徒たちは誕生日であると思われる少女を囲んで祝い始めた。ある者はクラッカーを鳴らし、ある者は大音量で音楽を流し始め、みんなでその子のために誕生日を祝う歌を歌い始めた。
「「「「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディア...」」」」
(勘弁してくれよ...)
雄二にとってはかなり迷惑な話だ。全く仲良くもない生徒の誕生日を教室で祝い始めたのだ。それだけでも迷惑であるのにクラッカーの煙の臭いは充満し、聞きたくもない生徒たちの歌を強制的に聞かされるのだ。雄二はこの空間では完全にアウェーであり、ここで黙って黙々と弁当を食べるのは苦痛であった。
(食堂にでもいくか・・・)
雄二は階下にある食堂へと向かっていった。食堂は人が多く、いつも一人で過ごしている雄二はここには滅多に来ることはない。この空間も苦痛であるが、あの状態の教室よりかはよっぽどマシである。
雄二は適当に二人掛けのテーブルの席に座り、そこで弁当箱を開けた。いざ食べようとしたとき、目の前にいきなり少女が現れた。
「あの、すみません、座る席が無いのでここで相席になってもいいですか?」
「え、あー、別にいいですが・・・」
「ありがとうございます!」
その少女は雄二の対面の席に座り、そこに重ねた弁当箱を広げた。
(まじかよ、なんだこの量は・・・)
少女は恥ずかしそうに上目遣いで雄二のことを見つめ始め、彼に話しかける。
「こんなに食べる女の子を見たら引いちゃいますよね・・・」
「まぁ確かに驚きはしましたが別に引きはしませんよ」
「本当ですか!よかったぁ・・・ドン引きされたらどうしようかと思いましたよ」
彼女は安堵した様子だ。そして唐突に雄二へ尋ね始めた。
「これも何かの縁なんじゃないかと思います。よろしければ名前を教えていただいてもよろしいでしょうか」
「僕の名前は田村雄二で学年は1年ですよ」
「おお!1年ということは私と同じではないですか。それじゃあタメってことだね。私の名前は千堂雫。これからよろしくね」
暗闇ばかりだった雄二の学校生活に一筋の光が刺した瞬間だった。
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