第110話南の森⑨・リザラズ
魔人は、館の玄関口で木製の肘掛け椅子に座り、テツオをずっと見ていた。
ああ、テツオ!なんて面白いんだ。
下位悪魔を囮にし、自らは潜伏、敵の隙を狙う。
そして、魔王や高位悪魔を倒してきた技の正体は、その魔力を大量に込めた一撃って訳か。
悪魔がまず選ばないその戦い方、称賛せずにはいられないよ。
だが、それだけで高位悪魔が倒せるものか?
高位悪魔には、人間では到底看破出来ない自己防衛の【特異】が備わっている。
それを、短期間で二体倒している事実には驚嘆せざるを得ない。
恐らく、彼にはまだ何か隠している力がある筈。
フフフ…………、テツオ、一体君は何者なんだい?
————————
「マスター、残す魔獣は一体のみとなりましたな」
「形勢逆転の妙、お見事と言う他ございません」
「素晴らしき采配、このブルー、感服しきりでございます」
インキュバスらが、主人の機嫌を取っていた。
その主人は、そんな事など意に介さず、生き残った使い魔を数えている。
インプが三体、ライガーが二体か。
多くを失った…………
使い魔が死ぬと、主従の証である魔力パスがぶつりと途切れる。
繋がりが完全に消えるその喪失感は、悪魔であれば気にも留めない些事であろうが、人間であるテツオの感情を大きく揺さぶった。
インキュバス達は、そんな主人の気も知らず、はしゃいでいる。
それが尚の事、テツオを腹立たせてしまう。
インキュバスの声がより一層耳障りになり、テツオ自身、八つ当たりだと分かっていても、もはや止められるものでは無かった。
「じゃかましい!たくさん仲間やられとんのやぞー!仇討ちや!最後の一体くらい、お前らでとどめ刺してこんかーい!」
主人の怒号!
それと同時に、魔力パスを通して流れてくる主人の激しい怒り、薄暗い悲しみの感情が、使い魔全てを震え上がらせた。
「ハハーッ!」
「おっ、恐れ多くーッ!」
インキュバスが魔獣へ向け、全速力で特攻していった。
既に全快しているライガーやインプらも、包囲した魔獣へ、一斉に襲い掛かる。
あれだけ脅威だった魔獣の【咆哮】も、強力な【火魔法】ですら、この戦力差を覆すには至らない。
勝負は決した。
しかし、魔獣の闘気は衰えない。こういった手合いには、細心の注意が必要だ。
「これはもう、チェックメイトだね」
アスティがボソリと呟いた。
突如、魔獣の挙動がおかしくなり、悲壮な声で鳴き始める。
まるで命乞いをしているかのようだ。
それを見て、インキュバスが鬨の声を上げる。
「敵は戦意を喪失した!」
「首級を挙げたものには、褒美があるぞ!」
「武勲は早いもの勝ちなり!」
使い魔達が我先にと、魔獣の元へ殺到した。
それを見て、テツオはふと違和感を覚える。
この強き魔獣には、高い知性と誇り高き気位があった。
いくら追い詰められたとて、自分より低レベルの使い魔達を前にして、命乞いなどするだろうか?
…………否、だ。
しかし、魔獣に反撃の意思は全く無く、窮鼠猫を噛むのケースも一瞬よぎったが、それもまた違う。
完全に諦めている。諦めざるを得ない事態に陥った。それは、つまり…………
ああっ…………!
もし、この恐ろしい悪魔の如き想像が、現実であるならば!
背筋が凍る。
忘れていた。敵はディビット卿ではなく、既に悪魔に移行していた事を。
————大爆発。
魔獣が爆ぜ、炸裂音が耳をつんざく。
爆風が身体を撫でる。
使い魔八体の魔力パスが、同時に切断された。
アスティが、魔獣を強制的に自爆させたのだ。
「くっ…………うううっ!」
ふいにピンクとミルクが、苦悩するテツオを優しく包み込むように抱きついた。
「マスタァ、しっかりしてぇ」
「大丈夫?おっぱい揉む?」
その心配は、俺の精神状態に向けたものか、それとも魔力供給元に向けたものか。
それでも少し心が軽くなった気がした。
柔らかくて気持ちいい。
「ああ、大丈夫だ」
使い魔など、また召喚すれば済む話だと、悪魔ならば言うだろう。
甘えん坊なライガー、しゃべりが独特なインプ、インキュバスのウザい絡み。
今にして思えば、そんなあいつらの事、満更でもなかったみたいだ。
記憶を共有したアイツらとは、もう二度と会えない。
それでも、今は感傷に浸っている場合では無い。
まだ戦いは終わっていないのだから。
————————
リリィは苦悩していた。
聖騎士リザラズ。
西国アシュレイで生を受けた者なら、誰もが知る神話の騎士。
史上最強であるとか、大天使の加護を授かっていたとか、伝わっている逸話の数々は枚挙に暇がない。
アシュレイで騎士を目指す者であれば、幼い頃から騎士学校で、彼の事を学び、目指し、憧れる。
その伝説が目の前にいる!
呪われているとはいえ、そんな偉大な英雄を倒してもいいのか?
何か助ける方法があるのではないか?
だから、私が戦うしか無い。
メルロス、リザードマン、バイコーンには、サポート役を任せた。
リリィの剣が鈍る。
呪われし騎士は、迷いを抱えながら戦える相手ではない。
憤怒しているかの如き、荒々しい長槍の突撃は、リリィをいとも容易く吹き飛ばす。
「リリィ!」
メルロスが叫ぶ。
テツオの
そして、まだテツオにも話した事は無いのだが、聖騎士は天使の力を秘めた武具を授かっている。
【羽の盾】は天使の力の欠片。
天使の羽が、槍の勢いを相殺し、ダメージを減らす。
リザラズの戦い方は、聖騎士に伝わる槍術の基本技術だった。
寧ろ、近年の聖騎士の方が、技術だけでいうなら上かもしれない。
三百年という年月は、聖騎士をより高みに昇華したのだ。
それ故に、動きは読みやすい。
「私は無事よ!」
リリィは、空中でくるりと回転し、メルロスへ無事を伝えるジェスチャーを取る。
会話は耳の中に嵌め込んだ魔石インカムで、数十メートル離れていても可能だ。
「勝てるのですか?リリィ」
「分からない。でも、動きはある程度分かる」
「無理はしないように気を付けて。サポートは任せて下さい」
「フフフ、ありがと。でも、無理しなきゃ勝てない相手よ」
「そうですか。困りましたね。では、私も隙を見て攻撃に参加します」
メルロスが優しく感じるのは気のせいだろうか?
迷っていては勝てない。覚悟を決めないと。
リザラズが追撃してくるタイミングに合わせて、騎士の足元にぽっかりと穴が開く。
メルロスの【精霊魔法】が、大地に影響を与えたのだろう。
脚をとられバランスを崩したリザラズへ、リリィが一瞬で詰め寄り、剣撃を叩き込む。
「グオオオ…………オォォ…………」
…………苦しんでる?
どうもおかしい。こんな簡単に攻撃が通じるなんて。
聖騎士なのに、英雄なのに、天使の加護が感じられない。
呪われた事で聖騎士本来の強さが失われている?
「リリィ!攻撃が来ます!」
仰反っていた騎士は反転し、力を溜めた長槍の一撃を、リリィの胴体目掛けて放つ。
【羽盾】二枚が攻撃の軌道を変えたが、槍を取り巻く螺旋の黒い波動は、リリィの身体を巻き込んで、簡単に吹き飛ばされてしまう。
後ろにはデビルプラント。直撃すれば只では済まない。
その軌道上にバイコーンが割り込み、身を呈して受け止めた。
リリィのダメージは軽減されたが、逆にバイコーンは深手を負ってしまう。
暖かい光に包まれ、リリィは意識を取り戻した。
メルロスの【回復魔法】だ。
「無事カ?」
「う、うう…………えっ?な、何をしてるの?」
「無事ナラソレデイイ」
まさか魔獣が私の身体を心配しているの?
血が大量に出ている。私を庇ったからだ。
「何を言ってるの?大怪我してるじゃない」
「命ニ代エテモ守レ。マスターノ命令デアル。気ニスル事ハナイ」
「でも!」
「リリィ、早く戻りなさい!リザードマン達では長くは保ちません!」
メルロスの大きな声…………、初めて聞いた気がする。
「メリィ、バイコーンにも【回復】を!」
「魔力は無駄に出来ません」
五十メートル程離れてしまった戦場に視線を戻すと、リザードマン達が騎士の猛攻に、防戦一方となっていた。
このままでは蹂躙されてしまうだろう。
「ハヤクイケ」
再びバイコーンを見ると、既に胴体から黒い煙に似た粒子がチリチリと漂っている。
手遅れだと悟った。このまま消えゆくのだ。
「助けてくれてありがとう!」
とっさに出たのは、感謝の言葉だった。
魔獣に感謝するだなんて思ってもいなかったが、バイコーンにはもう何も聞こえていない。
込み上がってくる感情を抑えるように、リザラズ目掛けて一直線に飛ぶ。
到着まで数秒も掛からない。
だが、その僅かな間に、リザードマンの一体へ騎士の槍が貫通し、胴体に大きな穴が開いた。
「ギャギーッ!」
リザードマンの断末魔。即死の一撃。
私が不甲斐無いせいで、使い魔が更に一体犠牲になってしまった。
私が迷っていたせいで!
「もう、誰も死なせない!」
その瞬間、二枚の【羽盾】が、リリィの背後で眩く発光した。
その光は大きな翼のように広がり、彼女の速度を爆発的に加速させる。
リザードマンに襲い掛かるリザラズを、次はリリィが吹き飛ばす。
その姿は、まるで空に降臨する天使のようだった。
「あー、覚醒しちゃったかぁ。確か、英雄の護る想いが天使の加護を最大限に引き出す、とかだったっけ。
でも、殺せるのかい?君に……」
のんびり観戦を楽しむアスティが、独り言を呟きながらほくそ笑む。
そこで、三体の魔獣が消え、テツオがリザラズのいる戦場へと合流。
「お!テツオも加わって、いよいよクライマックスだ!
さぁ、どんなフィナーレを飾るのか、魅せておくれ!テツオーッ!」
解説者のボルテージは最高潮に達している。
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