第109話南の森⑧・魔獣


 ————戦闘開始。


 敵魔獣三体は、三十メートル間隔程で横並びになり、こちらが攻めてくるのを欠伸をして待っていた。

 獅子面なのに、余裕の笑みを浮かべているように見える。

 互いに連携を取る気も無いのか?舐めやがって。


 まずは、同じ魔獣タイプのサーベルライガーに攻めさせ、様子見といこうか。


 サーベルライガーは、鋭い爪と剥き出しの牙による原始的な攻撃しかないが、その敏捷性と攻撃力は決して侮れない。

 知性もそこそこ高いので、ある程度細かい命令も聞く。

 こちらは六体いるので、ニ対一で当たれと命令してある。

 二体で囲み、噛み付き、引っ掻き等でごちゃつかせ、乱戦に持ち込め、と。

 倒せないまでも、ある程度の体力は削ってくれるだろう。


「イージーゲーム」


 だが、その目算はあっさりと外れてしまう。

 敵魔獣は、なんと魔法陣を展開し、【咆哮】を放った。

 全ての使い魔には、事前に魔力を与え、レベルは上げてある。

 それでも、悪魔としての格の違いなのか、その【咆哮】により、ライガーはおそらく一秒程、身体を怯まされた。

 ほんの一秒といえ、猛スピードで展開される戦闘中の一秒とは、とてつもなく大きなアドバンテージである。

 決して、二体同時に【咆哮】の射程内に入らず、位置取りを注意しながら戦うようにと指示を追加。

 それでも、徐々に削られていくライガー達。


 これは、まずい。


 手遅れとなる前に、インプ全十五体を一斉投入。

 インプは、体長百センチ程度の小柄な悪魔だが、鳥のように素早く空を飛行する事が出来る。

 敵一体に対し、インプ五体が空から攻撃出来る陣形になるので、敵魔獣はその全てを対処しきれないだろう。


「ジージー」


 だが、その勝利宣言は儚く消え去った。

 手を抜いていたとでもいうのか、敵魔獣は詠唱を始めると、空中にいくつもの魔法陣を編み出していく。

 空に向けて放たれる攻撃魔法が、インプを襲う。

 一体は火魔法、一体は氷魔法、一体は風魔法と、別々の系統を操っていた。

 過小評価していた訳では無いが、これは想定外と言わざるを得ない。


「恐れながら上申致します。そろそろ我々が出るべき頃合い、かと」


 インキュバスが横から声を掛けてきた。

 その声にイラッとくる。

 インキュバスとは、男性型淫魔の事である。

 衆目美麗な青年、高身長、引き締まった身体、大きなイチモツと、女を落とす事に特化した造形であり、所謂イケメン。

 見た目どころか声もかっこよく、魅了チャーム状態も相まって、男の俺でさえ、そのイケボには惚れてしまいそうになる。

 だが、俺が召喚する際は、マスカレードマスクのような仮面型外装着用必須なので、女に顔を見せる事は一切無い。絶対無い。一生無い。あくまで戦闘要員に過ぎない。

 一応、識別しやすいよう、その黒仮面には色別のラインが入っている。レッド、ブルー、グリーンの三色。どうでもいいが、任意で発光できるらしい。


「あのままでは保ちそうも御座いません」


 イエローのイケボも横から話し掛けてきた。

 ああ、かっこいい。イケボ声優が耳元で囁いているかのようだ。

 だが、ムカつきが遅効性でやってくる。


「貴様ら如きが主人に意見とは何事か!」


「滅相も御座いません!」

「恐れ多く!」

「平に!平に!」


 インキュバス三体は、一瞬で平伏し、地面に自ら頭を叩き付けた。

 大河ドラマのワンシーンみたいだ…………

 おっと、思わず見惚れてしまった。

 土下座すらかっこいいって何なの?

 人間男性の本能が、インキュバスの存在全てを拒絶してしまうのだろう。

 というか、なんだよ?平にって。

 ムカついていると、後ろに控えていたリリムが、服の袖を摘んで、クイクイと引っ張っている。


「マスタァ、彼らに悪気は無いのぉ」


「許してア・ゲ・テ」


 俺の耳元で吐息を吹きかけるように、サキュバスのプリンちゃんまで嘆願してくる。


「ゲフンゲフン、いや、何、俺は別に怒ってるとか、そんなワケじゃないからね」


「よかったぁー」

「マスタァやさしー」


「うん、まぁ立て。

 俺にはしっかりしたプランがあるんだ。パーフェクトプランが!

 お前ら如き羽虫が心配するような事は何一つ無い」


「はっ、ははぁーッ!」

「恐れ多くッ!」


 お前もう、恐れ多く言いたいだけだろ。

 しかし、まさか、ここでお前ら爆死組をまとめて始末しようとしているのが、バレてるんじゃあないだろうな?

 人型悪魔だけあって、魔獣なんかよりずっと賢い。だから面倒なんだよ。


 おっと、そうこうしている間にライガーが二体、インプに至っては八体もやられてしまった。何があった?

 まさに、陣形崩壊寸前。一方、敵魔獣はまだまだ元気そうだ。


「お前らが邪魔するから、あいつらピンチじゃねーか!

 よし、ここでお前らの出番だ!ゴー!」


「ははっ!して、目標は?」


「敵魔獣に決まってんだろーが!ゴーだ、ゴー!」


「作戦がお有りなのでは?」


「お前らは鉄砲玉じゃい!道連れ狙いで玉砕してこんかいーッ!」


「ハハーッ!」

「恐れ多くーッ!」

「御意ーッ!」


 インキュバス全身戦闘外装なりていざ出陣。

 各々、敵魔獣へ向け特攻致し候。

 ただひとえに主人への忠義の為に。


「大丈夫なのぉ?マスタァ……?」


 傍でリリムが心配をしているので、おかしいなと感じ、仮面をずらすと、信じられない事に彼女は、悲しい表情を浮かべていた。

 驚いたな。悪魔に基本感情は無い筈だが。

 何が起こっている?


「痛い、痛いよ。マスタァ……」


 思わずミルクの両肩を強く掴んでいたようだ。


「あっ、ああ、悪い悪い。なぁ、ミルクちゃん、あいつらが死んだら、その、悲しいのか?」


 悪魔に何を聞いているんだ俺は。

 本当にどうかしている。


「うーん、カナシイって感情はまだよく分かんないけど、マスタァに召喚されたアタシ達悪魔は、魔玉を通してマスタァの感情が流れてくるの。それが影響してるみたい」


 プリンが続ける。


「そうよぉ。だから、ワタシ達はマスターの感情を常に共有、獲得してるの。嬉しいわぁ」


 つまり、俺を通して、人間の感情を習得しているという事か?

 悪魔が人間の感情を学び、理解するだと? 

 じゃあ、なんだよ?最近入手したバアルの魔玉で、召喚したばかりのプリン、ミルクでこれだけ理解してるってんなら、マモンの魔玉でずっと前に召喚したアイツらは、もっと理解してるってのか?

 そんな事…………


 一方、戦場では、インキュバスが奮闘していた。

 理由は二つ。

 彼らは、精神攻撃への耐性が高かったようで、魔獣の【咆哮】があまり効かなかった。

 それと、インキュバスに持たせたガルヴォルンの剣に、魔獣が思いの外、警戒しているらしい。

 とはいえ、魔獣の体力は高く、このままこちらの戦力が減っていけば、再びジリ貧となるのは火を見るより明らか。


 それでも、使い魔達は諦めない。

 ただ愚直に、指示通り、命令通りに戦っている。

 そう、使い魔とはそういう存在であり、生殺与奪権は全て主人が握っている。


「【咆哮】は全て、我等が受け持つ!」

「お主らは、ひたすら攻め続け、敵を弱らせるのだ!」

「さすれば、必ずやマスターが助けに来て下さる!」


 戦意喪失しつつあるライガーやインプを鼓舞し、各々の戦況を維持しようと努めるインキュバス。

 右の戦場にて、魔獣に下半身を噛みちぎられ瀕死のインプが、独り言のように話し出す。

 目は虚ろで、もはや焦点は合っていない。


「へへっ、オレたちゃ、人間が忌み嫌う悪魔だ。マスターにとっちゃ、使い捨ての駒に過ぎねぇ…………ゴブッ!」


 仮面の目に赤いラインが装飾されたインキュバスが、魔獣とインプの間に立ち塞がる。


「その通りだ、インプよ。悪魔に助けなどとおかしな事を言った。つまるところ、我らは少しでもマスターの役に立てば、無駄死にであろうとも構わんのだ」


「ケッ、変な悪魔だ。が、魔王マモンなんぞに仕えるよりよっぽどマシってこたぁ分かる。

 だからさぁ、もういい加減、オレを庇うのは止めろよ!」


「フ、貴様を囮に利用しているだけだ。気にするな」


 魔獣は弱った敵を狙う習性があるのか、はたまた歪んだ知性があるのか、インプを護るというハンデを背負ったインキュバスを、執拗に攻め続けた。


 使い魔達の会話は、全てマスターであるテツオの脳内に直接届く。

 テツオは思った。


 いやいやいや、インキュバスのくせに、性格までイケメンってかっこよ過ぎるんですけどー?


 一瞬、ほんの一瞬、本気で助けたく無くなったが、インプを庇っているインキュバスに猛攻を仕掛ける魔獣が、想定以上に隙だらけだった。

 だから、たまたまそちらへ向かっただけなのだ。


「弱イ、弱過ギル。魔法スラ必要ナイ。主人ガ弱イト悪魔モ弱イノダナ。アリガタク思エ!今、貴様ラヲ人間ノ支配カラ解放シテヤル!

 サァ、トドメダ!」


 前腕を大きく振りかぶる魔獣の、そのガラ空きとなった胴体へ、魔力を込めた【#幻鉱石剣ガルヴォルンソード】を一気に突き刺さした。


「ダニィッ!」


 高位悪魔すら屠る一撃に、魔獣は断末魔だけを残し、あっさりと消滅した。

【時間操作】は一切使っていない。

 レベル60のテツオでも、レベル70程度の敵であれば、【隠密ステルス 】と【強化バフ】を使えばなんとかなる。

 リリィと積んだ稽古の成果が、実った瞬間だった。


「此度は!マスター自ら御出陣頂きっ!」


「能書きはいい。まだ戦闘中だという事を忘れるな」


 ボロボロになっているインキュバス、死にかけのインプは、既に【回復魔法】で全快している。


「うおおおッ!治癒まで賜るとはぁ!まっこと恐れ多くゥッ!」


「やかましい!他の魔獣も倒すから、さっさと麻痺除けの盾になれ」


「御意ーッ!」


 インキュバス・レッドを前衛にし、二体目の魔獣へ向けて、一直線に突っ込ませる。

 俺は【隠密ステルス 】【透明インビジブル】のコンボで、念入りに姿を隠して、ひっそり追行。


 魔獣が【咆哮】を放つ。盾役のレッドが耐える。その隙を狙い、魔獣の背後に回り込む。

 一体目を屠った時と、ほぼ同じ戦法で二体目にも剣を突き刺さして、さっさと倒してしまおう。

 状態異常耐性持ちがいるとこんなに楽なのか。


「おお!マスター、来てくださったんですね!姿が見えなくとも、私には分かります!ええ、分かりますとも!」


 馬鹿がいた。

 インキュバス・ブルーがマスターの到着に、歓喜の雄叫びを上げ、それを聞いた魔獣が全方位へ無差別に風魔法を乱発しだすイレギュラーが発生。

 使い魔は、基本的に魔力供給元であるマスターと密接にリンクしている。

 これだけ近付けば、正確な現在地が分かって然るべきなのだが、馬鹿には何を言っても無駄だ。


「ナンダト?ドコダ!姿ヲ見セローッ!」


 風魔法は宜しくない。

透明インビジブル】とは、魔力でもって姿を見えにくくしているだけで、存在自体を消している訳では無い。

 感知効果の高い風魔法を浴びれば、ダメージを貰わなくとも、たちまち魔獣に居場所がバレてしまうだろう。

 いくら空中にいようが、風は広範囲に届く。


「くぅ、なんたる失態!このままでは、死んでも死に切れませぬ!かくなる上は!」


 意を決したインキュバス・ブルーが、魔獣へ決死の特攻。

 それに呼応し、まだ生存している数体のインプも、マスターを風魔法から守る為、魔法陣の前へ飛び出した。


(馬鹿かお前ら!何やってやがる!退がれ!聞こえてるだろ!退がれっての!)


 テツオはインプ達へ命令した。

 指示を上書きしたにも関わらず、インプ達は次々と風魔法を食らい撃墜されていく。


(何故、退がらない!パスが切れているのか?)


 先程、下半身を噛みちぎられたインプが、全身完全復活したというのに、次は首から下全部を風魔法で吹き飛ばされてしまった。

 落下していく首だけインプが、独り言を呟く。


「折角召喚して貰ったんだ。マスターからしてみりゃ、しょうもねぇ雑魚かもしんねぇがよ。オレ達だって一度くらいは役に立ちてぇのよ」


「ああ、貴様は立派に貢献したぞ」


 レッドが魔獣の背後を見ながら、消えゆくインプを讃えた。


「全く、インプの話し方は野蛮で嫌だな。

 まるで【ノールブークリエ】の目付きの悪い男みたいだ。

 だがまぁ、お陰で無事辿り着いたぞ」


「ソコカァー!」


 魔獣はテツオの声に気付き、後ろへ振り返ったつもりだったが、既に首が両断された後で、テツオの姿を二度と見る事無く、そのまま消滅した。

 魔獣二体目撃破。


 テツオは思案する。

 俺を守る為とはいえ、命令に背くとは。

 悪魔は決して人間が御しきれる存在では無いという事なのか、それとも…………


「マスター、急ぎましょう。敵があと一匹残っておりまする」


 そうだ。まだ、最後の魔獣が残っている。

 急がねば…………

 え?急ぎましょうだって?俺に言ってんの?


「お前ら、俺を急かしたよね?生意気じゃない?」


「恐れ多くーッ!」

「平にーッ!」


 それ、言いたいだけだろ。

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