第104話南の森③


 赤帯を走り続け、三時間経過。

 その道中、冒険者の装備や荷物が、乱雑に放置されている現場を発見。

 死体などは無かったが、エンブレムから以前森に放ったドローンで確認した【白金プラティーヌエクラき】の団員達のものだろう。

 いくら金等級ゴールド冒険者であっても、装備無しで進めるほど赤帯はぬるくない。

 恐らく何かトラブルがあったのだ。

 大事な証拠として、装備一式をきっちり回収しておいた。


 その後、装備の持ち主である三人が宙吊りになって現れた。

 暗くてはっきりとは見えないが、恐らく植物の蔓に絡め取られているのだと分かるのは、アルラウネの仕業だと想起できるからだ。

 まだ息があるのかどうかまでは、ここからじゃ距離が遠くて分からない。

 馬の脚を止め、大声を張り上げ警戒を高める。


「気を付けろ!これはきっと罠だ!ここは俺に任せろ!」


 もしアルラウネだったら、いや十中八九アルラウネに間違いない。

 リリィに任せてしまうと、一瞬で倒してしまう恐れがある。

 それは絶対に阻止しなくてはいけない。

 アルラウネは絶対ゲットしたい。


幻鉱剣ガルヴォルンソード


 取り出した剣を片手に前へ出る。


「さぁ、出て来い!醜い化け物よ!」


 関心が無いアピールは大事。


「会いたかったぞ」


 暗闇の何処かから、不気味な声が響く。

 え?今、会いたかったって言った?

 アルラウネさん、俺の事知っててくれてる?

 え?もしかして、魔物界隈にまで俺の魅力が届いちゃってるの?


「俺も会いたかったぞ!さぁ、出て来」


「テツオッ!」


クロノス回避アヴォイド


 いきなり【自動魔法パッシブ】が発動したが、一瞬で首を斬られたらしく、既に死に至る直前らしいので、諦めてそのまま死を受け入れた。

 首が熱くて痛くて辛い。

 死を迎える苦しみは表現しようがない。

 そのまま意識が朦朧とする。

 死んで発動する【#時間遡行__クロノスフィア__#】にて、死ぬ前に時が戻り、声の正体に呼びかけた。


「カルロス!いるんだろ?出て来いよ」


 銀色の重鎧に巨大なハンマーを持った強面が、枯れたデビルプラントの洞から姿を表した。

 樹洞を隠れ蓑にしていた訳か。

 そして、こいつは確か、ジョンテ領でロナウドと共に、革命軍を率いていた男。

 だが、こんな奴ごときに俺を殺す程の力は無かった筈だ。

 何があった?


「隙を狙おうと隠れていたが、流石は魔王殺し。よくぞ見抜いたな」


「魔王殺し、だと?」


「動揺したなっ!」


 なんと、カルロスの目が銀色に光った!

 俺はこの目を知っている。

 そうだ、貴族に化けていた悪魔デモンアンドラスだ。

 超スピードで鋭い衝撃波を放ってきたので、すかさず【転移】しようとしたが、何故か【転移】出来ず、また首を飛ばされてしまった。


「テツオーッ!」


 リリィの悲痛な叫びを聞きながら、意識が遠のいていく。


時間遡行クロノスフィア

時間遅行クロノスラグ


 時が戻ってすぐに時を遅くするクロノスコンボ。

 ————現状を整理しよう。

 声の正体は、カルロスの姿をした悪魔アンドラス。

 魔王程ではないにせよ、前よりかなり強くなっているのは間違いない。

 そして、森の影響なのかアンドラスの能力なのかはまだ分からないが,何故か【転移魔法】が使えなくなっている。

 それでも【時間魔法】は使えるので、魔法全てに制限が掛かっている訳では無い。

 本当に悪魔ってヤツはいちいち面倒臭いなぁ。


「おい、アンドラス出て来いよ」


「驚いた。まさか見破られているとは」


 カルロスの見た目をしたアンドラスが、闇の中から姿を現す。

 これ以上不意打ちを食らうわけにはいかない。


「リリィ、こいつは悪魔だ。

 サシで戦ってみるか?」


 時間を遅くしたままなら、難なく倒せるだろうが、リリィはこの悪魔の動きがしっかりと見えていた。

 悪魔と戦う機会を与えるなら今だ。


「ええ、任せて!」


 リリィは剣を抜いて身構え、アンドラスを見据えた。

 少し緊張しているようだが、大丈夫か?


「何だとっ!俺は貴様を殺したいんだっ!

 こんな雑魚とやれってのか?」


「俺を殺りたいなら、こいつを倒してみろよ」


「ふざけやがって…………

 フン、まぁいい。貴様の大事な女の死体にズボズボハンマーぶち込んで、後悔と絶望に歪んだ顔を見るのも気分がいいだろぉなぁ、ゲヒヒ」


 これは酷い。カルロスは良くも悪くも無骨な性格をしていた。

 こいつはやはり貴族に化けていた悪魔アンドラスに間違いない。


「やってみなさいよ!」


 リリィの鋭い剣閃がビームとなって放たれる!

 アンドラスは重装備を物ともせず、最小限の動きで回避し、お返しとばかりにリリィに向かって黒い衝撃波を放つ。


闇刃ダークエッジ


 この魔法で俺の首は飛ばされたのか。

 森が暗くて視認しにくいなんて反則だ。

 すると、リリィの周りに羽が何枚も浮かび上がった。


羽盾フェザーシールド


 羽型の付け根にある丸い円盤が金色に輝きながら回転を早める。

 四枚に増えた光る羽が高速で飛び回り、敵の魔法を弾いていく。

 前から不思議に思っていたが、それ一体何なんだ?


「チッ、面倒だな。サッサト終わらすか」


 魔法攻撃が届かないとみるや、アンドラスは本性を現した。

 見た目カルロスだった頭部が、丸ごと梟に変化し、魔力が大きく跳ね上がる。

 これまで対峙してきた魔王にすら匹敵する威圧に、見ているだけの俺まで恐怖で身が竦む。

 リリィの膝がガクリと崩れ落ちた。

 まずい!怖がりのリリィじゃ精神が保つ訳ない。


「人の子デアル以上、この恐怖ニハ逆らえまイ」


 嘴をカツカツ鳴らして話す梟頭は、銀の眼を光らせ、リリィ目掛けて距離を一気に詰めた。

 炎を纏う巨大な斧が、リリィの細い首目掛けて、今まさに振り下ろされる。


「リリィ!」


 メルロスが叫ぶ?

 ここまでか。


クロノの……」


「負けないわ!」


 英雄の奮起!

 それは選ばれし英雄に降り注ぐ天使の加護か。

 羽の盾が四枚現れ、重なり、斧を受け止める。

 リリィは間髪入れず、胴体へ剣撃を叩き込む。


「何…………だと?」


 激しく切り刻まれていくアンドラス。

 出血してはいるが、どういう訳か硬すぎて致命傷を与えるまでには到らない。 


「ソンなんじゃ俺ハ倒せねぇゾッ!」


「テツオと私のぉ!」


 リリィの叫びに呼応し、刀身が火と風と水を纏いだす。


「あれは精霊の加護?」


 メルロスが大きく目を見開いている。

 火と水と風のエネルギーで大きく膨れ上がったその剣を、リリィは悪魔目掛けて思い切り振り抜いた。


「邪魔しないでぇーっ!」


「ダニィッ?」


 何本もの光線が、大きな波動の束となって迸る。

 あれだけ暗かった森が、真昼の太陽に照らされたように明るくなり、その光帯に巻き込まれたアンドラスの胴体は、何の抵抗も出来ずに掻き消えた。

 下半身だけになったアンドラスの足元に、残った頭部が鈍い音を立て落ちる。


「た、倒した…………?」


「カハーッ!こんな雑魚に遅レをとるなンテッ!」


アイス拘束バインド


「動くな。お前には聞きたい事がある」


 氷漬けにされた梟頭の目が、テツオを睨む。


「…………アア、貴様を殺シタカッタナァ。

 オット、俺を殺スナヨ?コノ身体ノ持ち主ダッタ兵士モおっ死ぬゾ?」


 カルロスか。果たしてこの状態でカルロスは復活できるのだろうか?

 カルロスが死んだら、ロナウドは悲しむのかな?


「お前の魔玉は俺が持っている。何故、また顕現できたんだ?」


「答エル必要ガネェ。クククク、自身ノ無知ヲ悔メ」


 むかつくな。悪魔の事情を俺が知るかよ。

 まぁ、後でグレモリーに聞けばいい話だが。


「では,次の質問だ」


「キヒヒ、何モ答エネェヨ」


 ガゴン!


 砕け散った赤い氷の破片が、キラキラと宙を舞う。


「ムカつくヤローだ…………あっ」


 怒りに任せて、つい魔力を解き放ってしまった。

 恐る恐る振り返ると、リリィとメルロスが無言で立っている。

 責められた気持ちになるのは、俺にやましい心があるからか?


「カルロース!くそっ、悪魔めっ!狡猾っ。そう狡猾過ぎるっ」


「誰も責めてないわよ…………あ、あれれ?」


 脚の力が抜けたように、その場でへたり込むリリィ。

 メルロスが慌てて駆け寄り、介抱する。


「人間が三精霊の力を同時に使うなど、考えられません。無茶が過ぎます。もう……」


 言葉は相変わらずキツいが、リリィを見つめる目や、頭を撫でる仕草からは、優しさが見て取れた。

【回復魔法】をかけても起き上がれないところを見ると、相当身体に支障をきたしているようで、しばらく休息が必要らしい。

 メルロスがノムラさんと一緒に、リリィの治癒に専念している。


 …………さてと。


 デビルプラントの樹洞内部から、何かの反応を捉えたので、それを調査する必要がある。

 簡易テントを展開し、周囲にリザードマンを配置する。


「お前ら、死んでも守れ。いいな?」


「ギャ」


 ちゃんと伝わっているのか釈然としないが、逸る気持ちに背中を押され、いざ樹洞へ。

【光魔法】で視界を確保し、細く曲がりくねった路をぐるぐると進む。

 トラップめいた植物の妨害に見舞われる度に、アルラウネへの想いがだんだんと募っていく。


 長い通路を抜けると、古びてボロボロの洋館があった。

 樹木の内部に建造物があるという不思議。

 怪しい気配はその二階建ての館から漂っている。


 中に入ってすぐエントランスホールがあり、そのまま正面の扉を開けると、そこはゲストルームだろうか。

 大きなテーブルとたくさんの椅子があり、テーブルの上には、人間の食事とは思えないぶきみな肉片や奇妙な植物があった。

 腐臭が鼻腔を強く刺激する。

 床に横たわる八つの死体から臭うのだ。


 血で汚れているが、その衣装は貴族のもの。

 廃棄族か?

 死体は養分が吸い取られたかのように皺々になっており、まるでミイラだ。

 そう言えば、ディビット卿の顔を俺は知らない。


 これは、アルラウネの仕業か?

 怖いな。会話通じるのか?ただの化け物かもしれないしな。


 警戒しながら一階を見回るが、死体しかなかった。

 残るは二階か。

 エントランスへ戻り、階段を登っていると、天井から蔓が伸びてきて蕾が開いた。

 その花弁から、甲高い女の声が聞こえてくる。


「ニンゲン、ここには何も無い。カエレ!」


 この声はアルラウネ!話す知能、ある!


「死体があるのを見過ごして、このまま帰る訳にはいかないなぁ」


 うふふ、君に会いに来たんだよ?


「殺したの、別のニンゲン。ワタシじゃない」


「信じると思うか?」


「知らない。カエレ!」


 蔓が伸びて、首にしゅるりと巻き付いた。

 かなりの締め付けだが、アンドラス程のパワーは感じない。

 蔓を掴み、魔力を込めて引っ張った。


 館の天井が崩れ、瓦礫と共にアルラウネが落ちてくる。

 若く綺麗な女性の姿形。

 見事なプロポーションをあられも無く露出し、胸の谷間や脚、括れは丸見え。

 だが、色彩豊かな花々が咲く植物が頭部や身体中に巻き付きついて、肝心な場所を隠してしまい、見えそうで見えない。それがまたエロい。

 人間の嗜好を知っててやってるとしたら、その罪は深いぞ。


 そのまま引っ張りハンティングで抱きついてやろうと思ったら、蔓を切断され、一気に上昇していった。


「逃げられると思ったか!」


 空へと逃げようとするアルラウネのキュッと引き締まった細い足首を掴む。


「ひゃうっ!」


 うひょ、可愛い声!

 つるつるしてるぅ、ムラムラするぅ。


「はーなーせぇー!」


 やっと,見つけたんだ!離すもんか!

 すると、衣装だと思っていた花弁から、ボフッと花粉が噴き出し、顔に直撃した。


「しまった!」


 更に、手のひらにチクリと痛みが走る。

 綺麗な花には棘がある、もとい綺麗な花は棘を出す、か。

 身体が痺れ、頭がくらくらする。


 駄目だ、思考能力が低下していく…………


 ————そこで意識が途切れた。

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