第102話朝②
————ジョンテ城・応接間
ボルストン国内に領主の城は六つある。
領主を守る為、城には魔法省の手が至る所に加えられている。
一つは転移装置であったり、一つは外敵を防ぐ結界であったり、細かいところでは、情報漏洩を防ぐ術式が施された部屋などもあるという。
応接間の大きなソファにちょこんと座るこの可愛らしい金髪碧眼の少女。
賢者リンツォイと話すのは二回目だ。
「…………とても、驚きました。
あんなに荒れていたジョンテ領がすっかり整備され、ここまで活気を取り戻していただなんて。
だからこそ残念です。
その元手となった財源がまさか、テツオ様の造った偽金貨だったとは…………」
ドキィッ!
やはり、バレちゃってるぅ。
こいつの【魔眼】を舐めていた。
「金貨偽造の罪は?」
「死罪ですね」
「し、死罪っ!?」
「領主や貴族であれば、国外追放で済むかもしれませんが」
くっ、どうする?
時を戻すしかないのか?戻すとすれば何日戻せばいいのか?金貨偽造に手を染め……、いや、金貨複製を始めたのはいつからだったか?
リンツォイは、冷静な目で俺をじっと見つめている。
くっ、厳しい第三者の目が俺を責め立てる。
いきなりピンチだ。
「ですが、この【土魔法】で創られた金貨はとても見事です。
恐らく、私以外には本物にしか見えないでしょう。
こんな【魔法】は見た事がありません。
先程の武具屋にも、テツオ様が創り出した鉱石の武具がたくさん並んでいました。
更に言えば、この街にあるいくつかの建造物も、全てがテツオ様の魔法で創られたもの…………」
くっ、それもバレちゃってるぅ。
顔面からサーッと血の気が引いていくのが分かる。
「鉱石偽造、違法建築の罪は?」
「施設や鉱石を魔法で作り出してはいけないという法律は、現状我が国にはありません」
セーフ!
あっぶねぇー。
「としても、国外追放…………か」
「この国の領主の各々は、誰もが問題や闇を抱える者ばかり。
それらに比べれば、テツオ様の金貨偽造など些末な事です。
私が黙っていれば済む話なのですから」
「黙っていてくれるのか?」
リンツォイは両手で陶器のコップを持ち、コクコクとミルクを飲んだ。
間の使い方がいちいちいやらしい。
こんな子供は普通いない。
質問に一切答えず、違う話をし出す始末だ。
「その昔、妖精から聖剣を授かった人間が、竜や悪魔に挑んだ逸話がありました。
そんな昔話や噂話は、この国に掃いて捨てるほど伝わっています。
信じてはいませんでしたが、どうやら真であったようです。
まだ記事にはなっていませんが、今朝、プレルス領の
その男性の手には、昔話に出てくる特徴的な剣が握られていたと…………」
リンツォイは捲し立てるように話した後、自分を落ち着かせる為か、またコップに口を付けた。
「…………貴方を手放す事は、我が国の大きな損失となるでしょう。
国内に流出した偽造金貨を、私が全て内密に回収し、テツオ様に回収した分と同額の金貨を納めていただいた後、【解除】処分していただければ、この件は不問に致しましょう」
「そ、そうか」
ホッとした。
助かったという安堵感に身体から力が抜けていく。
いつのまにか俺の中で、領民からの信用を失うのは、思っていた以上に嫌だったらしい。
賢者は二本の指を立てている。
ピースサインかな?平和的解決万歳ッ!
「条件が二つあります」
「へ?」
「いえ、お願いがあります。
その剣は、勇者であれば力を引き出す事ができるのです」
「いいよ、ほい」
テツオはずっと持ち歩いていた聖剣を、ゴトッとテーブルの上に置いた。
「え?そんな簡単に?伝説の武具ですよ!良いんですか?お金では到底買えない価値がっ」
「勇者しか扱えないんだろ?
じゃあ、そんなのいらないよ。邪魔だったし」
「ありがとうございます」
「で、他のお願いってのは?」
さっさと話を済ませたい。
「では、最後にもう一つ。
国内で悪事を働く不届き者を、テツオ様に退治していただきたいのです」
あぁ、長引くやつだ、コレ。
悪い奴はこの世の中から決して消えない。
受けたら最後。延々とこいつの使いっ走りとなる。
「それって勇者達の仕事じゃないの?」
「私達は世界を救う大任に就いています。
とても時間が足りません。
人を拐い、奴隷として違法売買したり、暗殺者に貶めたりする闇組織がいます。
その組織と繋がっている領主がいる噂もあり、これを放っておくと、ジョンテ領に影響が及ぶ可能性も大いにありますよ」
そんな奴らを撲滅するのも、世界を救う大任じゃないか?
もしかするとこの子は、エリックが関与していた奴隷売買の事も、ニーナがいた暗殺組織の事も、全て知っているのかもしれない。
「なんとかしてやりたいのは山々だが、俺はあまり目立ちたくないんだ。
ただでさえ、
すると、魔法でどれだけでも身を隠せるじゃないですか、とぶつぶつ言いながら、リンツォイは肩から下げていたピンク色の鞄をテーブルの上にポフっと置いた。
なんだ、この園児が使っていそうな可愛らしい鞄は?
リンツォイがその鞄に手を突っ込むと、次から次と道具を取り出し、得意げな顔でテーブルの上に並べ始めた。
「これは、魔法袋という魔道具で、このように多くの物を収納出来るのです」
ブレイダンも言っていたヤツだな。
ふむ、【収納】が使える事は黙っておこう。
「それは便利だな」
「では、私とお揃いの鞄、特別に一つ譲りましょうか?」
テーブルの上に同じ形をした黄色の鞄が置かれた。
こんな鞄を斜め掛けしようものなら、園児テツオが完成してしまう。
「いや、それはいい。
もっと他に冒険者らしいデザインのものはないか?」
「そうですか。では、試作品で良ければこちらを」
茶色いなめし革で仕立てたバックパックタイプの鞄をいただいた。
いや、そもそも【収納】使えるなら要らないんだけど。
しかし、貰っておいた方が丸く収まる気がする。
すると、一つの仮面を差し出してきた。
「こちらは着けるだけで、全く違う見た目に変装できる仮面です」
なんだって!
「それはいい品だ。大事に使わせて貰おう」
「つまり、それは依頼を了承したと受け取って宜しいですね?」
「くっ、いいだろう」
だが、変装はいい。【透明】とはまた違う有効な使い道が次々と妄想……もとい、想像できる。ウヒヒ。
「あまり悪い事に使わないで下さいね」
リンツォイが疑惑に満ちた目で見つめてくる。
「な、何を言ってるんだチミは!
悪い奴等をこれからどう退治しようか、今考えを巡らせていたとこだぞッ!失敬なッ!」
「それならいいんですが……」
何でバレたんだ?
君の様に勘のいいガキは嫌いだよ。
「これが調査案件の極秘資料です。
では、テツオ様失礼します」
リンツォイの手から光文蟲がふわりと飛び出し、俺の手に消えたのと同時に賢者の姿は消えていた。
…………【転移】か。
俺も今まで散々【転移】使っていたけど、話してた相手が一瞬で居なくなるって、案外寂しいものなんだな。
これからちょっと気をつけよう。
————————
————ジョンテの街・宝石商アーセナル
その後、リリィ、メルロスと合流し、ブレイダンに教えてもらった宝石商に立ち寄った。
これは決して、金貨偽造がバレたから、宝石を買い与えて口止めしようなどと考えたわけではない。
あくまで、日頃の感謝を形として残したいからである。
もちろん、二人の口の固さには全幅の信頼を寄せている。
ただ気になるのは、どうして俺が良くない事をしていたのが二人に分かったのかという。
突然の領主の登場に、五十代程の恰幅のいい男店主が手を擦り合わせて近寄ってくる。
「これはこれは領主様!如何なさいましたか?」
「ちょっといくつか品を見たくてな」
「なんと!わざわざいらっしゃらなくとも、呼んで下されば城へすっ飛んで行きましたのに!
いや、これからは定期的に登城致しましょうか?」
きっちり営業をかけてくる辺りは、流石、商人といったところか。
「いや、いい。時間が勿体無い。
早く宝石を見せてくれないか?」
「はいはい!えぇえぇ、直ぐに用意致します!して、どちらの品をお求めで?」
どちら、とは?
リリィがこそっと俺に耳打ちする。
「宝飾用か、魔導用か、よ」
なるほど。
細工をメインにしたデザイン性のある宝飾用と、冒険者などが魔法効果を求める装備用と、二種類を取り扱っているという事か。
そして、それは常識らしい。
「魔導用の宝石に決まっているだろ。早くしろ!」
「へあ?はっ、はいはい。直ちに直ちに。
ではでは、お部屋へとご案内致します。
さぁ、君ぃ」
「こちらへどうぞ」
女性二人を伴っていたから、宝飾用だと思ったのだろう。
意外な顔をして汗を掻く太っちょ店主は、女性店員に指示を出し、奥へとバタバタ駆けていった。
こんな静かで落ち着いた雰囲気のいい高級店であんなにも慌てさせてしまうとは、プレッシャーを与え過ぎたか?
だが、領主ともあろう者が常識すら知らないなんてとバレる訳にはいかない。
店主には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
————————
宝飾用宝石の購入層は、主に王侯貴族の女性、あるいはその女性達への貢ぎ物である。
色や輝きと見た目を重視し、魔法効果は気にしない。
寧ろ、安全の為、魔法効果が一切乗らない様加工する場合もある。
魔導用宝石、略して魔宝石は、魔法効果が乗る為、値段が大きく跳ね上がる。
購入層は主に冒険者だが、自衛の為に買う貴族も少なくない。
魔法が使えない職にある冒険者が、
石に込められた魔法量で使用回数に制限はあるものの、簡単に強くなれるのは間違いない。
しかし、魔力の化身ともいえる俺に、有効な魔宝石がはたしてあるのか?
適当な魔石などに魔力をちょちょいと込めれば、大体の物は作り出せる自信だってある。
様々な宝石や宝飾品が飾られた商談室の豪華なソファに座して待つ事数分。
リリィのミニスカートから伸びる脚や、メルロスのローブに入ったスリットから覗く太ももに軽くムラムラしてきた。
二人共、わざと俺に身体を擦り寄せているのがバレバレだ。
「もし、気に入った宝石があれば、なんでも買ってやるぞ」
そう言って、二人の太ももを手のひらで撫でる。スキンシップで仲間の信用度を上げる狙いだ。
「領主様、大変お待たせしましたぁ!」
ガチャリとドアが開き、宝石を持った女性店員達を引き連れ、太っちょ店主が慌ただしく入ってきたので、サッと手を離す。
ふぅ、危ないところだった。
では、見せて貰おうか。魔導用宝石の性能とやらを。
————————
店主が煌びやかな小箱を開けると、中には真っ赤な宝石が収められていた。
「こちらはルビーなる宝石でございます」
「ルビーだと?」
「は、はい」
その名前は聞いた事がある。だが、それは前世の記憶で、魔力目的では無く、ただの宝石だったが…………
「魔導用だよな?」
「はい。このルビーには、今回、力が強くなるという効果が確認されています」
【解析】
——加護の指輪——
素材:ルビー
効果:攻撃力5%アップ
力が強くなると説明したが、正しくは攻撃力が上がるのか。
加護について詳しく聞くと、魔法省管轄下の聖堂教会が、宝石に奇跡の力を付与しているという。
もちろん、寄付やお布施といった多量の金と引き換えにだ。
他に見せてもらった宝石には、防御力アップのサファイアや属性耐性アップのエメラルドなどがあった。
値段はどれも百万ゴールドと高額だった。
正直、値段に見合ったいい効果だと思うが、俺が作った多機能腕時計や数々の魔石装置と比べれば、物足りなさは否めない。
ふと、リリィを見ると、綺麗な宝石の数々に目を輝かせていた、
メルロスも全く興味が無い訳でも無さそうだ。
何となく、何か買ってやらねば収まらない空気感が漂っているような。
だが、今の俺には賢者リンツォイに偽金貨を押収され手持ちが少ない。
この場はどうにか安く抑えておきたいところだが…………
「ん?そちらの指輪は何かな?」
店主の広げた木箱とは別に、女性店員が持ってきたトレイに目が止まった。
トレイの上に指輪が四個。只ならぬ魔力を感じるのは気のせいか?
「ええ、ええ、こちらは近頃、聖女様になられたというお方に、加護をいただいた指輪でございますが、どうやら、大した効果が付かなかったといいますか。
結構な額のお布施を払った割に……いやいや、矮小な私めなどには分かり兼ねますが、テツオ様にお出しする程の物ではないかと……」
練習用にされたとか、まだ経験が足りないだとか、ぶつぶつ文句を言っている。
【解析】
——聖女の指輪——
素材:ルビー
効果:魔力がある限りダメージの身代わりとなる。だが、耐久値を大きく超えたダメージを受けた場合砕け散る。
うおっ、びっくりしたぁ!
こんな凄い魔法効果初めて見た!俺には付与出来ない。
こんな凄い効果なのに、鑑定士の腕が低かったのか読み取れ無かったらしい。
「これは幾らだ?」
「ああ、これでしたら宝石代だけの十万ゴールドでお出し致しますよ」
「では、四個全部貰おうか。
さぁ、リリィ、メリィ、この中から好きな宝石を選ぶがよい」
「やったぁ、ありがとう!
どれにしようかしら……」
「ありがとうございますご主人様。
では、私はこの緑の石を頂戴してよろしいですか?」
メルロスはエメラルドを、リリィは悩んだ挙句ルビーを選んだ。
残りは俺がいただいておこう。
この身代わりの効果があれば、即死級のダメージを無効化し、腕時計と連結しておけば緊急アラームが鳴り、すぐさま救助に向かえるようになる。
これは、俺のパーティにとって必須アイテムとなるだろう。
「テツオ#侯爵__マーキス__#様、大変ありがとうございました」
店主は中々買い手のつかない宝石が売れ、大変満足そうな顔をしている。
さっさと支払いを済ませ、店員一同に見送られる中、宝石商を後にした。
ふぅ。
魔石を利用した魔導装置の殆どは王侯貴族が独占し、魔力リソースを確保している。
宝石は、魔法省が管理し、聖堂教会への寄付という形で、金を掻き集めている。
悪魔や魔物がいるこんな世の中で、国を守護し維持していくには、必要な事なのかもしれない。
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