第101話朝

 この世界に来て八日目の朝を迎えた。

 いつも通り朝食を取るため、リビングへと向かう。

 その途中、廊下の窓からデカス山を眺める人影があった。

 その女性は、眩い朝日に全身を照らされ、白金髪がキラキラと光り輝いている。


「メリィ?」


「おはようございます」


 振り返り、優しい笑顔で微笑むメルロス。

 メルロスだよな?

 一瞬分からなかった。

 こいつ、こんな穏やかな顔出来たっけ?

 ハイエルフという種族は基本感情に乏しい。

 喜怒哀楽はあるにせよ、表情にはあまり出ない種族なのに、柔和な笑顔が眩しい。


「動けるようになったんだな」


「はい、ご主人様。エルドールではありがとうございました」


「あ、ああ…………」


 動けないメルロスに欲情して、犯しまくったのを思い出した。

 怒ってないかな?


「もちろん、その後たくさん寵愛して下さった事も嬉しく思っております」


 そうだそうだ。ハーレムの一員なんだから、抱きまくっても怒られる道理は無い。

 それにしても、ハイエルフの顔ってこんなに赤くなるもんだっけ?


「今日のメリィはいつもと違い、感情がとても出ているような気がするんだが?」


「はい、大精霊の神秘に触れてから、本当の愛を知る事が出来ました。

 今、ご主人様を前にして多くの感情が溢れ出し、胸がいっぱいになっています」


 メルロスはそう言って、俺の胸に飛び込んできた。

 か、可愛い。

 これはもう、新メルロスと言っても過言では無い。

 気がつけば、メルロスの胸元に手を突っ込み巨乳を揉みまくっていた。

 朝っぱらだけど、一発ヤりたいな。

 …………ん?

 ガラス貼りの廊下から外が見えるのだが、デカスドーム内の丘に人影が二つある事に気付く。


「あれは?」


「ああ。リリィとアディのようですね」


 流石ハイエルフ、目がいいな。

 メルロスは、ここで山ではなく、あの二人を見ていたのか。

 リリィとアデリッサ。あんなところで何をしているのだろう?

 近くの定点カメラに視点を切り替え、映像を確認する。

 その横でメルロスは残念そうな顔をしていた。また後で可愛がってやるからな。


 ————————


 テツオファームの崖寄りにある少し盛り上がった丘の上。

 朝日に照らされる二人が向かい合う。

 話をしているようだ。


「アディお願い。

 グレモリーと話をさせて」


「えっと、そのぉ、テツオ様のお許しが無いと、あのぉ、彼女を出したら駄目って言われてます。リリィ様ごめんなさいっ!」


「そう。じゃあグレモリー、勝手に話すから聞いてて頂戴。

 私は、前よりもっと強くなったわ。

 でも、未だに上位悪魔グレートデモンと戦った事も無いし、危険地帯デッドゾーンに行った事もない。

 それなのに、貴女が昨日、プレルス領の危険地帯デッドゾーンへ同行したって聞いてショックを受けたわ。

 グレモリーお願いがあるの。

 貴女と戦わせて!

 私は、私がテツオの役に立てる力があるって証明したいの」


「リリィ様…………

 ねぇ、グレモリー。少しくらいなら、駄目かなぁ?」


 アディが目を閉じて自分の内に呼び掛けると、瞬く間に雰囲気と声が変わった。

 みるみるうちに暗く深い闇の気がアディを覆っていく。

 リリィは無意識に剣の柄へと手を掛けていた。


「私、私、私って煩いわねぇ。

 そんなに力を証明したいなら、一人で悪魔退治にでも何でも行ったらいいじゃない。

 そもそも私は、テツオの女は傷付けないように命令されてるから、貴女とは絶対に戦えないの。分かってくれる?

 アデリッサもそんなことくらい分かってるでしょ!」


 グレモリーは言いたい事だけ言い切ると、さっさと消えた。


「…………そう。

 ごめんなさい、グレモリー、アディ」


「リリィ様…………」


 全く仕方ないなぁ。どこの戦闘種族だよ。

 力を試したくて疼いてんのか?


【転移】


 突然、俺が登場した事により、二人が気まずそうにしている。

 二人の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「何やってんだ?仲良くしなさいよ」


「仲良くしてるわよ!ね?アディ」


「はい、リリィ様はいつも優しく接して下さいます」


 アデリッサがリリィに軽快に近寄り、腕組みして俺へ微笑み返した。

 以前、風呂で3Pした経験が、二人の親密度をアップさせたか?


「それならいいんだが。そういえばリリィ、この剣持ってみろ」


 昨日、谷底で拾った剣を、リリィに向かって投げ渡す。

 英雄であるリリィなら、聖剣の力を引き出せるかもしれない。


「どうだ?何か感じるか?」


「うーん、そうね。いい剣だっていうのは分かるけど、何も感じないわ」


「そうか」


 聖剣というくらいだから、何か力が漲るとか、引き出されるとかあると思ってたんだがなぁ。

 これはやはり、ブレイダンに聞いてみるしかないか。


「さぁ、朝飯に行くぞ」


 二人を回収して、リビングへ向かう。

 いつもより少し到着が遅れたが、皆、俺の到着を待っていたようだ。


 皆が笑顔で朝食を取り始める。

 メルロスが復活し、ニーナも列に加わり、喜ばしい限りだ。

 ナティアラはいつも通り元気だが、アマンダは毎晩仕事が長引くせいで、この時間は睡眠中らしい。

 それよりも女性達からの熱い視線が、いつも以上に感じるのは気のせいだろうか。

 女性達を順に見ていく。

 昨夜ヤッた女と目が合うと、まるで魅了されているかの様に固まらせてしまった。

 まだヤッてない女と目が合うと、恥ずかしがったり、笑顔を向けたりと違いはあるが、最終的に会釈をしっかり返してくれる。

 この反応の違いは、余りにバレバレじゃないか?

 ゴホンと咳払いして、両脇に座る二人に話し掛けた。


「リリィ、メリィ、今日は俺と一緒に来てくれ。

 お待ちかねの冒険に行くぞ」


「えっ?本当に!やったッ!」


「かしこまりました」


「それと皆に言っておく。

 今日は南の森と言われる場所へ行く。

 しばらく戻れないかもしれないから、家の事頼んだぞ」


「「かしこまりました」」


 今日の俺は一味違う。

 出掛ける直前、女性全員をエントランスにて一列に並ばせ、順に頬へキスをしてから出掛ける事に決めたのだ。

 かねがねスキンシップ不足を指摘されていたので、これなら挨拶の許容範囲だし、時間も掛けなくて済むだろう。

 と思ったが、三十五人以上に頬とはいえキスするのは些か時間が掛かり過ぎるな。

 最後にナティアラへキスをしようとすると、凄い勢いで俺に抱きついてきた。


「なぁ、危ないとこ行くなよ!」


「おい、どうしたんだナティアラ」


「だって、いつもこんな別れを惜しむ様な出掛け方しないじゃないかよぉ。

 うう…………テツオが死んだらヤダァー」


 そう言うと、ナティアラがわぁと泣き出してしまった。

 こんな裏目に出る事あるん?

 喜ぶと思って、皆とスキンシップ取っただけなのに。

 他の女性達も不安そうな眼差しを送っている。


「大丈夫だ、ナティアラ。

 俺は死んだりしないし、皆も安心してくれ」


「そうよ!

 テツオは不死身だし、それに、今回は私とメリィも同行するんだから無敵よ」


 リリィの絶対的な自信はよく理解出来ないが、俺が不死身で無敵な点は概ね当たっている。

 それでも、魔物は見た目が怖いし、悪魔は本能的に怖いし、暗い洞窟や不気味な森などは出来れば行きたくないくらい怖い。

 しかし、本当に怖いのは、死にたくても死ねない状況に陥った時だ。


「じゃあ、約束だ。

 次に戻ったら、盛大なパーティーをしよう。なんなら、その後全員を抱いたっていい。

 それで勘弁してくれ」


 テツオは不思議な約束を言い放つ。

 ナティアラを含めた女性達全員は、突然の性行為予告に頭が真っ白になり、黙って見送る事しか出来なかった…………

 無茶苦茶な論である。


 ————————


 ————ジョンテ領・鍛冶屋


 ブレイダンは嬉しい悲鳴を上げていた。

 ここ最近、ギルドでは森攻略関連の依頼が殺到し、それに伴って多くの冒険者達がここジョンテ領に流れ、武具が飛ぶように売れているのだ。

 特に、ブレイダンの武具屋は、サルサーレから呼び寄せた領主御用達の店との評判もあって、一流の冒険者が殺到していた。

 入り口前には既に何人かの客が並んでいたので、鍛冶師の邪魔にならないよう注意しながら工房の裏口から入店する。

 そこには、鍛冶師と打ち合わせするブレイダンの姿があった。


「ブレイダンさん、お邪魔します」


「これはこれはテツオ様ようこそいらっしゃいました。

 それにスカーレット様、メルロス様、お会いできて光栄です」


 相変わらずダンディなブレイダンの丁寧な挨拶に、後ろにいる二人が恭しく会釈する。

 並の男なら、この二人の美貌を前にすれば、動揺なり緊張なりしそうなものだが、ブレイダンはそれを微塵も感じさせない。

 実は相当な修羅場をくぐってきたのかもしれないな。


「早速で悪いんですが、ブレイダンさんに見ていただきたいものがありまして」


「分かりました。では、どうぞこちらへ」


 二階にある応接間へと案内される。

 何も無かった部屋に、豪華なテーブルとソファが設置され、周りにある棚や壁には、見事な武具類が飾られていた。

 その中に、異様な光を放つガルヴォルンの剣もあり、かなり興味をそそったが、まずは俺のターンだ。


 見た事もない【収納】と呼ばれる魔法陣の中から、次々に出てくる鉱石や武具類に、ブレイダンは口を大きく開けて驚愕する。

 彼からすれば見た事の無い宝物が、目の前で輝いているのだ。


「魔法袋も無しで、物質移動できるとは!

 そして、こ、これらの品々は一体どこで?」


「ブレイダンさんの驚く顔が見れて良かったです」


 テツオは、プレルスの大穴に竜がいる湖があり、その周辺から持って来た事を包み隠さず全て正直に伝えた。


「成る程。これは凄い発見かもしれませんね」


 まず、ブレイダンはガルヴォルンでも全く傷付かなかった青く澄んだ鉱石を手に取り、見解を述べる。


「これ自体、単独では武具そのものに向いていません。

 と申しますのは、この硬さの秘密は魔力に依るもので、魔力が無くなれば非常に脆くなってしまうからです。

 使い道と致しましては、この魔力を増幅させる性質を利用する方法が適しています。

 例えば、武具に埋め込み魔力を込めれば、攻防力が上がり、宝飾品として身に付ければ魔法の攻防力を向上させます。

 良く似た宝石類はたくさんあれど、この鉱石はその最たる物と見て間違い無いでしょうね」


 なるほど。

 例えるならば【付与魔法エンチャント】を物質化したようなものか。

 なかなか面白そうな石だ。


「因みにこの輝きと透明度なら、宝石として売り出しても、かなりの値になるでしょうね」


「それはいいですね!」


「最近、こちらで腕のいい彫刻師を雇ったばかりです。

 私に任せていただければ、希望の品をご用意いたしますよ」


「では、お願いしていいですか?」


 未知の鉱石には名前がいると言われたので、ブレイダンと相談し、【輝竜石ドラゴアイト】と名付けた。

 この鉱石の第一発見者として、俺の名は後世に残るらしい。

 本当の第一発見者は、古代竜アルドゥヴァインことアルなのだから、名前に竜の一文字を入れておけば、彼女も喜んでくれるかもしれないな。

 そして、話は聖剣ラガトシュに移った。


 この剣に選ばれし者は、真の力を引き出せる伝説があるという。

 聖剣と言うくらいなので、リリィに持たせたが、何も変わったところが無かった。

 もちろん、俺が持っても変化無し。


「そうですか、やはり聖剣は持ち主を選ぶという事ですね。

 流石にこれは買い取れません」


 ブレイダンは、聖剣を少年の様に惚れ惚れと眺めていた。


「ですが、この聖剣以外の品々はしっかりと鑑定させていただきますね」


「はい、宜しくお願いします」


「あと、このガルヴォルンの剣をお納め下さい。

 立派な工房を建てていただいたお礼です」


「いやいや、受け取れませんよ。

 元々は私が贈った鉱石なんですから」


「うちの鍛冶師達は、良い武具を作る事こそ至福としております。

 完成品はテツオ様にお渡しすると最初から決めておりました。ですから、どうか……」


 どうやら、ブレイダンは折れる気が無さそうだ。

 これを売れば、とんでもない値が付くだろうに。


「では、お言葉に甘えて、ありがたく頂戴します。

 ただ私は剣士ではないので、こちらのスカーレットに譲ってもいいですか?」


「え?」


 リリィが驚くなか、ブレイダンはさも当然の様に快諾した。

 それなのに、リリィが持ちやすいように剣を差し出してるのに一向に受け取ろうとしない。


「なんだよ?要らないのか?」


「いるいる!いるわ!頂くわ!ありがとうテツオ!」


 奇しくも、剣を相手に向ける所作には、アディレイ国において二つの意味を持つ。

 一つ、剣先を相手に向ける仕草は、騎士に対し、主君へ忠誠を誓わせる作法である。

 もう一つ、剣先を自身に向け、相手に剣を渡す行為は騎士の中で伝わる求婚の仕草である。

 無論、テツオは知る由も無い。

 リリィもそんな事は理解しているのだが、それでも思わぬその仕草に、テツオへの想いが一気に込み上げ、嬉しさで胸がいっぱいになった。

 メルロスがリリィの背中に手を添え、ブレイダンが優しい笑顔を向ける。

 紳士がテツオに話しかけようとするのを、リリィが遮るように一歩前へ踏み出し、片膝を折り、差し出された剣を両手で丁重に受け取った。


「私、スカーレット・リリィ・アディレイ、ここに忠誠を誓います。

 願わくば、この生が尽きるまで」


「な、なんだよ、剣を渡しただけじゃないか。いちいち大袈裟な奴だな、泣く奴があるか。ハハハ」


 リリィはすくっと立ち上がると、目元を拭い、ふふっと微笑んだ。

 一拍置いてブレイダンが小声で囁く。


「それでよろしかったのですか?スカーレット様。本来であれば……」


「いえ、これで良かったのです。

 今後の私には、とても重要で大切な誓いとなりました」


 ブレイダンはなんとも言えない表情を作り、メルロスは羨ましそうにリリィを眺めていた。



 ————————



 武具屋を出た瞬間、目の前にピシャン!と雷光が鳴り響いた。

 地面の焦げ付いた匂いが鼻腔を刺激する。

 一陣の鋭い雷が落ちたのだ。

 いつの間にか、リリィとメルロスが俺を庇う様に目の前に立っていた。

 リリィは剣に手を掛け、メルロスの身体は精霊を纏って発光している。

 え?俺って守られる対象なのか?


「二人共、大丈夫だ。

 どうやら知ってる奴らしい」

 

「【解除】」


 何者かが【透明化】を解くと、ぶかぶかのローブを羽織り、背丈の倍はある錫杖を持った、綺麗な金髪を靡かせる一人の少女が現れた。

 ここまで巧みに雷魔法を操る奴は、今のところ一人しか知らない。

 ボルストン魔法研究所所長にして、ボルストン最年少で賢者となったらしい英雄リンツォイだ。


「アディレイ国の姫君スカーレット様に、ハイエルフのメルロス様、お初にお目にかかります。

 私はリンツォイと申します」


 ペコリと会釈する賢者。

 相変わらず可愛げの無い、丁寧で大人びた口調にはどうにもペースが崩される。

 英雄であるリリィはともかく、メルロスの名前まで把握済みか。


「何の様だ?」


「せっかくの再開だと言うのに、冷たくないですか?まぁ、いいでしょう。

 今日はテツオ様に話があり訪ねてきました。

 出来れば、二人きりがいいんですが」


「ここじゃ駄目なのか?」


 すると、リンツォイが白金貨を二枚取り出し、指で擦り合わせる。

 こ、これは…………


「二人きりで話したいのは、むしろテツオ様の方だと思うのですが?」


「いいだろう。

 …………そうだな、ジョンテ城に場所を移そうか」


 こいつ、もしかして気付いているのか?

 だが、あくまでここはクールに徹するんだ。

 テツオは焦りを決して悟られぬ様、ポーカーフェイスを決め込んだ。


 リリィとメルロスの二人は、この男の心底焦った情けない顔を目の当たりにして、黙って見送る事しか出来なかった…………

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